前記事(連載第5回)に引き続きNくんの実態をお届けする。現役の放火魔(本人いわく「たき火」)へのインタビューは犯罪学的にも貴重と思われる。
「たまに廃墟とか燃やすんですけど」
会話の流れで、ふっと彼はそんなことを口にした。別に悪事の告白をする風でもなく、天気の話でもするような口調で、とくに気負いのようなものは感じられなかった。まるで村上春樹の短編小説「納屋を焼く」だ。まあ犯罪なんですけどね。
彼は金を借りられるのか?
■お金貸してください:
大司教:先ほども言いましたが、私はあまり君にお金を貸したいと思わないので、代わりに頼むべき相手としてSさんを連れてきました。去年までSさんとNくんは一緒に年収50万のタコ部屋(注9)で寒い寒いと震えていた仲間なので。
S氏:まあ……そうですね。
Nくん:あらためてSさん、お金貸してくださーい。
S氏:あー、まあ……。
大司教:話に具体性がないな。とりあえずいくら借りたいの。
Nくん:15万貸してほしいです。
大司教:8万っていってなかったっけ。使い道というか、その金額の内訳は?
Nくん:あっはい。なんかマネーの虎みたいですね。
一同:ワハハ
Nくん:ええと……わたしが15万円貸していただきたい理由はですね。さいきん、引っ越しをしたんですけど、引っ越しで貯金の80万円が全部なくなってしまったんですよね。敷金とか交通費とか。あといろいろで。
大司教:家賃5万の物件にしてはずいぶんかかったね。なんか細部が不明瞭だが、まあいろいろということで。ちなみに今はいくらあるんですか?
Nくん:えっと。1万5000円ぐらいですかね。
大司教:うーん。
Nくん:カードの引き落としの金額にお金が足りないんですよ。
大司教:あいかわらず計画性がないなあ。
Nくん:カードの信用に傷がつくのがすごくイヤなんですよね。
S氏:ほかにもっと気にすることがある気が……。
大司教:まあ計画性がないのはいいんだけどさ。Nくん最近、就活が忙しくてバイトができないだの、日雇いは違うだの言ってるじゃん。でも連絡してみると六割ぐらいの確率で「いま新宿で飲んでます」って返ってくるよね。
一同:ウヒヒヒ
大司教:実際はどのぐらい遊び歩いてるの?
Nくん:言い訳していいですか? いちおう日雇い仕事はしてるし、毎日就活してるんですよ。遊んでないかっていうと……まあ。
一同:ワハハ
Nくん:宅飲みとかで節約してますよ。
大司教:うーん、でも飲み会でNくんが財布の中にあるだけ払って帰るのを見るんですけどね。気前はいいんだろうね。それは江戸っ子だねって感じでいいんだけど、もうちょっとバイトとかしたら。
Nくん:日雇いとかで働いてますよ。
大司教:でもこないだ、ファミマの面接ブッチしたじゃん。
Nくん:まあそれはそうですけど。
大司教:まあ気持ちはわかるけど。
Nくん:(ベストセラーズ編集部に)雇ってくれって言って断られたから言うんですけど、僕ちょっと前に飲食店でバイトしてたんですよ。そこでバイトリーダーと殴り合ってクビになったんですよね。そんな感じなので。
大司教:それはなんで?
Nくん:僕はそのころ、人に「口臭いですね」っていうのがツボっていうか、面白いと思ってたので、バイトリーダーがしゃべるたびに「口臭~い」って言ってたら、初めは笑ってたのがだんだん真顔になって。
大司教:何が面白いのかぜんぜん理解できない。
Nくん:(筆者に対して)面白いですよね?
筆者:まあ面白いっちゃ面白いけど、サイコパスの遊びって感じだね。
S氏:殴り合いになったとこまで含めて面白いけどさ。そこまでは面白くなかったよ。
Nくん:そうですか。
大司教:話を戻すけど、そんなめちゃくちゃなのにクレカの信用だけ気にするのが変だよね。私の知り合いは基本ブラックですよ、そんなの。
Nくん:信用に傷をつけたくないですから。
S氏:いちおう聞いておくけど……Nくんにとって信用ってなんなの?
一同:ワハハ
Nくん:うーん……。僕個人の信用ってのはいいんですけど、金借りにくくなるじゃないですか。あと、金貸しのところで働いてた時に滞納者のリストとか見て、あれに載るといいことがないわけで、載りたくないんですよ。
S氏:ああ。まあ。はい。まあいいけど。もう少し具体的に。
大司教:はじめ8万借りたいって聞いてたのが15万になってたけどそれは。
Nくん:こういうときは大目に言っておくものかなって。
大司教:本当に必要なのはいくらなんだよ。
Nくん:クレカの支払いに必要なのは8万で、あとは大目に借りとこうかなって。5万でもいいから貸してくれませんか。
S氏:5万じゃクレカの支払いに足りないでしょ。
Nくん:足りない分はなんとか自力で補填しますよ。
大司教:犯罪の前にやることあるでしょ。
S氏:そんなんだから会社落ちるんだよ。万引きとかで補填するのは信用を削る行為でしょ。……まあ貸しますよ。
こうして、Nくんにお金が手渡され、無事に借金が成立した。
Nくん:ありがとうございます!
筆者:……まあ。実は私もSさんに金を借りてるんですけどね。
Nくん:働けよ(笑)
筆者:いま働いてるんだよ。(注10)
注9:ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
注10:まだ返してないです。

