「【速報・詳報】キッズラインのシッター2人目、わいせつ容疑で逮捕 内閣府補助対象、コロナで休園中に被害」。このニュースが飛び込んできたとき、多くの読者や視聴者は唖然としたのではないだろうか。

シッターマッチングプラットフォームが、性犯罪の温床になっていたのだから……。親の目の届かないところで行われる幼児への性犯罪。これを食い止めるには親の意識はもちろん、子供にも性被害に遭わないようにするための「知識」が必要と訴えるのは、現在慶應義塾大学教授の小笠原和美氏。社会安全政策や性暴力、ジェンダーを専門とする注目の警察庁官僚でもある。「知識は力」になることを子供に伝えてほしいと願い、緊急寄稿してもらった。



■隠されている子供の性被害

 性犯罪は暗数が多く、その全貌は犯罪統計などを通じて社会が認識しているよりはるかに深刻である。特に子供の場合、「知らない人」からだけではなく、父親(実父、養父、継父)、祖父、兄弟、母親の内縁の夫などの家族から、教師から、保育士から、スポーツのコーチや習い事の先生からなど、身の回りにいる「知っている人」から性被害に遭っていても表に出てきにくい。子供の年齢が幼ければ、自分がされていることの性的な意味が分からないために抵抗することすらできないし、通常、「その人の言うことに従うことが正しい」とされる人から性的なことを求められた場合、これに逆らうのは非常に難しい。加害者はそのことを十分に分かった上で、巧妙に、抵抗を押さえつけ、相談できないように口止めをしながら犯行を重ねている。



 ある小学校教員のケースでは、加害者である教員(逮捕時42歳)が事件発覚まで勤めていた複数の小学校の児童を対象に、20人以上の女子児童に対して性的暴行を加えていた。「誰かに言ったらもう指導してやらない」「写真をばらまく」などと脅されて誰にも相談できずにいたこともあり、犯行は20年近くに及んだ。



 知的障害がある複数の女児に対して、その担任が性加害を行っていた事例もある。

知的障害がある複数の女児に対して、その担任が性加害を行っていた事例もある。一連のことについて他の教師や親に言わないよう堅く口止めされていたため、被害が継続してしまった。



 ある女性は、実の父や兄から、3、4歳の時から性虐待を受けていた。自分がされていることが、なんとなくいけないことのような気がしつつも、良いことか悪いことか判断できず、誰にも言い出せないまま15歳まで続き、行為もエスカレートしてしまった。



 狙われるのは女児だけではない。男児に対するわいせつ行為やポルノ画像の撮影を目的にキャンプの添乗員やボランティアとして参加するなどしていた男6人(20~66歳)のグループが摘発され、未就学児から小中学生まで168人に上る被害者が出たという報道がなされたケースもある。



 これらの事案は必ずしも警察に届け出されたものばかりではない。最近ではベビーシッターが強制わいせつ罪で検挙されたとの報道もなされているが、むしろこの種の事案では発覚していない、あるいは届け出されていないケースの方が多数であろう。



 大人と子供ではその知識も、体力も、経験値も違う。子供を言いくるめたり、脅したりすることで容易にコントロールできる支配的立場にいる加害者は、一旦味を占めると、発覚するまで続けるし、発覚して一旦その立場を去った場合でも、また場所を変えて犯行を続けることもある。



 身近な大人から「これはどこのおうちでもやっている普通のことだよ」「これは君のためだよ」「お前を愛しているからこうするんだよ」「お前が悪い子だからこうするんだよ」などと言われてしまえば、知識も経験もない子供たちは、その言葉に従うしかない。そして、「誰かに言ったら酷い目にあうよ」「このことを知ったらお父さん・お母さんはとても悲しむよ」などと言って口止めされてしまい、何年にもわたって沈黙を強いられることになる。



 でも、もしかしたら、「いやって言っていい」「誰かに相談していい」と知っていたら、その後の経過は違っていたかもしれない。





■子供たちが自分の身を守るため「知識は力になる」

 子供たちが過ごす環境は安全な状態ばかりとは限らない。学校や幼稚園、保育園など子供を預ける施設にも、登下校の道筋やいつも立ち寄るお店にも、残念ながら子供を性的な対象として見る大人はいるかもしれないし、同じ学校の中の同年代の加害者も存在し得る。上述のように、家庭内が安全ではないこともある。



 そう考えると、子供たちが自分の身を守る最後の砦となるのは、子供自身が抵抗する力しかない。それはすなわち、「NO!」いやと言う、「GO!」逃げる、そして「TELL!」誰かに相談することを知っておくこと、そしてこれらのことを勇気をもって行動に移すことである。



