人は絶望からどう立ち直ることができるのか。
人は悪の道からどのように社会と折り合いをつけることができるのか。
元ヤクザでクリスチャン、今建設現場の「墨出し職人」さかはらじんが描く懲役合計21年2カ月の《生き直し》人生録。カタギに戻り10年あまり、罪の代償としての罰を受けてもなお、世間の差別・辛酸ももちろん舐め、信仰で回心した思いを最新刊著作『塀の中はワンダーランド』で著しました。実刑2年2カ月!
じんさん、今度は神戸刑務所に3年間お世話になります。西の塀の中はお笑い劇場なみの面白さ。どん底でもどこか明るいそんな生活に気持ちが明るくなってきました。希望は、そんな「小さな面白さ」から育っていくような感じかもしれません。
■関東と関西の刑務所の違い
工場へ行って最初に驚いたのは、懲役たちの役席が関東の刑務所と違って、すべて担当台を背にしてあることだった。
工場の懲役は約90名ほどで、そのうちの20名ほどの懲役が、担当台を起点にした右方向にある機械場と写植室の小屋で、印刷工として従事していた。その小屋の外側の隣のエリアでは、紙貼り作業を専門に行う20名ほどの懲役の班があった。この班には、割合長い刑期の懲役たちが就いていた。
中央には30名ほどの懲役で構成された、紙折り専門の立ち仕事の班があった。
その隣で最も左側、食堂のあるエリアには「メイク班」という班があった。
メイク班の仕事は、女の子や子どもたちに人気のあるキティちゃんやスマイリー君といった、いろいろなキャラクターの小物グッズの組み立てである。
ここには、関東や関西の特異なキャラクターの持ち主が何人もいて、というより、このメイク班に集められていて、毎日、ここで何かしらの騒動が起こっていた。
ある懲役は、目に見えない誰かと話をしているのか、ときおり上を向いては、
「うんうん、そうだ、そうだ。ヒッヒ~、ケケー、やっちまえ」
などと、ニタついたりしているのである。
またある懲役は、作業中、右手の指を動かして空間に何かを描いては一人でうなずいて、ニヤニヤしている。どうやらこれは、シャバのどこかに隠してきている覚せい剤の地図を描いているらしかった。
とにかく一日中ニヤニヤしながらブツブツ言っている奴や、ときおり「テメエ、この野郎、バカ野郎!」などと、見えない誰かに文句を言っている奴もいる。
また、朝の投薬受付の担当が回ってくると必ず、「1358番、浅野新太郎。今日は就寝薬と、最近、お肌が荒れているので、クリームください」と、67歳にもなる東京の薬チュー患者の代表選手のような懲役が毎回、投薬とともにクリームを申し出る。
そしてそのたびに、担当から冷ややかな口調で、「お前、懲役のくせにお肌の手入れをするんか、アホ!」と言われても、ウフフッと笑っているような壊れた懲役などなど、この班にはのある懲役たちが目白押しだった。
◼︎要注意人物にされたボク
ボクは紙折りの班の兵隊になり、一番前の役席になってしまった。この配置は、ボクの刑務所での身分帳で、懲罰ばかり受けて来ているから、「要注意人物」ということになっているかららしい。
部屋は8人の雑居部屋で、〝アカ落ち〟したばかりの懲役たちが集まる四級部屋だった。
ここには元国税局に勤めていて、今は不動産業を営んでいるという、身体を半分ほど棺桶に突っ込んでいるような姫路出身の小さな老人や、関西の某組織を名乗りながら、胸には関東の老舗のテキ屋の代紋の刺青を彫っていて、どこからともなく聞こえてくる幻聴と話をしている五十路の下り坂の自称「組」の奴とか、「ワシのシノギは一日に2万円しかならへんが、まあまあや」と、腕を組んで自慢げに胸を張る、自称ヤクザの、西成の30代のオニイちゃんといった面々がいた。
このオニイちゃんの一日2万円のシノギというのは、コンビニから2万円相当の品物を盗んできては、その品物をまた同じコンビニに持って行き、「買い戻せ」と言って難クセをつけて返品して金にするという手口だった。
2万円とはどんなシノギかと思って訊いてみたら、何のことはない。ただのドロボーだったのである。現役のヤクザだと胸を張って自慢していた西成のオニイちゃんには、ヤクザの倫理感というものが皆無であり、何とも呆れ果ててしまった。
「こら! ダボ! どこ見とるンや! おんどれや!」
朝の出役時間になると、あちこちから、担当たちの怒鳴り声が舎房の通路に響き渡る。そして出役になると、目の前にある印刷工場まで約20メートルほどを、キッチリ行進させられるのだ。
検身所は、まるで混雑した駅のホームのようだった。検身所に置いてある青いカゴは、毎朝懲役たちが出す洗濯物の下着で山になる。そして、なぜか必ず、カゴの中にはウンコで汚れたパンツが何枚も混じって放り込んであったりする。それも半端じゃない量のウンコがついていたりするのだ。
このようにして見ると、神戸刑務所はいろいろな人間が集まった〝坩堝(るつぼ)〟であり、いかに壊れた人間が多いかということがわかろうというものだ。
(『ヤクザとキリスト~塀の中はワンダーランド~つづく)