危機が発生すると、必ずデマゴーグが出現する。今回、新型コロナウイルスのパンデミックがあぶり出したのは、無責任な極論、似非科学、陰謀論を声高に叫び出す連中の正体だった。
■「何が正しい主張なのか」を見分ける方法
佐藤:20世紀後半に入り、人類は疫病を文字通り撲滅する試みに打って出ました。まさに「最終的解決」ですが、天然痘は1970年代末、本当に滅ぼされます。最近もWHOが、アフリカでポリオ(小児麻痺)が根絶されたと発表しました。アフガニスタンとパキスタンでは残っているようなので、完全に撲滅されたわけではありませんが、テドロス事務局長は「歴史的な公衆衛生上の成功」だと自慢しています(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200826/k10012584621000.html)。
ただしマラリアについては、従来の治療薬にたいする耐性を身につけさせる結果に終わりましたし、エボラだのエイズだの、新しい病原体が出てきた。
中野:専門家会議の先生方も撲滅とか感染ゼロにするとは言っていなくて、医療崩壊を防ぐためにコントロールすることを目指していた。「感染者ゼロを目指すなんておかしい」という批判は、専門家会議に対しては当てはまらないはず。
適菜:中野さんがおっしゃるとおりで、勝手に敵を作り上げてそれを叩くわけですね。典型的なストローマン論法です。
佐藤:4回目で出た話題ですが、真善美は下手に振り回すと、偽悪醜になってしまう。それをカモフラージュするには、偽悪醜の化身のような敵と戦っていることにするのが一番手っ取り早い。
対立相手の真の姿など、問題ではないわけです。というか、そもそも正しく認識できなくなっている恐れが強い。プラトンの「洞窟の比喩」のような状態ですね。現実を見ているつもりで、洞窟の壁(=自分の脳内)に映る歪んだ幻影ばかり見ては、都合や思い込みにあわせて勝手に解釈するようになる。
中野:藤井氏が好んで引用する話ですがね。
佐藤:幻影に文句をつけるかぎり、何でも好きなことが言えます。敵のあり方そのものを、自分が必ず勝てるように設定できるんだから。独り相撲でいつでも優勝、じつに爽快な話です。
ただしこれにハマると、洞窟から永遠に出られなくなる。洞窟がタコツボに変わると言ってもいいでしょう。
適菜:イギリスのボリス・ジョンソンが反省したじゃないですか。自分たちは集団免疫作戦やろうとしたけど、あれは間違いだったと認めました。「最初の数週間、数カ月は理解していなかった」「違うやり方ができたかもしれない」と。反省できるのは立派なことです。スウェーデンのアンデシュ・テグネルも、勝手に勝利宣言したものの、短期間で多数の死者がでたことは認めている。でも日本政府の場合、なにをしようとしていたのかさえ明確ではなかったので、反省しようがない。日本人は痛い目にあわなければ分からないと言う人がいるけど、すでに散々痛い目にあっているわけでしょう。もうなにがあっても気付かないんじゃないですか。中野さん、どう思います?
中野:気づかないでしょう。だって気づきたくないんだから。
適菜:しかし、一般の人は、それぞれの論者の発言のすべてを追っているわけではないから、一貫性がなくても気づかないですよね。
中野:そうです。普通の人は、そんなに暇ではないし。
佐藤:何が正しいか、見分けるのは簡単です。この鼎談の1回目で言いましたが、新型コロナに関する話を聞いて、溜飲が下がったり、ホッとする思いを感じたりしたら信用しない、それだけでいいんですよ。都合の良すぎる話は疑ってかかる、健全な常識だと思いますが。
適菜:現実を直視できないから嘘のほうを選んでしまう。結局、分かりやすい説明が好きなんですね。
■新型コロナは思想・言論界を揺るがした
佐藤:コロナの流行で日本がどれだけのダメージを負うかは、溜飲の下がらない現実に耐える分別を持った人がどれだけいるかで決まる。第3回で引き合いに出したエドマンド・バークではありませんが、こんなときは臆病なくらい慎重にするのがまっとうな大人のあり方です。
中野:新型コロナ問題では、我々の思想が試されている感じがします。これで、ボロを出す者も出てきた。戦後で言うと、これに匹敵する事態は東日本大震災か石油危機かな? 石油危機は、確かに全国民に行動変容を求める事態で、かつ、資源がない日本というところを、痛いところを突かれた、結構やばい事件だった。