 筆者はこれまで、下は小学校一年生から上は大学生までを対象に、「大切なあなたへ 大切な心と体の守り方」と題して、学齢期に応じた資料を使い分けながら、児童・生徒たちに体の守るべき場所や守り方を具体的に伝える活動をしてきている。中には既に被害経験を持っている子がいる可能性もあるので、知識を伝えると同時に、「もし被害に遭ってしまったとしても、悪いのは加害者であって被害者ではないよ」ということも伝えるようにしている。実際、講演後にもらう感想で被害経験を伝えてくれる子もいて、それが「小学校に入る前だった」ということもあった。「もしまた同じようなことがあったら、今日教えてもらったことを生かしたい」そんな言葉を読むと、「もっと早く誰かが伝えてくれていれば」と悔しくて仕方ない。



 そして今、最も脆弱な幼児期の子供にも、以下の内容は伝えておくべきと考えている。



 ●水着を着ると隠れる部分は、プライベートゾーンといって、自分だけの大事な場所だから、他の人に見せたり、触らせたりしてはいけない。


 ●他の人のプライベートゾーンを、無理やり見たり触ったりしてはいけない。
 ●もし触られそうになったら(触られたら)、大きな声で「いや」と言う、逃げる、大人に相談する。
 ●いやな目に合っているお友達がいたら、助けてあげる。大人に相談する。



 心と体の守り方を幼児期の子供達に伝えるためには工夫が必要である。現在、友人たちが子供に分かりやすく伝えるため「絵本」のかたちでツール作りを進めており、筆者も監修として関わっている(https://kumokun.themedia.jp/)。小学校の養護教諭の先生(保健室の先生)や特別支援学校の教員、保育士、小児科医、幼い頃に性的虐待経験を持つ方々など、様々な立場の人から意見を聴きながら、形になりつつあるところである。



「いや!」「やめて!」と声を上げたり、その場から逃げるということは、その場面における危機を回避するという意味だけでなく、加害者に「この子には抵抗される」「この子を襲うのは容易ではない」という情報がインプットされることにより、その後の被害の抑止にもつながる。だれかに打ち明けることで、第三者が介入し、加害行為を止めることにもつながり得る。



 実際に声を出す、逃げる、相談するという行為は、ロールプレイなどで練習することが効果的である。そしてこれらの「知識」と「勇気」を全ての子どもたちに与えるためには、幼稚園や学校教育の場で、繰り返し伝えることが必要不可欠である(巻末脚註【1】参照)。





■性暴力を、なくそう

 本年6月11日、内閣府・警察庁・法務省・文部科学省・厚生労働省の局長級からなる「性犯罪・性暴力対策強化のための関係府省会議」が「性犯罪・性暴力対策の強化の方針」(以下、「強化方針」という)を決定した。


「性暴力を、なくそう。」この句読点入りの10文字は、強化方針を決定した会議の議長を務めた内閣府特命担当大臣(男女共同参画)のメッセージに掲げられた言葉である。メッセージの中で同大臣は、「性暴力はあってはならない」という認識を社会全体に広げていくことが何より重要であり、「性暴力は一つあるだけでも多すぎる」(1 is too many.)という認識の下、性暴力のない社会、誰一人取り残さない社会の実現に向けて全力を尽くすという決意を述べ、国民に理解と協力を求めている(巻末脚註【2】参照)。



 今回示された強化方針の項目として画期的な点は、性犯罪・性暴力を根絶していくため、加害者にならない、被害者にならない、傍観者にならないための教育と啓発を行うことを内容とした「教育・啓発活動を通じた社会の意識改革と暴力予防」が盛り込まれたことである。



 中でも注目すべきは、「学校等における教育や啓発の内容の充実」という項目に、性暴力の加害者や被害者にならないための施策の例示として、



 ●幼児期や小学校低学年で、被害に気付き予防できるよう、自分の身を守ることの重要性や嫌なことをされたら訴えることの必要性を幼児児童に教える(例えば、水着で隠れる部分については、他人に見せない、触らせない、もし触られたら大人に言う、他人を触らないなど、発達を踏まえ、分かりやすく指導する等)。



 と示された点である。



 この「水着で隠れる部分」は、まさに「プライベートゾーン」のことであり、性的な被害から自分の身を守るための分かりやすい伝え方として、海外では児童向けの性教育に取り入れられている(巻末脚註【3】参照)。しかも、「他人のプライベートゾーンを触らない」ことも教えることで、他者との適切な境界線を知ることにもなり、性的に不適切な行為を自制することにも繋がる上、仮に学校内で(スカートめくりやズボン下ろしなど)不適切な行為があった場合に、教員側が「プライベートゾーン」の概念を用いて指導もしやすくなる。



