■本名なのに名乗れないのん。芸能界とはそういうもの

 芸能人の独立が相次いでいる。

ここ数ヶ月でも、手越祐也に米倉涼子、ローラ、柴咲コウら大物がジャニーズ事務所やオスカープロモーションといったかつての所属事務所を離れ、個人事務所あるいはフリーランス的なスタンスに転じた。
 事情はそれぞれ異なるとはいえ、この現象は独立をめぐるハードルが低くなったことを感じさせる。が、実際のところ、ザ・芸能界はそこまでものわかりがよくなったのだろうか。



 というのも、せっかく先行投資をしてスターにした事務所にすれば、独立されるのはただただもったいなく口惜しいからだ。その資金は回収できていたとしても、次のスターを育てるためにはさらなる資金、そして看板が必要になる。つまり、売れれば売れるほど、手放したくはないし、また、ひとりを許せば他が続くおそれもある。それゆえ、独立されるのは極力避けたいのである。



 そこで思い出されるのが、数年前に起きたのん(能年玲奈)のケース。2013年にNHKの朝ドラ「あまちゃん」でブレイクした彼女はその翌年、傾倒する女流演出家と個人事務所を設立して、それまで所属していたレプロエンタテインメントを飛び出した。まさにこれから先行投資を回収しようというときに、独立されてはたまったものではない。2年後の16年、レプロはのんに、本名でもある芸名「能年玲奈」を使わせないなどの対抗手段を講じた。



 一方、独立後の彼女のエージェントである人物は昨年、朝日新聞デジタルでこんな内情を暴露。


「この3年で約30件、テレビ局からのんへ、ドラマや情報番組のオファーがあった。でも、こちらが企画に納得して、いざ出演契約を結ぶことになると、テレビ局から必ず『なかったことにしてください』と電話が入るのです。(略)『のんが出るなら、うちのタレントは出演を引き揚げる』といった圧力が電話で局側に入るようなのです。あるドラマでは衣装合わせまで済みながら、契約直前に『今回はなかったことに』と立ち消えになった。他にも、演奏会で詩の朗読をした際も、のんの存在は消され、もう1人の俳優さんだけがテレビで紹介されていた。理屈に合わない、ドロドロとしたことばかりが起きています」



 いわゆる「干された」という状況だが、この人物はのんが「テレビ番組に出ていないだけで、十分すぎるほどの経済的成功を収めている」と主張。「『弱い立場の人間がいじめの窮状を訴える』図式で捉えてほしくない」とも語った。



 ただ、このインタビューを読んだ際、のん側がこういうスタンスだと、状況は変わらないだろうなと感じたものだ。実際、この1年前にはのん自らレプロに出向いて謝罪し、再契約を願い出たことを「フライデー」が報じたが、レプロは「何ら解決には至っておりません」として、不快感をあらわした。
「当事者しか知り得ないはずの情報が事前に外部に漏れ、このような記事が出たことについては、大変不可解であり、誠に遺憾であります」



 おそらく、のん側がメディアを使って対等な駆け引きをしてきたことに腹を立てたのだろう。また、のん側の言い分を記事にした「週刊文春」がレプロに訴えられ、負けるという事態も起きた。事務所同士の力関係が歴然としている場合、弱いほうはもっとしおらしくしなければ和解にはいたらない。

芸能界とは、そういうものだ。



■芸能界も家族主義から個人主義へ 

 ではなぜ、そういうものなのか。これを説明するために、芸能事務所というシステムの成り立ちをざっくりと振り返ってみよう。
 戦後最初の大スターといえば、美空ひばり。彼女を発掘した福島通人は新芸術プロダクションを設立し、権勢をふるった。が、金銭面がどんぶり勘定だったことから、ひばりとその母親は福島と袂を分かち、芸能の興行も扱っていた暴力団・山口組の田岡一雄を頼ることに。こちらは、金銭的に間違いがないことで定評があったからだ。やがて誕生したひばりプロダクションで、田岡は会長に就任する。このケースに限らず、当時の芸能人が何かとトラブルが起きやすい地方公演をヤクザに仕切ってもらうのはよくあることだったのだ。



