富士フイルムがまたやってくれた。動画版「チェキ」ともいえる「instax mini Evo Cinema」だ。
本体でプリントしたQRコードで動画を共有できるうえ、10年単位の時代ごとで昔の映画のような動画撮影を可能にする機能を搭載。何とも遊び心あふれる突拍子もない製品だ。

 最大の特徴は「ジダイヤル」。1930から1940、1950と10おきに2020まで10種類の異なるポジションがある。数字は西暦だ。ダイヤルを合わせた年代「風」の特徴的な映像と音で動画を撮影できる。「時代」の「ダイヤル」で「ジダイヤル」。ダジャレがキツめの新機能だが、これが面白い。例えば1930に合わせてみる。1930年代と言えば、映画がサイレント(無音)からトーキー(音付き)へと切り替わった節目の時代。映像は当然ながらモノクロ。音声もノイズが多く今とは比べ物にならないほどの低音質だった。
チャーリー・チャップリン初のトーキー映画「モダン・タイムズ」の発表が1936年。ほぼサイレント映画だったが、彼が肉声で歌うシーンが最後の部分に入っていた。ジダイヤルを1930に合わせれば、そんな「雰囲気」の動画撮影が楽しめる、というしかけだ。
 それぞれの年代の映像を楽しめる、といっても、実際にどのような映像になるのか、撮ってみるまでわからない。マニュアルにも年代ごとの画作りの解説のようなものは掲載されていない。効果のかかり具合は、レンズ周囲にある10段階の「度合い調整ダイヤル」で調整可能。好みの映像を宝探し感覚で探しながら撮ってみるのも楽しそうだ。開発担当者は「様々な資料を集めて研究し、画作りに落とし込んでいった。映像のトレンドはきれいに10年ごとに区切られるわけではないが、だいたいそのあたりの年代の特徴を表現したと思っていただきたい。時代の区切りをもっと細かくしたかったが、わかりにくくなるので、10年おきで妥協した」と話す。
 富士フイルムのカメラと言えば、フィルム時代のフィルムの特徴や味を再現する優れたフィルムシミュレーションで定評がある。例えば、雑誌掲載や広告写真などでも使われた、同社のプロ向けリバーサルフィルムでは「プロビア」や「ベルビア」がよく使われていた。
両者の仕上がりはかなり異なり、鮮やかさなら「プロビア」、ナチュラルさなら「ベルビア」と、目的に応じて使い分けるのが常だった。今やフィルムはすっかりマイナーな存在になってしまったが、フィルムの味とノウハウをデジタル時代に引き継ぎ、デジタルカメラで蘇らせた。「写真フィルムの国産化」を掲げて創業し、日本を代表するフィルムメーカーとして歴史を刻んできた同社。写真フィルムと画像・映像の知見は膨大なものがある。instax mini Evo Cinemaのジダイヤルによる映像の変化は、こうしたフィルムシミュレーションの知見の蓄積があってこそだろう。類似の機能は、一見スマートフォン(スマホ)でも容易に実現できそうに思える。しかし、実際の効果のかかり方は、やすやすと真似できるものでもないだろう。
 撮影した動画は、専用アプリをインストールしたスマホ経由でサーバーにアップロード。本体でプリントしたQRコードを介して共有できる。19年発売の「instax mini LiPlay」では、音声付きのスライドショーをQRコードで共有する機能はあった。今度は動画そのものの共有だ。動画の長さは15秒まで。
短いが、流行りのショート動画を考えれば「アリ」だろう。秒数が長くなれば、アップロードの負荷と時間も増える。15秒はちょうどいい「尺」だ。本体形状は縦型。日本で普通の人に動画撮影を広めた初めてのカメラ、ともいえる「フジカシングル8」を彷彿とさせる。ジダイヤルともども、ちょっとノスタルジーに浸りすぎではないか、とは思う。その影響でモニターは極めて小さい1.54型にせざるを得なかった。しかし、片手で縦位置動画が撮りやすい、というメリットもある。手軽にQRコードで共有できる短い縦位置ショート動画を撮れるカメラ。しかも時代ごとの映像味を楽しめる機能付き。ばらばらに存在した点と点の要素を見事に結びつけて仕上げた製品とも言えそうだ。
 チェキと言えば、ロングセラーの大ヒット商品「instax mini Evo」だ。
21年12月発売にもかかわらず、依然売れ続けている。直近3年間のコンパクトデジカメ市場の販売台数ランキングで、月間1位に輝いた回数は11回にも及ぶ。足元の25年11月、12月でも連続で1位と、まだまだ勢いがある。富士フイルムホールディングスの業績も好調だ。24年度は売上高、営業利益とも過去最高だった。25年度も、揃って過去最高を更新する見込みだという。instax mini Evo Cinemaのような挑戦的な製品をリリースできるのも、こうした背景がある。
 富士フイルム「instax“チェキ”新製品発表会」では、CM出演俳優の横浜流星さんと広瀬すずさんが登場。ジダイヤルを活用した動画撮影を実演して見せた。チェキの発表会の常連ともいえるこのお二人。いつになく楽しそうに見えたのが印象的だった。instax mini Evo Cinemaの発売は1月30日、価格は5万5000円前後だ。
近年面白みに欠ける日本のカメラ市場。よどんだ水をかき混ぜる、こんな面白い製品こそ、ぜひ売れてほしい。instax mini Evoに続く大ヒットを飾れるか、楽しみだ。(BCN・道越一郎)

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