 日本政府はこれまで、幼い子供たちを性的な対象として搾取しようとする者から子供たちを守るため、様々な対策を講じてきているが(巻末脚註【4】参照)、子供たち自身に向けて直接「自分の体をどう守るか。守り切れなかった場合にどうしたらよいか。」を教えるという対策は講じてこなかった。しかしこのことは、今最も早急に手を付けるべき対策である。この知識を身に付けることにより、防げる被害・加害が必ずあるからである。



■私たち大人がすべきこと

 ◆ 子供の普段の様子をよく見て、変化に気付く
 性被害に遭っている子供たちは、急に元気がなくなったり、外出することを嫌がったり、自分や他の子の性器を触ったりするなど、様々なSOSを出すようになるが、周囲の大人がその変化の意味を理解していなければ見過ごされてしまう。

まずは、普段の子供の様子をよく見て、変化に気付けることが大切だ。



 ◆打ち明けられたら「話してくれてありがとう」
 被害に遭ってしまった時にどう対処したらよいかは、被害に遭う前に知っておかなければ迅速な行動にはつながらない。被害について相談されたときにどう対応したらよいかも同じで、打ち明けられる側において対応を間違えると、心身共に傷つけられている子供の心を更に傷つけてしまう。



 特に我が子など、自分にとって大切な存在である子供が被害に遭ったと知ったとき、親は大きく動揺し、場合によっては目の前にいる子供に対して、「どうして会いに行ったのか」などと責めるような言葉をかけてしまうことがある。あるいは(当たり前の反応だが)大きく嘆いたり、ショックに打ちのめされてしまったりする。するとそのことが、「言ってはいけないことだったんだ」というメッセージとなり、子供たちの口を閉ざしてしまうことにも繋がってしまう。



 実は、「被害に遭った」ということを打ち明けることは、それが子供でも大人でも、とてつもなく勇気が必要な行為である。したがって、驚いたり嘆いたりする気持ちが湧き上がってきたとしても、まずは一旦深呼吸をして、「話してくれてありがとう。」と伝えてあげてほしい。この言葉は、打ち明けた人の気持ちだけでなく、話を聴く側の気持ちも落ち着かせてくれるはずだ。



 ◆ 「どんなことがあってもあなたの味方」は子供のお守り
 普段と様子が違うのは、性被害だけではなく、虐待やいじめなどが原因の可能性もある。いつもとちょっと違うわが子の様子を見た時、少し覚悟を持ちながらも、「何か心配なことでもあるなら、何でもお話しして」「どんなことがあっても、あなたの味方だよ」と声をかけてほしい。そういう言葉を待ち望んでいる子供が必ずいるはずである。

そしてできれば、この言葉は、子供への「お守り」として、折に触れかけてあげてほしい。安心して相談できる大人が身近にいるということが、子供たちの自尊心にも繋がり、いざという時に適切な対処を選べる力になる。





■「どうして大人は教えてくれなかったのか」と言われないために

 私たちおとなは、身近にいる子供たちの様子を見守りながら、家庭では「適切な愛情表現」を伝えるとともに、広く学校教育でどのような行為が不適切か、どのような対処をすべきかを正しく伝えていくことが必要である。「公園のベンチでいつも座っているおじさん」は、最初は「知らない人」でも、笑顔で近寄られてつい話し始めてしまったら、それが数回続いた時点でもうその人は「知ってる人」になってしまったりする。「知らない人にはついていかない」と教えるだけでは、子どもたちの安全は守れないのだ。



「こういう話は、もっと早く聞きたかった」と子供たちに言われて手遅れにならないうちに、性暴力の加害者にも、被害者にも、傍観者にもしないための学校における予防教育を、政府が本腰を入れ、全ての子供たちに対して一日も早く始めてほしい。



脚註)
【1】子供への暴力防止教育プログラムCAP(Child Assault Prevention)では、一人ひとりが大切な存在であるという基本的人権と、性的な被害に加え、いじめ、知らない人からの連れ去りといった子供を取り巻く暴力から身を守る方法をロールプレイを使って分かりやすく教えてくれる。(「J-CAPTA」http://j-capta.org/、「CAPセンター・JAPAN」 http://cap-j.net/



【2】“1 is too many.”は、性暴力を尊厳の問題と位置付け、国民一人一人が根絶に参画するよう呼びかける公共広告として米国のオバマ前大統領が著名な俳優陣とともに出演し、ホワイトハウスのYouTubeサイトにアップした「1 is 2 Many PSA: 60 Second」の中で俳優のダニエル・クレイグによって語られた言葉。(https://youtu.be/xLdElcv5qqc



【3】「なぜ日本の性教育は“セックス中心”なのか 日本とは全然違うフランスの教え方」(『PRESIDENT Online』2019/07/02 9:00 https://president.jp/articles/-/29133)



【4】「児童の性的搾取等に係る対策の基本計画~児童の未来を守る社会のために~」(平成29年4月18日 犯罪対策閣僚会議決定)

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