テレビ朝日のニュース番組「報道ステーション」が番組のウェブCMを公開するやいなや、SNS上で「女性をバカにしている」などと批判が殺到し炎上。番組は公式ツイッターで謝罪し、CMの公開を停止した。
■上野千鶴子氏のツイートの見過ごせない問題点とは
東京大学名誉教授で社会学者の上野千鶴子先生が、4月5日に、ツイッターで、次のようにつぶやきました。
これは、とても東京大学名誉教授の社会学者の発言とは思えないほど、間違いだらけです。
こんな報道ステーションのCMがあったら、炎上どころでは済まないでしょう。
どこから間違いを指摘すればいいのか困惑するほどですが、やってみましょう。
まず、今の政権が財政赤字を大きく拡大したのは、事実です。
しかし、それは、コロナ対策として必要だからでしょう。もし「こんなに借金作って」なかったら、我が国は、はるかに深刻な事態に陥っていたのは明らかです。
とりわけ、コロナ禍では、男性よりも女性の就業者数の方がはるかに大きく減少しました。
コロナ禍は、女性に対してより深刻な打撃を与えているのです。したがって、コロナ対策のための財政支出は、女性のために、より必要なものです。政府もこの点を重視しており、コロナ禍に苦しむ女性を救うという目的に絞った予算も組んでいます。
ですから、今の政権が「こんなに借金作った」のは、女性を救うためにこそ必要だったということを確認しておきましょう。
さて、財政赤字と言えば、「現在世代による将来世代へのツケ回し」という説が流布しています。上野先生もそういう俗説に乗っかって、「ツケはぜぇ~んぶ私たちにまわってくるのよ」と言っています。
この俗説の間違いは後で指摘するとして、それ以前に、「オジサンのツケを若者に払わせないでよ!」というのは、いくら何でも酷いですね。なんで、ここで「オジサン」だけが出てくるのでしょうか。世代間の負担の問題に、性別は関係ないでしょう。
これは、ジェンダー平等という観点から、はなはだ不適切な発言と言わざるを得ません。
■「財政赤字は、将来世代へのツケ」?
そして、「財政赤字は、将来世代へのツケ」というのも誤解です。
「財政赤字は、将来世代へのツケ」というのは、「国債の利払い費や償還費を賄(まかな)うために、将来、増税が必要だ」という理解に基づいています。
しかし、この理解は、間違いです。国債の利払いや償還を行うために、また新規に国債を発行すればいいだけの話です。増税の必要はありません。
ここで、「現代貨幣理論(MMT)」を参考にして、もっと根本的なことから説き起こしましょう。
そもそも、日本のように、自国通貨を発行する政府は、自国通貨建て国債の返済が不可能になることはありません。つまり、財政破綻はしません。
そもそも、自国通貨を発行している政府は、課税によって財源を確保する必要がありません。国民に課税をして通貨をとり上げたところで、その通貨は、もともとは政府が生み出したものなのですから。
要するに、税は、財源確保の手段ではないということです。
■税は、何のために必要なのか?
では、税は、何のために必要なのか。
まず、税は、通貨の価値を裏付けるために必要です。
ですから、税は財源確保の手段ではないけれども、だからといって、税をいっさいなくせるわけではない。税をいっさいなくしてしまうと、通貨の価値が暴落し、ハイパーインフレーションになってしまうからです。
つまり、税とは、通貨の価値を担保するために必要なのです。
また、累進課税は、富裕層により重く税を課して、所得格差を是正します。この場合、税は、平等な社会を実現するための手段です。
あるいは、炭素税は、炭素の排出に税を課して、排出を抑制します。この場合、税は、気候変動対策の手段となります。
要するに、減らしたいものを減らすために、課税するのです。
(だからと言って、オジサンにだけ課税してはいけませんよ、上野先生。)
こうして、税は、社会を望ましい形に調整するための手段になるというわけです。
■女性を、失業や貧困あるいは自殺から救うために
さて、日本政府は、自国通貨を発行するので、財源の制約を受けずに、財政支出を拡大することができます。
もちろん、財政支出を拡大し過ぎて、需要が過剰になり、供給が追い付かなくなると、インフレになります。
マイルドなインフレであれば問題ありませんが、あまりに高すぎるインフレは困ります。
そこで、財政支出を拡大し過ぎて高インフレにならないようにする必要があります。
逆に言えば、高インフレにさえならなければ、財政支出をいくら拡大してもいいということです。
日本は、もう三十年もデフレもしくはディスインフレで、コロナ渦で、さらにデフレ圧力が高まっています。
ですから、今の政権は、もっと借金作って、財政支出を拡大し、雇用を増やしたり、給付金を給付したりして、多くの女性を、失業や貧困あるいは自殺から救うことができるのです。政府が、女性が働きやすい公的雇用を作るというアイディアもあります。
そして、その借金のツケが若者に回ってくるということは、ありません。
むしろ、今の政権が借金作らないで、財政支出を増やさず、感染を拡大させ、失業や貧困を増やし、我が国をいっそう衰退させることの方が、将来世代に重いツケを残します。
中でも、コロナ禍での女性の失業、貧困、自殺を放置することによる将来へのツケは、特に深刻なものとなるでしょう。
その女性を救うために必要な財政支出を否定するために、若い女性に「オジサンのツケを若者に払わせないでよ!」などと言わせるCMを作って、いったい何がうれしいのでしょうか。
このように、上野千鶴子先生のツイッターでの発言は、財政政策の観点のみならず、ジェンダー平等の観点からも、問題だらけと言わざるを得ません。
文:中野剛志(評論家)