芸能界という特殊で競争の激しい世界。生き残るのは何が必要で、生き残らなかったのは何が欠けていたのか。
私は30代前半に芸能界の人間関係に辟易したこともあり、仕事がなくなったタイミングで引退し、ひとりで表現できる小説家に転身しました。芸人時代の経験を踏まえ、40代半ばからインタビューの仕事を始め、客観的に芸人やタレントを見て「この人は伸びる」「この人は消えるだろうな」と自分なりにわかるようになりました(案外当たります)。
あくまでテレビ内という尺度で、芸人中心に、生き残るための項目をわかりやすく(少し短絡的にはなりますが)述べます。
◉変化する才覚
才覚を才能と言ってしまうと話は終わりますが、世に出る(テレビに出る)人は多かれ少なかれ才能があるわけで、生き残りに大切なのは「変化する」才覚だと私は考えます。
テレビは昔「ブラウン管の大道芸」と言われることもあるほど、観る側は同じことにすぐ飽きてしまいます。飽きられないためには、「顔ぶれを変える」か「やってることを変える」かの2つ。前者はテレビ制作側にとって楽ですよね。
出続けるなら、変化しなければ難しい。
ビートたけしさんも見た目や仕事を変化させています。80年代初頭の漫才ブームの最中のたけしさんについて、さんまさんは当時、「絶対潰れると思った」と述べていたと記憶してます。後先考えないくらい勢いよく飛ばしてテレビに出づっぱりだし、しかも「ババア死ね」「田舎者帰れ」など毒舌でしたから。
ある時、髪型を短くし、ファッションをガラリと変えたことに、さんまさんは「ショックだった」と。その後、本格的な役者業、映画監督、絵画と幅を広げる変化を遂げ、トークの内容も変化(または進化)していきます。
今年、片岡鶴太郎さんにインタビュー(詳細は言えませんが)する機会がありました。30代前半、バラエティーでぽっちゃりした鶴ちゃんで人気絶頂期に、周りの反対を押し切り仕事を減らしてボクシングのプロライセンスを取得したことについて、「あのまま太った鶴ちゃんでいたら、私は終わっていたと断言できます」とおっしゃってました。
一見、芸風が同じままに見えるさんまさんにしても、トークの内容や話の持っていき方は変化してます(これは笑いの詳細な話になるので私なりの解説は他の機会に)。
ただ変化すればいいのではなく、どう変化すればいいかを、嗅ぎとる能力も才覚。自分に出来ることや好きじゃないことに手を出すと、薄っぺらで、視聴者から見透かされます。急に好きでもないのに料理好きをアピールしたり、ワイドショーに出たいからと詳しくもない政治の話をし始めてスベる芸人がそうですね。
成功例が、ヒロシさんのソロキャンプです。ホストネタをやってたヒロシがソロキャンプ、そしてやる場がまだタレントが参入前のユーチューブ。その2つの変化で脚光を浴びました。インタビューした際に、ひとりきりのキャンプが大好きだと伝わりました。
大事なのは、新たに始めることに対して嘘がない、そして世間も興味のあること。この2つをもって才覚があると、いい変化となりそうです。
◉要求に答える力
視聴者の求めるものに応えるということが先決でしょうが、それはテレビ制作側がやるべきことだから、出演者は視聴者の要求に応えるために、テレビマンの要求に応えればよいことになります。
ある人気芸人がインタビューの際に、「勝俣州和さんは100%応えます」と話していました。
これは何もスタッフの無茶振りに応えるという意味ではありません。
例えば私が観たバラエティーでは、ある野菜を特集していて、勝俣さんはコメンテーター的な出演者の中で明らかにその野菜が好きではない態度をとっている。が、ある料理法によるその野菜を食べた瞬間、「これは美味い!」となる。この落差は制作側の思惑通り。
◉人間性というキャラ