適菜:思想の面では冷戦崩壊が大きいですね。あれで左翼も保守も内面の問題に直面した。
佐藤:1955年、それまで武装闘争路線を取っていた共産党が、いきなり方針を転換したのも、当時の左翼青年にとっては大変なショックだったようですね。けっこう自殺者が出ました。
中野:当時は、くだらないなりに思想はあったかもしれないけど、今回の新型コロナは、あまりにも思想を鍛えてこなかったところに不意打ちを食らったという感じがしまう。それで、総崩れ。
適菜:特に自称保守系はひどいですね。
佐藤:軽症では済みそうにない。
適菜:保守を名乗る連中がおかしくなったのはとっくの昔の話だけど、そことは一線を画して、保守論壇をなんとかしようとしてきた人たちが、今回はさらにおかしな方向に進んで行った。
中野:彼らがこれまで批判していたものに、彼ら自身がなってしまったのです。
国民の不満につけ込み、うまい話をぶら下げ、数字を操作し、特定の敵を設定して執拗に攻撃し、メディアを多用して煽動し、自分の主張だけを一方的に押し通すが、論理的一貫性などおかまいなし。これは全体主義の典型的な手法で、かつて藤井氏は、橋下徹・元大阪市長が「大阪都構想」でそれをやっていると批判した。ところが、今回は、自分が「半自粛」でそれをやっている。越えてはならぬ一線をあっさり越えましたね、彼は。
適菜:かなり深刻な問題です。
中野:専門家会議を批判したり、自粛なんか嫌だと騒いだり、怪しげな解決策を提示したり、感染症対策より経済を優先する議論を展開したりした連中には、カギ括弧付きで保守に分類されていた連中が多い印象ですね。
適菜:むしろ左翼と呼ばれている連中のほうがまともな判断をしている。国はきちんと動けとかね。
佐藤:そうとも限りませんよ。わが国の左翼・リベラルは国家否定がテンプレ。緊急事態宣言は個人の自由を侵害するうえ、憲法に緊急事態条項を盛り込む布石にもなるなどと言い出しかねません。
適菜:なるほど。そういう意味では、左翼も保守を偽装する新自由主義者も国家の否定でつながってしまう。
■おのれの理性を過信する者は失敗する
適菜:今回の新型コロナについて、アルベール・カミュの『ペスト』をやたら引用したがるやつが目に付きましたね。「クライテリオン」でも『ペスト』についての座談会みたいなのもやっていた。
中野:……ったく、インテリぶって。
適菜:あの小説もいろんな連中の行動を描写しているわけだけど、私も『コロナ』って小説でも書こうかなと。真剣に感染症に向き合った専門家や医療関係者、デマを拡散させた無責任な人たち、現実から目を背け逃避しようとする人たち、そして人々の不安につけこみ、社会「実験」をはじめる人たち……。
中野:いいですね。
適菜:でもそこまで暇じゃないので、誰か書いてくれないかな。
佐藤:しかも、みんな決まって『ペスト』です。エドガー・アラン・ポオの『赤死病の仮面』や、小松左京の『復活の日』、ウィリアム・S・バロウズの『シティーズ・オブ・ザ・レッド・ナイト』などを引き合いに出す者は、私の知るかぎり皆無。ついでにカナダの映画監督、デイヴィッド・クローネンバーグの名前も出てこない。商業映画デビュー作『シーバース』(1975年)で、「感染症は異なる生命体同士の愛の行為」と喝破した天才です。
適菜:私が今回の騒動で気になったのは、素人に限って、声が大きく、断定的にものを言うことです。私は感染症についてまったくの素人だから、新型コロナ対策について、こうしたほうがいいとか、こうすべきではないといった話は一切したことがありません。ただ、こう考えたほうがいいとか、こう考えるのは間違っているのではないかという話をしてきただけです。専門家の間でも意見が割れているのに、「新型コロナはただの風邪」とか「夏には終息する」と断定するのはよくないと。未知のウイルスに向かい合う態度として間違っていると。
中野:私も同じで、専門外の感染症について「対策はこうすればいい」などと提言したりはできない。まして、「〇〇『さえ』やればいい」などと断言するなど論外。しかし、感染症の素人であっても、言っている内容が支離滅裂であるとか、藁人形論法であるとかならば、常識があれば分かる。そうやって、誰が信用できるかを判断しています。
もっと言えば、顔や語り口でも、だいたい分かるものですよね。例えば、専門家の間でも尊敬されている押谷先生だったり、西浦先生だったり、その道の立派な先生というものの偉さは、彼らの語り口や振る舞いから、ド素人でもなんとなく分かりました。
