■目的はデジタル化ではなく「教育の改革」
文科省が2019年12月に打ち出したのが「GIGAスクール構想」について、同省は『GIGAスクール構想の実現へ』というリーフレットで次のように説明している。
「1人1台端末と、高速大容量の通信ネットワークを一体的に整備することで、特別な支援を必要とする子供を含め、多様な子供たちを誰一人取り残すことなく、公正に個別最適化され、資質・能力が一層確実に育成できる教育ICT環境を実現する」
夢の広がる表現である。
また、リーフレットからは現状のインフラが不十分であること、そして、それらが教育における問題であることを、文科省も認識していることがわかる。だから、改革しようというのが構想の柱なのだ。
GIGAスクール構想を推進するために、文科省がアピールしたのが、学校におけるICT利活用が国際的に遅れているということだった。先のリーフレットでも、「後塵を排している状況」との表現でデータが引用されている。そのデータは、OECD(経済協力開発機構)生徒の学習到達度調査(PISA2018)の「ICT活用調査」である。
ちなみに、この2018年実施の「PISA2018」(2019年12月発表)は、日本が「読解力」で参加国のなかで15位と、調査開始以来の過去最低となったことで話題となった調査だ。そのとき文科省のGIGAスクール担当者が、「読解力より深刻ですよ」と訴えていたのが、ICT活用だった。
どのように「後塵を拝している」のかといえば、調査によればICTの学校での使用頻度が、「毎日」と「ほぼ毎日」を合わせるとタイやデンマーク、アメリカなどは30%近くに達しているにもかかわらず、日本は数%でしかない。これは加盟国のなかでは最下位なのだ。
これほど遅れをとっているのだから、早く「追いつき追い越せ」が文科省のスタンスだった。だからGIGAスクール構想実現を急がなければならない、というわけだ。
ただし、構想の実現を早急に進められるとは、当の文科省も考えていなかったはずである。構想実現にはICT機器の導入が大前提であり、それには多額の予算が必要となる。そこをクリアするには財務省の厚い壁を崩す必要があったからだ。
しかし、そこに追い風となったのが新型コロナウイルス感染症である。一斉休校になりオンライン授業が注目されるなかで、2023年度末を目標にしていた「1人1台端末」の実現が、今年3月末までの実現へと前倒しとなったのだ。
前倒しとなったことで、ICT端末の供給が間に合わないという状況まで起きている。1月12日の文科省ホームページでの「新春インタビュー」で萩生田光一文科相が導入の遅れている自治体に対して急ぐよう催促しているが、担当者にしてみれば頭の痛いことだろう。
1人1台端末が前倒しで実現することに伴い、文科省はデジタル教科書の使用を授業時数の2分の1としていたこれまでの基準を撤廃することを決めた。この件については、本連載でも触れている。
文科省が基準を撤廃したことで、学校ではICT端末とデジタル教科書を利用した授業が一気に広まるという見方が広まっているようだ。そうなれば、「PISA2018」で最下位だったICTの学校での使用頻度は一気に高まることになるだろう。
PISAの次回調査は2022年が予定されており、結果の公表は2023年になるはずだが、そこで日本は最下位からトップに躍り出る可能性も高い。
しかし、1人1台端末が実現し、使用基準が撤廃されてデジタル教科書が一気に普及したとしても(ここにも財務省の厚い壁が立ちはだかる)、GIGAスクール構想で提示された「教育の改革」は実現するのだろうか。
その問題を考えるにあたっては、デジタル教科書について考えてみる必要がありそうだ。いったい、デジタル教科書とはどういうものなのだろうか。
■ただ電子化するだけでは意味がない
原義的に「デジタル教科書」と呼んでいるが、文科省の呼び方では「学習者用デジタル教科書」となっている。「学習者」とは児童生徒のことで、つまり子どもたちが使うためのデジタル教科書ということだ。ここでは、デジタル教科書を使っていくことにする。
デジタル教科書については、「学校教育法第34条第2項及び学校教育法施行規則第56条の5」で定められている。それによれば、「紙の教科書の内容の全部(電磁的記録に記録することに伴って変更が必要となる内容を除く)をそのまま記録した電磁的記録である教材」と定義されている。
紙の教科書を、まるごとデジタル化したものしかデジタル教科書としては認められないということだ。これについて文科省は、ホームページで次のような説明を加えている。
「このため、動画・音声やアニメーション等のコンテンツは、学習者用デジタル教科書に該当せず、これまでの学習者用デジタル教材と同様に、学校教育法第34条第4項に規定する教材(補助教材)ですが、学習者用デジタル教科書とその他の学習者用デジタル教材を一体的に活用し、児童生徒の学習の充実を図ることも想定されます」
デジタルといえば一般的に、動画・音声・アニメーションなどとの多彩な組み合わせの実現を想像する。
しかし紙の教科書と変わらないのであれば、その可能性は狭まる。紙とデジタルの教科書で内容に変わりがないのなら、紙の教科書でも個々の資質や能力を確実に育成し、誰一人取り残すことのない教育は実現できるのではないだろうか。わざわざGIGAスクール構想など導入する必要などない。
デジタル教科書を「紙の範囲」に押し留めただけでは、GIGAスクール構想の狙いの実現は不可能ではないだろうか。本気で推進していくのならば、使用基準よりも、学校教育法第34条第4項の規定を改めるべきである。
そうでなければ、ただ紙の教科書がデジタル教科書に置き換わり、子どもたちがパソコンやタブレットを眺めているだけの授業になりかねない。それをICT活用と胸を張れるのだろうか。
GIGAスクール構想は、1人1台端末が前倒しになり、デジタル教科書の使用基準が廃止されることで前進しているように思えるが、実は、その歩みはかなり鈍い。そこに目を向け、「狙い」の実現に文科省が本気で取り組んでいくのかどうかを注視する必要がありそうだ。