■恐怖の●●●●●●タコ部屋:
さらりと流されたが、さきほどタコ部屋の話が出てきた。就職の話ともからんで、ここはぜひ話を聞いてみたいところだ。これまでのNくんの話を聞いていると、社会の捕食者、モンスターといった感じだが、彼は短くない期間、悲惨な搾取を受けていたのだ。
ネットで一時期流行った「悪いやつはもっと悪い大人に利用される」というフレーズそのままのエピソードなのだろうか? ここは少し深堀りしてみよう。やはり人間、まっとうに生きるのが一番なのだろうか?
編集:タコ部屋時代の話をもう少しお願いします。
大司教:あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。
Nくん:ああああああああああああああああああああああああああ(注11)
編集:日本とは思えないんですが、どういうお仕事なんですか?
Nくん:あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ(注12)
大司教:そこ暖房がなくてさ。室温が外と同じなんだよね。
Nくん:Sさんなんかゲームしてたら手が凍傷になってましたね。冬に震えて寝てたら大司教が毛布を持って来てくれて……。
筆者:あああああああああああああああああああ
大司教:ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ毛布を持っていったのも、冬なのに夏用の布団で寝てたから。
筆者:なんでバイトの面接はバックレるのにタコ部屋はバックレないのか。
大司教:いつ逃げるのかなと面白がって眺めてたんですが、なぜか逃げないんだよね。よくマンガなんかでタコ部屋が出てくるとき、逃亡防止の仕組みがあるように描かれるじゃん。でもリアルでは「なぜか逃げないやつ」ってのがいるんですよね。
筆者:Nくん、あまりに悲惨な環境に慣れ過ぎていて、もう自分の環境が悪いかどうかの判断がつかないんじゃないの。
Nくん:そうかもしれませんねー。
筆者:そうだと思うよ。
大司教:こういう現場とか実物を知らない人って、自分だったらどうするとかそういう感じで、自分の世界の延長線上で物事をとらえるんだけど、もうたぶん見えてるものからして違うんですよね。
Nくん:本当に貧困の問題って闇深いですね。(注13)
大司教:自分で言うなよ。

■Nくんの就職活動:
彼は社会の加害者なのかそれとも被害者なのか。分からなくなってきた。とりあえず彼の就職活動がうまく行くことを願ってやまないところだが、彼の就職活動はどんな感じなのだろうか。これは彼の収入の問題を超え、市民の安全にもかかわる問題である。
編集:今後どうするつもりなんですか? 希望としては就職ですか?
Nくん:就職したいですね。さっきも言ったけど100社ぐらい落ちちゃって。ペーパーテストなんかは全部通るんですけど、面接で全部落ちるんですよ。とあるコンサルを受けたんですけど、困難をどうくぐり抜けるかみたいな問題を出されて、全部に犯罪スレスレの答えをしたら落とされちゃって。
一同:ハハハ。
大司教:うまく答えようみたいなのはなかったんですか。
Nくん:いや、犯罪スレスレだから犯罪じゃないというか。違反ぐらいならいいと思ったんですけど。それとは別に、モラルってのが社会通念にあるんですってね。それを理解してなくて……。軍隊も受けたんですがペーパーと肉体はOKだったんですが面接で落ちました。
大司教:防衛大は私も落ちました。何かズレてたんでしょうね。面接で面接官に説教しちゃったからかな? それで東大に行かざるをえなくて……。
Nくん:落ちた理由が知りたいですねえ。
■Nくんの職業適性:
大司教:実はNくんからもうひとつ受けていた相談があって、それがウェブテストを代わりに受けてくれってことだったんですよ。まあ断ったんですけど、なんでそんなこと言ったの。
Nくん:クリスマスだからいいじゃんって思って。
大司教:とにかくチートを使いたがるよな。
Nくん:いや、チートとか言うのはまともな人の感覚なんですよ。僕は「これしかない」って思ってやってるんです。チートっていうのは育ちのいい奴の言葉なんです。もうあとがないからなんでもしなきゃ。
S氏:君は就活どこで落ちるんだっけ。
Nくん:面接です!
編集:ええと……Nくんに就職についてのアドバイスなどは?
大司教:アドバイスって言われても……就活については私がそもそもしたことないわけで……。仕事を紹介してくれとも言われてるけど、彼ではねえ。Nくんみたいな人って、ようするに一番向いてるのは犯罪者なんですよ。合法的な仕事でいうと諜報機関ですね。つまりNくんの適職はスパイです。Nくんはあらゆるとこにスッと入って行って、でたらめ好き放題に破壊活動するのが一番できるんだから、生まれながらのスパイですよ。
Nくん:スパイになりたいって言っても雇ってくれるところないですよ。
大司教:そう。日本にはNくんをうまく使えるような機関とかがないでしょ。つまりNくんは戦争をしない邪悪な日本政府に適職を奪われてるんだよ! 日本が戦争をしないからダメなんだ。国は国民に戦争を供給する義務があるんだよ。Nくんがスパイになるチャンスを与えないこの国に本当の平等はないんです。
……と、大司教のアドバイスにならない問題提起で対談は幕を閉じた。
実際、Nくんは実際にスパイには最適であると思う。破壊活動をさせたらすごそうだ。日本国はぜひ彼のような人物をドシドシリクルートしてほしい。蛇の道は蛇というが、適職を与えれば国内の治安も改善するし一石二鳥だと思われる。日本も防諜などにもっと力を入れたほうがいいのではないだろうか。
とはいえ、日本国の方針転換はあまり当てにならないので、当記事ではNくんの就職希望も掲載予定である。だれか彼を雇ってあげてほしい。
※なお当連載では責任は負わないものとします。

注11:あああああああああああああああああああああああああああああああああ
注12:ああああああああああああああああああああ
注13:Nくんはチェンソーマンが大好きなので自分のことを「チェンソーマンみたいって書いといてください」と言っていたがチェンソーマンみたいかどうかは読者の判断にお任せします。
✳︎連載「たらい回し人生相談」は毎週日曜日更新予定