逆に、吊り上がった眉と血走った目で「僕は、日本のために命をかけてるんですよぉ!」などと怒鳴られると、それだけで「ああ、こいつがかけている命は、日本のためにはならんなあ」「正義を振りかざす自分に酔っているだけだなあ」と分かりますね。もっとも、そんな猿芝居を簡単に信用してしまう人もいるようですが。いわゆる「信者」ってやつですね。
適菜:新渡戸稲造も言っていましたが、立ち居振る舞いに人間性が現れる。ツイッターでどこかの女性が新型コロナについて書いてたんですけれど「自称専門家がたくさん出てきたけど、顔を見れば、ある程度信用できる人物か分かる」と。こういう女性の感覚を「非論理的」だと排除しないほうがいい。
佐藤:そういう感覚の基盤となるのが、伝統や文化ですよ。危機に際して、何を信じて、何を信じないかは、論理で割り切れるものではない。おのれの理性を過信する者はそこで失敗する。
■国民はパニックなんかになっていない
中野:メディアに煽られて国民は狼狽えているとか、パニックになっていると言いたがる知識人がいる。でも、別に国民はパニックなんかになっていない。「正しく恐れよ」などと説教されなくても、国民は正しく恐れていると思いますよ。
適菜:パニックになってるのは、いい加減な言論を垂れ流してきた「知識人」だろう。
中野:そうそう。国民を馬鹿にするなと言ってやりたいですね。妙な話をしますが、今回、国民の智慧には侮りがたいものがあると実感したことがあります。国民が本気で行動変容を始めたきっかけは、志村けんが亡くなったと報じられた時だと思う。新型コロナがどう恐ろしいか、身近に感染者がいないので、最初はよく分からなかった。けれども、志村けんが亡くなった時、国民は身近な親しい人が亡くなったように感じて、事態の深刻さを一瞬で悟り、そして一斉に行動を変えた。それで、第一波はかろうじて乗り切れ、世界中から不思議がられた。笑われるかもしれないけれど、これはこれで、ある種の国民の智慧だと思う。
それに、専門家会議や西浦先生をギャーギャー批判しているのは、一部の知識人たちと彼らにあおられた一部の信者であって、一般国民は、専門家会議や西浦先生の誠実さをなんとなく信用しているのではないか。だから、一生懸命みんなで外出自粛したわけですよ。
お盆の帰省も、緊急事態宣言が出たわけでもないのに、多くの国民が自粛したり、気を付けたりしていた。私は、これを見てて思ったのは、知識人はトチ狂った連中が多いけれど、国民には実は侮りがたい智慧があるということ。
適菜:「何が本当か分からない」という感覚が一番正しいと思います。
中野:そうそう。新型コロナのような難しい問題では、「分かっている」という奴こそが信用ならない。よく分からないけれど、とりあえず人にうつしたくないから家にいようとか、そういう普通の感覚は意外と大事なのではないか。
適菜:分からない段階では分からないと言うのが科学的な態度です。
佐藤:何が正しいのか論理では分からないという状況で、生き残る確率を上げる切り札は何か。ずばり「常識」です。叫び出したくなった魂を静める精神力と言ってもいい。
適菜:そうですね。
佐藤:問題は今や、政府が非常識になっていること。自分たちの思い通りにならないと見たとたん、専門家会議を廃止してしまった。あれは「経済優先に舵を切った」とか言われますが、じつは現実逃避に舵を切ったのです。だから、感染拡大のさなかにGo Toトラベルをやるという爽快な愚行をしでかす。
適菜:コロナ担当の経済再生相の西村康稔はGo Toトラベルを「感染拡大に注意して進める」と言っていました。これを矛盾と感じない人がいることが怖い。
佐藤:危機を理解し、冷静に対処しようとした人たちを政府は切り捨てた。あとはそれに対して、国民がどう反応するかです。高い緊張感を持っていようといまいと、この状況をただ注視したがる政府など信用ならん、そういう常識が国民に残っていればどうにかなる。残っていなかったら、行くところまで行くでしょう。
中野:結局、「常識」の問題ということになりますね。「常識」さえあれば、全体主義的な手法はそうそう通用しない。その「常識」というものを、知識人はともかく、国民の多くは、まだ保持していると思います。しかし、コロナ禍が長引いて国民の鬱屈がたまるにつれ、その「常識」も弱ってくる。デマゴーグたちは、その機をうかがっているのです。