 そんななか、一線を画すこととなるのが渡辺プロダクションだ。ここは月給制を敷いてどんぶり勘定をやめ、ヤクザ的なものとも距離を置いた。この事務所から新たな芸能史が始まるのである。



 とはいえ、芸能界とヤクザのつながりは簡単に断たれるものではなかった。なにせ、両者は堅気ではないという共通点を持ち、体質が似ているからだ。その最たるものは、擬似家族的だということ。それこそ、ヤクザが「一家」を名乗り「親分・子分」「兄弟」「姐さん」などと呼び合うように、芸能事務所においても、社長が親でタレントは子供という図式が成立していたりする。ときには、ひとつ屋根の下で暮らすことにより、親子も同然という濃密な関係性が育まれるわけだ。



 この家族主義的空気が、独立問題をややこしくする。それこそ、親子の縁を切るくらいの話なのだ。しかも、芸能界自体が大きなひとつの家族という雰囲気もあり、恩を仇で返すような者はあまりよく思われない。独立したタレントを業界全体で「干す」ようなことが起きがちなのはそのためだ。
 それでも独立したい場合はどうすればいいのか。よくあるパターンとしては、別の「親分」に仲立ちしてもらうというものがある。
 たとえば、本木雅弘がジャニーズをやめるときにはバーニングプロダクションがあいだに入った。

傘下の事務所に引き受けさせたのである。ただし、ジャニーズへのけじめという意味で、一定期間、仕事をさせないというペナルティも課した。それをテレビ、雑誌などの各メディアに通達するための「回状」を「週刊明星」の編集部で実際に見たときは、ちょっと興奮したものだ。



 同じくジャニーズをやめた田原俊彦については、完全に個人事務所への移行だったため、しばらくのあいだ、田辺エージェンシーがサポートをした。この事務所には昔からバーニングも一目置くといわれており、トランプでいえば、ジョーカーみたいなところがある。おかげで「笑っていいとも!」(フジテレビ系)のレギュラーなどもあてがわれたが、そんな田辺のサポートがなくなってから、田原はますます苦闘を強いられた。



 ただ、芸能界自体が家族的という空気はときにプラスにもなる。田原のように、個人で長年頑張っていると、業界全体にそろそろ許してやってもいいんじゃないかという雰囲気が生まれるのだ。いわば、業界という親が独立タレントという子の「勘当」を解く感じだ。



 しかし、世の中の家族観はこの半世紀で大きく変化した。親と子という関係にこだわることを古くさく思い、そこにあまり縛られたくないという気運も強まっている。それは当然、芸能事務所のような擬似家族的空間にも反映され、事務所とタレントの関係もかなりドライになってきた。

独立タレントの増加は、そのあらわれでもあるだろう。
 昨年、公正取引委員会がジャニーズに対して行なった「注意」も象徴的だった。元SMAPの3人による「新しい地図」の活動に圧力をかけた疑いがあると指摘。さらに、芸能人の移籍や独立後の活動制限について独占禁止法違反とする見解も示した。



 また、手越は退所会見で「(メンバーとも)絶対に会って話したいなとは思っている」としながらも、こんな事情を明かした。
「ジャニーズ事務所さんの方から、弁護士をつけてほしいという話をされて(略)僕も急きょ弁護士の方を付けさせていただいて、で、僕自身はジャニーズ事務所だったり、NEWSの今までお世話になった方々とは絶対にもめたくないので」



 個人主義を重んじる世の流れをうけ、独立もビジネスライクになっていくのだろうか。
 ただ、それでも、のんのようなトラブルは起きる。また、最近はネットテレビやYouTubeなど、芸能人の活動スタイルが多様化。独立タレントには追い風とされるが、それはそれで、うまくいくかどうかは実力次第だ。
 つまり、芸能事務所が擬似家族的だった時代に比べ、別のシビアさが生じてきたわけだ。義理や人情ではなく、法的な戦いでも勝てるしたたかさや、新たなジャンルでも才能を発揮できるしなやかさ。これからの独立には、そういうものがいっそう必要になる。

さもなくば、これまでの独立タレントの二の舞だろう。



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