コロナ禍で少子化が10年進んだと言われるなかで、結婚相手を求める男女は増えているようだ。実際に婚活アプリなどの利用者は男女ともに増加傾向にある。
■性欲の強さを求められる
華道の先生、ユキコさんとはパーティーの一週間後に、奥恵比寿のレストランで食事をした。彼女はパーティーのときよりもラフなえんじ色のジャケットとデニムで現れた。ただし、Tシャツの襟ぐりはやはり大きく開き、胸の谷間が強調されている。自分の武器だとわかっているのだ。
彼女はよく食べ、よく飲み、よく笑い、よくしゃべる。これだけ人懐こくて、なぜ恋人ができないのだろう?
途中でトイレに立ち、戻ると、ユキコさんは席を移動していた。L字型のソファで斜めの位置で食事する二人には、常識的な間隔があった。ところがトイレから戻ると、極端に近いところまでつめていたのだ。
「元彼と別れたばかりなの」
アルコールが入り、赤みを帯びた笑顔で打ち明けられた。
「なんで別れたの?」
「お金」
「彼に借金があったとか?」
「そうじゃなくて、彼はお給料が少なくて、あまりお金をもっていなかったの。年収300万円くらい。だから、ご飯代もいつも私が出していたんだ。好きだったからいいと思っていたけれど、やっぱりいやになってきちゃった」
愛情だけでは経済的事情を克服できなかった。というか、気持ちが冷めたのだろう。
ユキコさんはまもなく、70代の飲み友だちの男性の養子になるという。その男性には妻子がなく、親も兄弟もすでにいない。ユキコさんは10年前に居酒屋でその男性と知り合った。2か月に1度のペースでご馳走になっている。彼女によると、男女の関係はない。
その男性が半年前に肺がんになり病院に入った。
そこで、身内のいない男性から養子の提案があった。身の回りの世話と自宅の整理をする代わりにすべての財産を相続するという。金額は教えてくれなかったが、彼女には、一生働かなくてすむお金と中目黒にあるマンションの部屋が手に入る。
直木賞作家、黒川博行氏の『後妻業』を思い出した。主人公の女が年老いた男をだまして後妻となり、殺害して財産を手に入れる小説だ。さすがに殺害はしないだろうが、近いものを感じた。
ユキコさんは、おおらかなのか、無防備なのか、自分の経済事情も、過去の恋愛も、なんでも話す。
「ユキコさん、明るくて楽しいから、この前のパーティーでももてたでしょ?」
ストレートに聞いた。
「モテたよ」
ストレートに答えられた。
「パーティーの後、男性参加者とご飯、行ったでしょ?」
「行ったよ」
「どうだったの?」
「合わなかった」
「会話が?」
「ううん。
ユキコさんは、パーティーで知り合った男性と食事をして、そこで意気投合して盛り上がり、ホテルに入ったという。
「その日のうちにホテルに行ったの!?」
目の前の相手は20代の遊び盛りではない。分別があるはずの40歳の大人だ。
「行ったよ。してみないと、相性、わからないでしょ? 私はそういうこと、すごく大切だと思ってるの」
「相手の年齢は?」
「48歳。でね、その人、自信がある、って言ったんだ」
「自信って?」
「ベッドで私を満足させる自信」
「ああ……。でも、だめだったんだ?」
「うん。2回しかしなかった。よかったのは最初の1回だけ。朝まで元気に遊んでくれる人じゃないと、私はいやなの」
そうはいっても、その男はおそらく翌朝出勤しなくてはいけなかったはずだ。
「今日、私、帰らなくてもいいよ」
「えっ」
「察しが悪いなあ」
ユキコさんはしらけた表情になる。
自分には手に負えない相手だと思った。
明らかなチャンスが訪れているのに、腰が引けるとは――。情けない。
■雑誌に出たい女性
もう一人、連絡先を交換した電気機器メーカーの秘書室で働く女性とも食事をした。
表参道駅近くのイタリアンレストランで会ったのは37歳のエミさんだ。
エミさんとの食事の席で、僕はうかつだった。
この時期、知り合いの男性グラビア雑誌編集者に相談を受けていた。「20代美人秘書特集」という企画をやりたいので、知り合いに該当者がいたら紹介してほしい、というリクエストだった。そこで、目の前で食事をしているエミさんに聞いたのだ。
「秘書室に、20代で美形の社員で、雑誌に出てもいい人はいませんか?」
経験上、今は雑誌に出たくない人のほうが多数派だ。媒体は人探しに苦労している。
「なぜですか?」
顔を上げたエミさんに理由を話した。
「20人くらいの女性を撮影したいけど、なかなかそろわないらしいんですよ」
実情も説明した。
「私ではいけませんか?」
〝20代〟〝美形〟という条件は伝えている。〝美形〟は、多分に主観が入るが、それでもグラビア誌で、コストをかけ、プロのフォトグラファーが撮影するので、かなり多くの人が納得するレベルでなくてはならない。
「いや、すみません、20代という条件があるので」
彼女は37歳だ。
「実年齢を言わなければいいじゃないですか」
「読者にうそをつくのはよくないので」
彼女が雑誌に出たいとは、思いもよらなかった。
「私、20代に見えませんか?」
自信があるらしい。20代には見えないけれど「見えない」とは言えない。
「該当する女性が、秘書室にいらっしゃらなければいいです。ちょっと聞いてみただけなので、忘れてください」
汗が出てきた。
「私を推薦してもらえませんか」
「いや、そういうわけには……」
それからは気まずく食事を続けた。もちろん、仲よくはなれなかった。
パーティーで連絡先を交換して浮かれたのも束の間、その先にはいろいろな難関が待っている。
好きな誰かとともに生きていきたい――。婚活を再開したときからの気持ちはまったく変わってはいない。ところが、たった一人の女性と出会うのがこんなに難しいとは。あらためて思い知った。
人生の折り返し地点は過ぎた。こんなことを言うとバカみたいだと思われるかもしれないが、ここからの年月を目一杯楽しく過ごしたい。いよいよこの世を去るときに、楽しかったなあー、と思ってまぶたを閉じたい。一緒に暮らしてくれた女性に「ありがとう」と言って、ピリオドを打ちたい。
(第3回へ つづく)
※石神賢介著『57歳で婚活したらすごかった』(新潮新書)から本文一部抜粋して構成