前回は波乱万丈のYくんの来歴を追った。引き続き、今度はYくんの内面に焦点を当てつつ、彼の今後についてインタビューしていく。
そして自我に目覚めた彼はこう思った。
「草原で瞑想して暮らしたい……」
■人生で初めて怒った:
Yくん:生まれて初めて怒るってことを学んだんですよ。それまで僕、怒った事ってなかったんです。自分には怒りがないって思ってて。たぶん怒らないっていうよりも自分の感情に気がつかなかったってことだと思うんですけど。
大司教:つまりこれまで経験しなかったようなストレスがあったと。
Yくん:まあそうですね。ハードな仕事をさせられているうちに「やばい、このままじゃ死ぬ」って気持ちが日増しに強くなっていって。ある時爆発したんです。
大司教:こちらから見たらそうなるのが遅すぎですね。
Yくん:Nくんと「学びがあるねー」とか言ってました。
筆者:具体的にはどんな感じだったんですか。
Yくん:仕事に境目みたいなのがない感じですね。思い出と言えばクリスマスの日なんか、放火魔のNくん(過去記事参照)と二人で残り物の崩れたケーキを寒い部屋で食べてて、Nくんが「おれたち何やってるんだろう」みたいな感じで泣きそうになってましたね。僕はろうそくに火をつけるべきか迷いました。
筆者:その辺がキレたきっかけですか。
Yくん:そのころから、なんというか「たまに心臓のあたりが冷たくなるような感じがするな」とは思ってたんですけど、ある時それが「怒り」なんだって気づいたんですよ。
筆者:感情に気付いたアンドロイドだ。
Yくん:怒るっていうのをやってみようって思って、あるとき粗相して居直ってる大司教に「ふざけんな!」って怒鳴ったんですよ。見よう見まねで。そしたら、大司教が「キレるってのはなあ! こうやるんだよ!」って絶叫して扉を蹴って壊すんですよ。お手本ですね。
筆者:最悪のハルヒって感じだ。
大司教:Yくん明らかに怒り方が不自然でしたからね。考えながら怒ってる感じ。キレ方のお手本を見せようかなと思って。前々からなんでキレないのかなって不思議だったし。
編集:それで扉壊さなくても。
大司教:私が壊した扉を絶対直さないと反抗するYくんに成長を感じました。扉をこう蹴って壊したんですけど。
(しばし大司教がキレる実演をしてみせる)
Yくん:そういうことで自分の感情を出すことを学んでいった面はあると思います。
編集:結局大司教が黒幕なんですね。
大司教:ワハハ。
Yくん:そういうのと同時並行になるんですけど、その当時流行ってた合法幻覚茶を飲んだり、謎の整体師に会ったりしてて。
大司教:ああ。アレね。
編集:幻覚茶っていうのがあるんですか。
Yくん:あります。南米の先住民などの間で使われる幻覚作用のある飲み物があって、それと同じ成分のものですね。そのころはネットで普通に買えたんですよ。
大司教:昔は幻覚キノコなんかもネットで買えましたからね。
編集:その幻覚茶は今もあるんですか。
大司教:海外で売ってはいますが、日本では実質的に禁輸になってます。大々的に宣伝して売る人が現れたので、政府も無視できなくなったんでしょうね。
Yくん:それで僕は自分の心を見つけたんです。
大司教:へー。
■合法幻覚茶と謎の整体師との出会い:
Yくん:その謎の整体師の人っていうのは、幻覚剤と武術を組み合わせたまったく新しい整体をする人なんですよね。その人のスペシャルコースの整体っていうのを受けたんですよ。僕が幻覚剤を飲んでる状態で整体を受けるっていう。
大司教:はい。
Yくん:その整体を受けたら体が横にグギギギって曲がるんですよ。で「先生、助けてください!」って言ったら「俺はもう助けた。自分の神経の声を聞きなさい」みたいな。それで自分の身体みたいなものを自覚して、ふつうに立てるようになった時、体の前に球体がこう、生まれたんですよ(ボールのようなものを抱えるジェスチャーをする)それで「これは何ですか先生」って聞いたら「きみの心だよ」って。
大司教:ワハハ、わけがわからない。
Yくん:そのとき初めて自分の心というものに気がついたんです。
大司教:いや心なんてないよ。あるといえばあるけど機能より外側の……真の実在があたかも(後略)。
そこから対談はいくらか軌道を外れ、宗教談義に移行した。難解になるので本記事では仔細は省略するが、禅や神秘主義、宗教組織の構造などの話である。一般的な日本人の感覚で言えば二人ともおかしいということになるだろうが、前述したように宗教的議論というのは世界的にはそれほど忌避されるものでもない。
大司教:なんにせよ、Yくんの体験については、そういう体験や実感があったことは分かるけど、自分は身体的な感覚が鈍いので(注)よく分からないといったところですね。
Yくん:心がマヒしていると体が壊れるんですよね。精神的なダメージが肉体的に出てくるんです。中国でマフィアの人たちに同席したとき、彼らが麻雀やりながらビール飲んで瓶をパンパン割ってる中にいて、その時は脳汁が出て楽しいな~って思ってたんだけど、あとで体が不調になってたりとか。
大司教:この対談に関わってるようなタイプの人は、いわゆる体と心のバランスみたいなものは悪い人が多いですね。人によって出方はいろいろですけどね。表現の仕方もいろいろです。心身が分離したような感覚を操られているように感じると言う人もいます。
Yくん:自分の場合はそうだったということですね。
大司教:ただ、これは強調しておきたいですが、心身二元論みたいなもの自体をやめた方がいいと思いますね。あくまで便宜的な観念というか、実際には精神と肉体は別個に存在しているわけではないし対立しているわけでもないので。個人と社会とかもそうです。
Yくん:全体的にとらえたほうがいいってことですか。
大司教:自分の中から特定の要素を抜き出してアドホックに直しても、局所最適化になって別の場所に歪みが生まれますからね。我々は体の歪みとか心の歪みとかじゃなくて、周囲もまきこんで人生ぜんぶが歪んでるんだよ! 治せないし直せないよ。でも、それが才能ですね。才能というのはそういうものです。
注1:大司教は自身の体調に驚くほど無自覚である。たとえば寒さに鈍感で、普通の人がガチガチ震えるほどでも平然としている。しかしダメージがないのではなく、低体温症を起こし関節が変になったりして始めて気づくなどする。発達障害というと忘れ物や遅刻などの表面的な部分が強調されがちだが、このような感覚の極端などの面もある。ときに命に関わる。
■キルギスタンの草原でサイバーパンク修行僧をやりたい:
大司教:自我に目覚めてタコ部屋を抜け出したわけですが、今は何をしようと思ってるんですか?
