元ヤクザでクリスチャン、今建設現場の「墨出し職人」さかはらじんが描く懲役合計21年2カ月の《生き直し》人生録。カタギに戻り10年あまり、罪の代償としての罰を受けてもなお、世間の差別・辛酸ももちろん舐め、信仰で回心した思いを最新刊著作『塀の中はワンダーランド』で著しました

実刑2年2カ月! 府帯広刑務所移送が決まったじんさんは、移送の飛行機のなかで「妄想」爆発。でもそれは共に送られる受刑者たちも彼らを見張る刑務官にも伝染して・・・。 
 嗚呼! これが悲しくも男の本能。法の前にある人間の自然。心の自由だけは法でも縛ることはできません。いよいよ帯広刑務所へ到着です!



■「この野郎! オレのスッチーに何すんだ!」

 安定飛行に入り、安全ベルト解除のアナウンスが流れた。護送任務の担当 の指揮官から、「これから君たちを片手錠にするので、着くまで大人しくしていろ。いいな、わかったか」と囁くような声で告げられ、ボクたちの手は すこしだけ自由になった。



 普段、刑務官が塀の中のボクたちを呼ぶときは、決まって横柄な態度で、「お前」と呼ぶのに、このときばかりは「お前たち」から「君たち」に格上げされていた。いくら受刑者であっても、公の場で「お前」と呼ぶのは、さすがに体裁が悪いのだろう。



 道中買ってきたというお菓子を、ボクたちはプチ旅行気分の担当たちから、「課長が君たちたちのために買ってくれた物だからありがたくもらえ」と、値打をつけられて供与された。どうせ経費で買った物であることはわかっている。



 ボクは内心、この野郎! と思いながらも、菓子袋を開けて中を覗き込んだ。そこにはキャラメルコーンが山吹色に光っていた。



 スッチーたちは客の間を飛び交うようにして、忙しく動き回っていた。ボクが目をつけたスッチーは、ボクたちを出迎えてくれたスッチーだ。可憐な顔とは不釣り合いな、強烈なボディ。だが逆に、そこが男どもの視線を釘づけにしてしまうほど、ゾクッとさせるエロチックさを醸し出していた。目当てのスッチーは反対側の通路で乗客の対応に追われていた。



 しばらくすると、台車を曳いたスッチーから機内食が配られた。ボクはそのスッチーたちの身体にも何気ない振りをして目を這わせる。



 機内食を食べ終わると、ボクは相棒たちのことが気になり、後ろの様子を窺ってみた。早々と食事を終えていた相棒たちは、二人仲良く顔を揃え、少し首をもたげた格好で目を皿のようにして、反対側の通路にその視線をロックオンさせている。



 ボクは相棒たちの尋常でない視線が気になり、その視線の先を目で追ってみた。

するとそこには、何とボクが目をつけていた件のスッチーが前屈みの姿勢で、豊満なエロいお尻にパンティラインを食い込ませ、乗客に対応している姿があった。



 相棒たちはすでに理性がどこかに吹き飛んでしまったのか、スッチーのそのお尻に視線をグサリと突き刺していた。ボクは思わず、「この野郎! オレのスッチーに何すんだ! オレの女のケツを見てんじゃねぇよ、この野郎!」と、自分のことは棚に上げ、心の中で叫んだ。



 そして、まるで自分の女が相棒たちに犯されでもしたかのようにへこんでしまい、憂鬱な気分になった。



 つまりボクは、何とも救いようのないほどオメデタイ人間だったのである。しかし、この罪深きスッチーのお尻は、ボクたちにとってあまりにも刺激的で、このお尻のためなら平気で人殺しもできるのではと思わせるほど、魅惑的なお尻だった。



 件のスッチーは、用事を終えると、反対側の通路から、客たちに気を配りながらだんだんボクたちの座席の方へ近づいて来た。





 ◼︎ボクの目は超エロモードのスケベな顕微鏡 

 ボクは罪深きスッチーのお尻を間近で観察できる喜びに胸をワクワクさせた。何たってボクたちは数時間前まで、女なんて代物は夢で見るか記憶から引っ張り出してエッチな場面を想像するか、週刊誌で見ることぐらいしかできない世界にいたのだ。だからボクの目は超エロモードのスケベな顕微鏡になっていた。



