元祖鉄道アイドル、今は「鉄旅タレント」として鉄道をアツく語る、木村裕子が日本各地の魅力的な路線を紹介する“女子鉄ひとりたび”(『女子鉄ひとりたび』著・木村裕子より)。悲願の珍名駅に到達して、無事に目的を達成したと思いきや、ここで思わぬハプニングが! 助けを呼ぼうにも、ここは携帯の電波も圏外、誰もいない秘境の無人駅。
■駅で死ねたら本望? でもまだ死にたくないっ!

しばらくホームで余韻に浸る。新庄へ戻る列車が到着するまで、30分ある。冬場の30分は長い。携帯を見ると、ここは圏外。予想はしていたものの、心細くなってきた。
もちろん雪の中の駅を見るのは楽しい。情緒もあるし、感傷にひたることもできるが、そんな悠長なことも言っていられなくなった。ここは本当に寒いのだ。じっとしているだけで、体がジンジン冷えてくる。
雪の妖精さんもいなくなり、ホームには私ひとり。もっさり積もった雪に囲まれポツンと佇む。
本当に列車は来るのだろうか?
いや来るに違いない。
しんしんと降り積もる雪の中、あたりはひっそり閑としている。

そして到着時刻になった。目の前に列車は、いない。
線路の先を見据えても気配すらない。ポジティブ・シンキングの私でも、この時ばかりはさまざまな不安が頭を去来した。待合室を出たり入ったりしてオロオロするもどうすることもできない。考えるんだ。何か方法があるはずだ。
「そうだ、鉄道電話を使って状況を確認してみよう」
ホームに立つ小さな百葉(ひゃくよう)箱のような扉を開けてみたが、保安用のこれはどう使うのか全くわからない。
あれこれ考えた結果、鉄道電話は使えないという結論に至った。もちろん3時間もすれば、異変に気付いたファンが救出に動いてくれるはず。
でもそれは大ごとになるし極力避けたい。このままだと明日の新聞に
「鉄道アイドル、及位(のぞき)駅を覗きにきて凍死」と出てしまう。
そのとき背後から「シュー」という音がした。振り向くと、いつの間にか列車が止まっていた。雪は音を吸収するので、列車の接近に全く気がつかなかったらしい。突然の出現に、私は相当驚いた顔をしていたのだろう。目が合った運転士さんが笑っていた。
列車の遅延は20分。この程度ならローカル線に乗っていればよくあること。
この出来事を契機に、乗り鉄へ行くときは必ず、非常食を持参することにした。
暖かい車内で、かじかんだ手を温める。急いで携帯を取り出し、ツイッターへアクセス。
「及位駅で覗き! 無事生還なう」

(36番線へ続く)