「年金だけでは、老後の生活資金が2,000万円不足する!」「老後に備え、若い頃からの資産形成による”自助”を勧める」ーー。昨年発表された金融庁の報告書に、国民の多くが不安を抱いた。
「今のうちに投資を」と考えている読者に、「GPIFの年金政策ミスによって、長期にわたる株価低迷が始まります。アベノミクスを支えた年金運用の後遺症。その時期は、早ければ東京五輪後です」と語るのは、現況に危機感を抱き、警鐘を鳴らす元野村投信ファンドマネージャー・近藤駿介氏だ。「202X 金融資産消滅」の真実と「今すべきこと」を語ります。(『202X 金融資産消滅』(KKベストセラーズ)より引用)■「世界最大の機関投資家」が日本株を売却すると…

私たちの公的年金資金を運用し、世界最大の機関投資家といわれているGPIF。2001年度から市場運用を始め、収益累計は65・8兆円に達したと報じられていますが、GPIFが年金給付に必要な財源を確保する目的でこの多額の収益を確定しようとしたらどうなるでしょうか。収益を確定するためには市場で保有資産を売却し、現金に変える必要があるのです。

2019年6月末時点で160兆6687億円という大規模な運用資産を誇るGPIFは国内株式を37兆7642億円保有しています。2014年度以降の5年間で国内株式によって11兆4100億円の収益を上げていることからすると、仮にその1割、1兆1410億円の収益を確定しようとしたら、単純にいうと保有している国内株式の1割を売却すればいい計算になります。国内株式の保有額は37兆7642億円ですから、1兆1410億円の利益を確定するためには、単純計算で3兆7764億円を市場で売却する必要があることになるのです。

2014年10月31日に基本ポートフォリオを変更したGPIFは、その後2015年3月末までの5か月間の間に推計で3兆8000億円程度の国内株式を買い付けています。つまり、この5年間に国内株式への投資で獲得した11兆4100億円の収益の1割を実現益に変えるためには、単純計算上基本ポートフォリオを変更した際に新たに買い付けた金額約3兆8000億円とほぼ同規模の国内株式を売却する必要があるということになります。

2014年10月31日に基本ポートフォリオを変更してから2015年3月末までの5か月間にGPIFが推計3兆8000億円強の国内株式を追加購入したことでTOPIX配当込み指数は1822・08ポイントから2128・30ポイントまで16・8%上昇しました。

「買う時の流動性はあるが、売るときの流動性はない」という市場の鉄則に則れば、たとえ買い付け金額と売却金額がほぼ同額だとしても、市場価格への影響は売却時の方が大きなものになる可能性が高いのです。しかも売り手が「世界最大の機関投資家」と称されるGPIFであればそのアナウンス効果も加わりますからなおさらです。

■”GPIFの売り”を吸収できる投資家は存在しない

単純にいえば、GPIFが「世界最大の機関投資家」だということは、GPIFの売りを単独で吸収できる投資家がこの世に存在しないということです。「世界最大の機関投資家」であるGPIFが基本ポートフォリオを変更した際には、日本株への投資配分を17兆円増やすということを耳にした投資家が、より高い価格でGPIFに売りつけることができると確信しGPIFに先回りして日本株を購入したことで、相場は大きく上昇しました。

では、こうした投資家が、GPIFが日本株を売却するという方針に接した際にはどのような投資行動をとるでしょうか。

常識的に考えられることは、GPIFに先んじて日本株をGPIFよりも高い価格で売却しようとすることです。こうした投資家の行動によって、GPIFは希望する価格よりも低い価格で売却することを迫られることになるのです。

また、日本株への投資配分を増やす意図を持っている投資家がいたとしても、資金規模では「世界最大の機関投資家」であるGPIFに太刀打ちできませんから、GPIFの売り物に真正面から買い向かっていくことはあり得ない話です。つまり、たとえ日本株の投資配分を増やそうとする投資家がいたとしても、彼らはGPIFの資産を評価している時価で買ってくれる投資家ではないのです。

2014年10月31日にGPIFが基本ポートフォリオを変更してから5か月間で推計3・8兆円の国内株式を購入したことでTOPIX配当込み指数が16・8%の大幅上昇を記録しましたが、反対にGPIFがほぼ同額の国内株式を売却することになったらTOPIX 配当込み指数の下落率は上昇時の16・8%を大きく上回る可能性が高いと考えなければなりません。それが市場のシビアな現実なのです。

■バブル崩壊時に痛感した、下落相場で資金を現金化する恐ろしさ

2019年12月時点(同原稿執筆時)で、日経平均株価は米中貿易交渉の第一弾合意などを好感して1年2か月ぶりに2万4000円台に乗せてきました。

仮にGPIFがこの株価水準から評価益の1割を実現益に変える目的で3・8兆円の国内株式の売却を始め、日経平均株価とTOPIX配当込み指数がともに16・8%下落すると仮定した場合、 日経平均株価は2万円前後まで4000円前後下落する計算になります。

これに、売却時の方が買付時よりも市場インパクトが大きくなる可能性が高いことを考慮すれば、GPIFが基本ポートフォリオの変更を決めた2014年10月31日の1万6413円前後まで下落してしまう可能性もあり得ない話ではないといえそうです。つまり、「世界最大の機関投資家」であるGPIFが、この5年間で積み上げた収益額の1割を実現益に変えようとするだけで、株価が元の水準に逆戻りしたとしても決して不思議なことではない状況なのです。

株価が元に戻るだけなら別に大したことではないと感じる人も多いかもしれません。しかし、株価水準が、GPIFが基本ポートフォリオ変更を決めた2014年10月31日の水準に戻るということは、2014年度以降の5年間に上げてきた11兆4100億円の収益の1割に相当する1兆1410億円を実現益として確保することと引き換えに、残りの10兆2690億円の収益のほとんどを失うということなのです。もちろん、2014年10月31日の水準に戻ることが確定している訳ではありませんが、収益の一部を実現益に変える度に、残りの評価益の多くが失われていく構図は変わらないのです。下落相場の中で資産の現金化を図ることの恐ろしさは、日本人は1990年のバブル崩壊局面でも痛感しているのです。

■日本の投資家が見逃している、GPIFが抱える宿命

GPIFが基本ポートフォリオを変更した2014年10月直前の9月末時点でGPIFの国内株式への投資比率は18・23%、投資金額は23兆8635億円でした。それに対して2019年6月末時点での国内株式への投資比率は23・5%、投資金額は37兆7642億円と投資比率で5・27%、投資金額にして13兆9007億円も多くなっています。

実現益を確保するために国内株式の1割、3兆7764億円を売却したとしても投資金額は約34兆円と2014年9月末時点よりも10兆円以上も多く、国内株式の構成比も24%前後と6%弱も高い状況であり、株価の変動の影響を受けやすくなっています。これは換言すれば評価益を実現益に変え難い状況になっているということでもあります。

「世界最大の機関投資家」であるGPIFは、評価益を実現益に変えることができないという宿命を背負っている。

これが、政府やGPIFの運用戦略を決めている有識者たちや、日本の投資家が見逃している「世界最大の機関投資家」が抱える宿命であり、マーケットの厳しい現実なのです。

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