この鼎談の第1回で、「新型コロナで死ぬのは高齢者だけだから、気にせずに、経済を回した方がいい」と言っていた某氏の話をしました。そういう某氏のような発想について、神戸大の岩田健太郎先生が、「相模原事件と真正面から向き合える人がいったいどれだけ」いるんだとtwitterで指摘しています(https://twitter.com/georgebest1969/status/1302398125227696128)。
相模原障碍者殺傷事件の加害者は、重度障碍者は生きる意味がないだの、抹殺するのが日本のためだのといった危険思想をもっていた。それと同種の危険思想を、某氏は持っているのです。しかし、某氏は、SNS上では、その危険思想を科学めかした理屈で隠しつつ、専門家会議や西浦先生を攻撃していました。そして、一定の支持を得ていたようです。
おそらく、コロナ禍が長引き、「常識」が弱ってくると、某氏のような危険思想は、その正体を隠したまま、支持者をもっと増やしていくでしょう。ここにこそ、コロナ禍の本当の恐ろしさがある。
我々は、「常識」を保守するために、隠された危険思想を暴き、批判し続けていかなければなりませんね。
(おわり)
※中野剛志×適菜収著『思想の免疫力ーー賢者はいかにして危機を乗り越えたか』(KKベストセラーズ)が8月10日に発売(Amazonでは12日発売、予約受付中)
中野 剛志
なかの たけし
評論家
1971年、神奈川県生まれ。評論家。元京都大学大学院工学研究科准教授。専門は政治思想。96年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。01年に同大学院にて優等修士号、05年に博士号を取得。論文“Theorising Economic Nationalism”(Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。主な著書に『日本思想史新論』(ちくま新書、山本七平賞奨励賞受賞)、『TPP亡国論』(集英社新書)、『日本の没落』(幻冬舎新書)など多数。最新刊は『日本経済学新論』(ちくま新書)は好評。KKベストセラーズ刊行の『目からウロコが落ちる 奇跡の経済教室【基礎知識編』』は重版10刷に!『全国民が読んだから歴史が変わる 奇跡の経済教室【戦略編】』と合わせて10万部。
佐藤 健志
さとう けんじ
評論家
1966年東京都生まれ。評論家・作家。東京大学教養学部卒。1989年、戯曲「ブロークン・ジャパニーズ」で文化庁舞台芸術創作奨励特別賞受賞。主著に『右の売国、左の亡国』『戦後脱却で、日本は「右傾化」して属国化する』『僕たちは戦後史を知らない』『夢見られた近代』『バラバラ殺人の文明論』『震災ゴジラ! 』『本格保守宣言』『チングー・韓国の友人』など。共著に『国家のツジツマ』『対論「炎上」日本のメカニズム』、訳書に『〈新訳〉フランス革命の省察』、『コモン・センス完全版』がある。ラジオのコメンテーターはじめ、各種メディアでも活躍。2009年~2011年の「Soundtrax INTERZONE」(インターFM)では、構成・選曲・DJの三役を務めた。現在『平和主義は貧困への道。あるいは爽快な末路』(KKベストセラーズ)がロングセラーに。
適菜 収
てきな おさむ
1975年山梨県生まれ。作家。ニーチェの代表作『アンチクリスト』を現代語にした『キリスト教は邪教です!』、『ゲーテの警告 日本を滅ぼす「B層」の正体』、『ニーチェの警鐘 日本を蝕む「B層」の害毒』、『ミシマの警告 保守を偽装するB層の害毒』、『小林秀雄の警告 近代はなぜ暴走したのか?」(以上、講談社+α新書)、『日本をダメにしたB層の研究』(講談社+α文庫)、『なぜ世界は不幸になったのか』(角川春樹事務所)、呉智英との共著『愚民文明の暴走』(講談社)、中野剛志・中野信子との共著『脳・戦争・ナショナリズム 近代的人間観の超克』(文春新書)、『遅読術』、『安倍でもわかる政治思想入門』、清水忠史との共著『日本共産党政権奪取の条件』(KKベストセラーズ)など著書40冊以上。現在最新刊『国賊論~安倍晋三と仲間たち』(KKベストセラーズ)が重版出来。そのごも売行き好調。購読者参加型メルマガ「適菜収のメールマガジン」も始動。https://foomii.com/00171
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