ここではないどこかに行きたい。自分ではない誰かになりたい。



憧れや夢という非現実を見ることは、不思議と現実を強く生きる力を与えてくれるものです。



旅で出会った植物と人間の叡智をお届けします。



【植物採集家の七日間】第2回は、南国で育つ「月桃」の生態、沖縄の生活に根付いていた食や住まい、美への活用について探究する「沖縄の旅」です。





https://www.youtube.com/watch?v=AEmoRPSc8Co&feature=emb_logo





第2回 沖縄の月桃農場で出会う、薬草の魅力。

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■月桃農場に行きたい



「ゲットウを見に行きたい?月桃?…ああ、ムーチーの葉っぱだね。」今回の植物採集旅を共にするトッティはカメラをいじりながら応えた。沖縄の言葉は独特のリズムが心地よい。



 月桃は沖縄に群生するショウガ科の植物だ。現地の人からは「サンニン」と呼ばれ、万能薬草として古くから愛用されている。近年は国産ハーブが再注目され、ハーバリストから最も人気のある品種の一つだ。



 けれども、世界を巡る若き映像クリエイターのトッティには、時折おばぁから貰うお菓子「ムーチー」に巻いてある葉っぱという存在のようである。この会話がまさに月桃が沖縄の生活に根付いていることを証明している。本当に人々の暮らしに根付いているものは、名前なんてあってないようなものなのだ。



 現在ますます注目を帯びている予防医学。私のフィールドにある「植物療法」はドイツやイギリスなどヨーロッパの学問が有名で、2020年にはドイツに1ヶ月ほど植物採集を行う予定だった。新型コロナウイルスの影響ですっかり引きこもり、諦め半分で始めた日本の薬草。興味深く、すっかりハマってしまった。



 東西に長い日本の地形では自生できる植物の種類が幅広く、予想以上に国土が大きいことに気がつく。毎月のように通っていた沖縄と北海道では別世界の景色が広がる。どちらも植物の楽園だ。植物を学ぶ上で地理的要素の理解は必須であり、植物を活かすにはその地に住む人の文化を知らなくてはならない。



 せっかくのおこもり期間は「本の虫になり、国内の植物採集をしよう。」そう決意して、沖縄と静岡へ植物採集に出かけた。海外から戻ってきたばかりの青年トッティがそばにいるからか、異国を旅しているような不思議な七日間だった。







■本当に必要とされる植物は、名前すら忘れられている







 植物採集において、自生、栽培・加工されている現場へ行く事は何よりも大切である。私が知りたい植物に関しては、ほとんど本や論文がないからだ。

メジャーな野菜などであれば話は別だが、月桃など限られた地域で育つものを見つけることは非常に難しい。



 しかし、事前の調査を疎かにすると、植物採集の現場で十分な収穫を得ることはできない。危険なのは旅に行くだけで、何かを成し遂げた気になってしまう事かもしれない。しっかり調べあげ、その上で手に入らなかったことを見つけに行くのがフィールドワークだ。本やインターネットで調べた情報ではなく、「沖縄の生活に実際にどのように月桃が取り入れられているのか」という発見と再定義に価値がある。



 プロデュースする立場なのでよくわかるが、「海外でも○○は大人気!」という様のプロモーションは怪しさ満載である。現地の人には相手にされず、観光客がカモにされている…ということは非常に多い。こうしたフェイクに惑わされず、地味だと感じるものでも役に立つ実利を見極めるセンスが大切。本当に必要とされているものは名前すら忘れられ、粗末に扱われていることが多いからだ。



 月桃農場に視察を受け入れてもらい、準備万端。緊急事態宣言を受け、足止めをしながらの訪問は一生のうちでそう何度もないだろう。不自由があるからこそ、自由の価値に気がつく。

ようやく、恋焦がれた沖縄の地にたどり着いた。





■甘くスパイシーな香り、南国の楽園月桃農場







 出迎えてくださったのは日本月桃株式会社の碓井(うすい)社長。そして、可愛らしい二人のおばぁとおじい、2匹の猫たち。本の中では見つけることの出来なかった、めくるめく月桃の楽園が広がっていた。