要求の話に関連しますが、ここ30年ほどのテレビは、芸とは別に、その人自身の魅力がかなり大きなウエイトだろうと思われます。前出のヒロシさんのように趣味ややっていることが売りやキャラクターとなり、テレビでもネタにされる。そこにその芸人やタレントの人間性も魅力として加味される。
ある女性芸人にインタビューした際、モデルでタレントのアンミカさんがいるとそれだけで現場が明るくなる、アンミカさんは人のいいところだけを話して悪いところは決して言わない、ということでした。
これは何も出演者やスタッフに媚びてるわけではありません。その場のいい雰囲気を作れるという人間的なキャラクター芸とでも言いますか。現場の雰囲気はテレビから伝わりますから、今の雑談中心のテレビでは大きな要素でしょうか。
◉意欲・やる気
「タレントなんだからみんな仕事にはやる気があるんじゃないか?」と思われるでしょうが、テレビで食えるようになり、ある程度のキャリアを積むと、もう「夢だった芸能界」ではなく「現実の仕事」です。
私も芸人時代、楽屋で待ち時間が長いと、他のタレントたちから「事務所からいくら貰ってるの?」「子供が生まれたからお金がかかる」「税金対策でさあ」とお金のことを話されることもありました。
または自分の能力に限界を感じ、「このままなら他の仕事に転職したほうがいいかも」とか、「なんかしんどいんだよなあ」と愚痴を言いあったり。
そういう経験があるからか、インタビューしていると、もうテレビに出るのがしんどい、つらいというのが(もちろん言われなくても)取材中に感じ取れることがありました。
私の偏見かもしれないが、女性は現実的で自分の魅力・能力に見切りをつけるのが男のタレントより早い気がし、「今は煮詰まってるが、必ず巻き返してスターになる!」という意欲は男の方が強い人が多いかもしれませんね。
意欲が減退すると変化なんか出来ないし、マネージャーや制作側もそれを敏感に察知しますから、激しい競争の芸能界ではいつの間にか埋没していきますね。
「もっと出たい!」という人は1つのインタビューでも勢いがあります。波動が出てますよ。
《ある若手と、長く残るベテランの差》
最後に象徴的なエピソードを紹介します。
ある年に、芸人のネタのコンテスト番組でいい成績を挙げた芸人にインタビューした際、欠伸をしたり、受け答えに覇気がなく、取材の仕事を軽くこなしてるのが見てとれました(担当マネージャーとの信頼関係があるので名前は言わないが)。忙しくなって眠いのはわかるが、私は「これはすぐ消えるだろう」とわかりました。結果、半年保たずにテレビから消えました(ライブなどでがんばっているのでしょうが)。
テレビは取材と違って全力でやる、とその芸人は言うかもしれませんが、仕事によって力を抜く姿勢は怖いもので視聴者やスタッフにも伝わるものです。
話はかわり、10年ほど前か、中村メイコさんにインタビューしました。お酒についての軽い内容でしたが、こちらが聞く必要もないくらいにいろんなお話をしてくださった。
あれだけのベテランが、短いインタビューひとつに前もってお話を準備し、流れを作って話してくれた。私史上、最短のインタビュー時間で終わりました。長く芸能界にいる人はウサギを倒すライオンのごとく全力で仕事しますね。感銘を受けました。
このようなエピソードはたくさんあるので、またの機会に書きます。
■「聞く、読む」がヒントに
私の話が一般社会に適応できるかはわかりませんが、私が今思うに「自分が変化する」「自分のやれることを広げる」意欲があれば、残れる可能性が今より高まるのは確かです。
変化する機会や、新たにやれることは、いたるところに転がっている。しかし「変化したい、自分の幅を広げたい」と意識してないとその機会やジャンルを見逃してるんだと、つくづく思います。見逃してることがあると気づけたのは、あらゆる芸人、タレントのインタビューをしてきたからです。
人の話を「聞く、読む」ことが私には中年からの生き方のヒントになりました。
文:松野大介(作家)