Yくん:肉体の檻を捨てたいんですよね。
大司教:そうなんだ。いいね。
Yくん:新婚旅行でヨーロッパに行ったんですよ。フランスとかスペインとか。建築物をたくさん見たんです。ステンドグラス建築を見て、これは祈りの形だなと。それで、自分の祈りの形を見つけようって思ったんです。光に包まれたいんですね。
大司教:ああうん。はい。
Yくん:このあいだフラクタル(注)の立体モデルを作ったんですよ。それが僕の祈りの形かなって思って。最近はVRの機器を使って、その立体モデルの世界に入ってそこで瞑想してるんです。VR瞑想ですね。サイバーパンク修行僧みたいな。
大司教:ちょっとロシアコスミズム(注)っぽいな。
Yくん:そういうのに忙しくて、忙しくて働いてる暇がないって感じですね。
大司教:私が面白いなって思う人は、そういうことを異口同音に言うんだよね「忙しくて働いてる暇がない」って。じゃあ悩みとかはないわけだ。
Yくん:そういう意味での課題としては、妻が親の敷いたレールを歩んできたタイプの人で、固定観念みたいなものがすごく強いんですよね。それをぶち壊すために結婚したみたいなところがあって。
筆者:結婚してたんだ……。
Yくん:妻の両親にこの対談で話したようなことも含めて、洗いざらい正直に話そうと思っているんですが「ちょっと待って」ってストップが入ってる状態ですね。
大司教:ワッハッハ。
Yくん:妻が僕の回りの人々を怖がってるんですよね。「私のまわりだとみんな働いてるよ?」って言うから「ほらみんな働いてないよ?」って言って。とりあえずハードルの低いところから始めようと思って、まず「ここ三年ぐらい五人の女性のヒモを射精せずに続けている男」とかに会わせたりして慣らしているんですよ。
編集:ええっ?!
筆者:射精せずにヒモを?!
Yくん:マイルドな人から慣らしてます。
大司教:私はYくんの妻に会ってないんだけど。
Yくん:それはマイルドではないからです。とにかく妻にハードル越えてほしいですね。先に行って待ってるから、って気持ちです。
大司教:まあそういう感じで行けるならどんどんやっていけばいいね。
編集:なんか今回人生相談の体を成してない気が……。
大司教:救済にも段階ってものがありますからね。これまでの対談相手には医療問題とか生活上の問題が何らかありましたけど、そういう現実的な必要性を満たすならじゃあ病院に行きなさいとかお金を何とかしましょうという話になりますが、Yくんはその段階の救済を求めているわけじゃない。現世の問題でないよねという段階にきていて、宗教の領分になるわけです。
編集:宗教的な救済というと……。
大司教:ここは重要なので誤解してほしくないですが、宗教団体の内部にかぎった話ではないです。日本人が宗教だと思っている教会などは違和感のあるハコにすぎないわけで、いまは中身の話をしています。こういう話ができる相手がなぜかこういう人しかいないから、わたしはこういうことをしています。
Yくん:そんなわけで、これからの目標は不労所得を得て、キルギスタンの草原でVR装置を装着し、自作のバーチャルフラクタル寺院で、無職になった妻と瞑想し祈りの生活を送ることですね。
大司教:いいですね。私はこの対談で「人生を捨てろ」って話をしているだけなので、言うことはありません。どんどん人生を捨ててほしいね。
Yくん:来世最高ー!
こうして対談は終わった。
この対談は初めて大司教がマジギレしなかった回だった。
そんなYくんの近況だが、最近は風呂場で瞑想中に昏倒し、頭を打って入院していたという。気がついたら見知らぬ、天井……というシチュエーションだったとのこと。若いのに……。
よく結婚出来たなというのが筆者の正直な感想です。イケメンってすげえな。
注2:数学の概念。自己相似と呼ばれる性質を持った構造で自然界によく見られる。幾何学的に美しいこともあり、一般向け科学書ではしばしば図が出てくる。そういう本を読むと小島よしおの乳首ぐらいの頻度で見る。
注3:ロシア宇宙主義。文学や科学などいろいろな分野にまたがる思想で、自然の克服、不死の獲得、全人類的なプロジェクトなどの要素があるらしい。青い脂みたいなもんかな? 筆者もよくわかんないのでここでは詳細は省く。詳しい人が各自コメントしてください。
注4:これを「うんうん、それもまた祈りの形だね!」と思うか「こんなんで瞑想してたら頭おかしなるで」と思うかは読者の判断にお任せする。
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