五・七・五の十七文字で日本の四季の情景を描く俳句は、「季語」を用いることが決まりとなっている定型詩である。そんな俳句で、春は「笑う」とされているのが、日本の山だ。
■「笑い」「滴り」「粧い」「眠る」日本の山
山の景色は季節によってさまざま。同じ山でも新緑だったり紅葉だったり真っ白な雪を積もらせたりで、まるで見た目が変わるのが日本の山である。
そんな変化をうまく捉えたのが「山笑う」という俳句などで使われる春の季語だ。冬景色から一変して草木が芽吹き、色とりどりの花で華やぎだした春の山を「笑う」と擬人化するとは、なかなか粋で気の利いた表現ではないか。
さて、春の山が「笑う」のであれば、ほかの季節はどうなのだろう。「山泣く」とか「山怒る」なんていったりするのだろうか。正解は「泣く」や「怒る」ではなく、夏は「山滴(したた)る」、秋は「山粧(よそお)う」、そして冬は「山眠る」である。
夏の「山滴る」というのは新緑が滴るようにみずみずしい夏山の様子のこと。「山粧う」は、紅葉で山が美しく彩られた姿を、「山眠る」は眠るように静まり返った冬の山を表現している。いずれも「山笑う」に負けず劣らず詩的で、まさに日本的な表現と思いきや、実際は日本発祥ではなく中国からきたものだという。
由来となったのは北宋の山水画家、郭煕(かくき)が記した「春山澹冶(たんや)にして笑ふが如く、夏山蒼翠(そうすい)にして滴るが如く、秋山明浄(めいじょう)にして粧(よそお)ふが如く、冬山惨淡(さんたん)として睡(ねむ)るが如し」という一節。
■文/吉川さやか(よしかわ・さやか)
早稲田大学卒業後、出版社などでの勤務を経てイタリア、ドイツに留学。ライプツィヒ大学にて言語学を学ぶ。帰国後は編集者、企画制作ディレクターなどとして活動。
■監修/新谷尚紀(しんたに・たかのり)
1948年広島県生まれ。国立歴史民俗博物館教授、国立総合研究大学院大学教授等を経て、現在、両名誉教授。著書に『生と死の民俗史』『民俗学とは何か』『神道入門 民俗伝承学から日本文化を読む』など多数。