 私が知る月桃の主な使い道は2つ。月桃の葉を刻んで乾燥させたハーブティと、生葉を蒸留して抽出した精油によるアロマセラピーが思い浮かぶ。ハーブティ用の月桃の葉はポリフェノールを多く含み、その量は赤ワインの数十倍ほどと言われ、沖縄の長寿に貢献していると一部では話題に。精油は甘く柔らかくありながらもスパイシーな香りで安らぎを与えるとして、抑うつ、生理前症候群のケアなどに多く用いられる。美容においては、精油を作る際に副産物として出てくる芳香蒸留水を使った化粧品も開発され人気だ。これらの使い方は、本やセミナー会議室での話だ。月桃が自生する沖縄では実際にどのように使われているだろうか。







■葉も茎も花も実も、底が見えない月桃の可能性







 視察の結果判明したのは、驚くほどの幅広い用途。

七変化する月桃の姿に驚くばかり。



 まず、葉も茎も花も実も全部使える。食料品、嗜好品や美容に役立つだけではなく、住まいや生活用品、漢方薬にと多様に展開されていたのだ。



 沖縄では月桃茶は葉だけではなく、実も使われている。これがなんとも香ばしく、奥行きのある味わいで美味しい!葉と実のブレンド茶も美味しい。同じ植物を部位ごとに分けて使うことはあるが、合わせて味わうことは珍しい。供給量や価格の都合で県外へ出荷するところが少ないそうだ。漢方としては白手伊豆縮砂(シロテイズシュクシャ)をいう名前となり、胃腸薬、整腸薬として使われている。



 地上部に生える茎は、「月桃紙」としてインテリアの壁紙や、文房具などにも使われている。実際に作業させていただいたが、実を取り、葉を切り落とした茎の重量はなかなかのもの。これをローラーで押しつぶし和紙の原料とするのだ。沖縄の学校ではこの月桃紙による卒業証書を贈られるそう。













 お馴染みの精油は2種類を紹介してもらった。「シマ月桃」学名Alpinia zerumbetと「タイリン月桃」学名Alpinia uraiensisでは同じ量の生葉を入れても蒸留で出来る精油の量は4倍も違うそうだ。当然価格は希少な「シマ月桃」が高価になる。成分が大きく異なり、香りの印象も別の植物のよう。「タイリン月桃」はすっきりとしたティーツリーに近い香り。「シマ月桃」は優しくて、エキゾチックな甘さを持ち合わせる。精油を作る過程の副産物である芳香蒸留水。かつては廃棄されていた芳香蒸留水もアロマセラピーが普及したおかげで見直され、化粧水として活用の扉が開くことに。「捨てていたものは、まさかの宝だった!」と嬉しそうに驚く碓井社長は私の中では沖縄のインディージョーンズだ。









 栽培と収穫の様子も興味深い。月桃は土の下に広がる地下茎を介して横へ、横へと繁殖し、1年に何度も収穫が可能である。しかも、月桃には昆虫禁忌効果を活用した虫除け商品もあるくらいなので無農薬でよく育つ。

農家からみても非常に優秀な植物なのだ。碓井社長の農園では行なっていないが、月桃の根茎や葉で染めた草木染めはなんとも愛らしいピンクに仕上がるそうだ。







■五感を研ぎ澄ませて 全てを感じる



 初めて触れる朱色の月桃の実に感激し、思わず噛んでみる。蒸留の機械に葉を積める作業を手伝う。茎の重みを感じ、香りを嗅いで、手で感触を確かめる。好き勝手する採集家を受け入れてくれたみなさまに、心よりお礼を申し上げたい。農場で豊かに育っていた月桃の優しくも力強い風景に、あの笑顔は欠かせない。



 最後に「ここがとっておきなんだ」と言って、碓井社長は秘密の場所から海を見せてくれた。こんな宝をいただいたからには、私もなんとかお役に立ちたい。碓井社長の密かな野望、無名の月桃を著名に…これを実現すべく、東京に戻りまた一人研究と開発に勤しむ日々に戻っている。花が見られなかったので、次回は初夏に訪れたい。





毎週月曜配信【植物採集家の七日間】



次回は植物採集の旅、沖縄編第二回



「特別な色とリズムが生まれる場所。沖縄のクリエイターに会いたい。」
どうして沖縄のクリエイターたちは圧倒的な世界観を表現できるのだろう。その魅力に迫ります。



撮影・取材協力:日本月桃株式会社 代表取締役社長 碓井 修

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