 隣では、そんなボクの精神状態など露ほども知らない担当が、静かに週刊誌を広げていた。件のスッチーがいよいよ相棒たちの座席へ来て、微笑みながら、「何か御用はありませんか?」と担当に声をかけた。



 すると、相棒の二人は手錠をはめた手を揃えたまま、バカ面を晒して、「異常ありません!」と、担当の代わりに答えてしまったのである。



 何が異常ありません、だ。異常あるのはお前たちの方だろうと、ボクは自転車ドロボーと下着ドロボーのドラッグ患者の相棒たちに呆れ返った。



 相棒たちの隣に座っている担当から、「お前たちは余計なことは言うな」と注意を受けた。ボクはおかしくて、腸が捻じれそうだった。



 そんな相棒たちの座席から、スッチーがボクの座席のところへやって来て、まるで天使が微笑むかのように「何か御用はありませんか?」と声をかけてきた。
 目の前に現れたスッチーの美しくグラマラスな姿態を目にした途端、ボクは情けなくも魂を抜かれてしまった。ポカンと口を開けたまま、スッチーに見惚れているボクは、相棒たち同様、間抜け面を晒していたのである。



 スッチーの声に、週刊誌から顔を上げた担当は少し気取った顔で、「大丈夫です」と言ったが、ボクには、その態度はスッチーを意識しているかのように見えた。



 スッチーは、口元に微笑を湛えたまま、パンティラインを浮き立たせたエロチカなお尻をわざと担当の鼻面でプリッと揺らすようにしてから、次の座席へ移っていく。



 そんなスッチーの右に左に揺れ動くお尻に、ボクの目も右に左に揺れる。興奮の極みに達していて息苦しかった。

そして今にも鼻血が噴き出しそうになってもいる。



 ボクの理性の糸は切れかかってはいたが、どうにかギリギリのところで突き上がる衝動を抑えていた。気がつくと、隣で静かに週刊誌に目を落としていたはずの担当も、いつの間にか身体が通路側に倒れ、週刊誌の隙間からプリプリのスッチーのお尻に喰らいついていた。後ろを振り返ると、相棒の二人も、目を皿のようにしてスッチーのお尻に喰らいついていた。



 このスッチーのお尻はあまりにも魅惑的で、檻から出てきたボクたちを狂わすには十分なほど罪深いものだった。常に襟を正していなければならないはずの刑務官さえも、その誘惑に負け、職務を忘れてしまったほどなのだ。やはり刑務官もただの男だったのである。



 やがて、眼下に夏の強烈な陽光に映えてギラギラと輝く津軽海峡が広がり始めた。エンジン音が変わり、機は着陸態勢に入る。窓の外に大雪山系の山々が姿を現すのと同時に、色とりどりに塗り分けられたマッチ箱みたいな屋根が点在しているのが見えた。



 空港に着くと、後部出口のタラップの下にはすでに出迎えのバスが待機していた。護送バスのドアを開けたところには、濃いグリーン色の制服を着て編み上げのブーツを履いた帯広刑務所の刑務官が、直立不動のまま敬礼をして立っていた。



 ボクたちは手錠をはめた手にそれぞれの荷物を持つと、青い腰紐を打たれた姿でタラップを降りた。このときボクたちを最後まで見送ってくれたのが、件のスッチーだった。口元に微笑を湛えたまま、軽く会釈してボクたちを見送ってくれる。ボクはお世話になったスッチーの罪なお尻を一瞥すると、「バイ、バイ」と呟いて別れを告げた。



 ボクたちと一緒に破目をはずしていた担当は、まるでそんなことは忘れているかのようにすました顔をして平然としていた。



 ボクたちを乗せた護送バスは一路、帯広刑務所へ向けて出発。ほんの1時間30分の短い空の旅は、これから何年か刑務所暮らしを余儀なくされるボクたちにとって、図らずも命の洗濯となったのだった。



(『ヤクザとキリスト~塀の中はワンダーランド~つづく)

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