■『ラストエンペラー』甘粕正彦役は日中友好に貢献だったのか
「坂本龍一氏の逝去を心から悼み、ご遺族の皆様に心よりお悔やみ申し上げます。坂本氏は国際的に著名な作曲家であり、彼の音楽作品は文化的含蓄に富み、人々の心に癒しを届け、心を動かします。
3月28日、世界的に著名な音楽家の坂本龍一が死去し、4月2日にこのニュースが報じられると、中国メディアでも速報された。さらに翌日の4月3日の中国外交部の記者会見では毛寧報道官が、中国官製メディア「北京青年報」の記者の質問に答える形で「坂本龍一氏の死去を深く哀悼の意を示す」と、上記のようなコメントを発表した。
現在、日中両国の間で政治的な緊張が続く中で、日本の著名人の死去に対して、中国政府が哀悼の意を示すのは異例のことで、官製メディアでもこれだけ大きく報じられるのは2014年に亡くなった高倉健以来であろう。彼が主演で1979年に中国でも公開された「君よ憤怒の河を渉れ」は8億人が観たと言われ、さらに「紅いコーリャン」、高倉健が主演の「単騎、千里を走る」などの映画と、2008年北京オリンピック開幕式の総監督で有名なチャン・イーモウ監督と深い親交があり、絶大な知名度を誇った。
今回、同じように中国政府が坂本龍一への哀悼の意を示す発言をしたことについて、台湾メディアの「Newtalk新聞」は4月8日付けのニュースで、産経新聞の台北支局長で中国事情にも精通する矢板明夫氏の、Facebookを引用し以下のように書いている。
「坂本龍一氏は世界的にも著名で、米国に長く生活している。その彼について『中国の歴史と文化を愛し、実際の行動で両国の友好交流に貢献した』と外交官が発言しているが、中国側が意図的に仕組み、中国官製メディアに質問をさせて、答えたものではないか。これによってヨーロッパやアメリカ、そして日本との関係を修復しようと意図しているのでないか」と、中国側の政治的意図があったのでは、と分析している。
さらに、「毛寧外交官が、坂本氏が中国的な要素を取り入れた優れた音楽作品も数多く生み出してきた、というのは1987年にベルナルド・ベルトルッチ監督が撮影した『ラストエンペラー』を指しているだろう。
■中国のSNSでも63万人がフォロー。別れを惜しむメッセージが溢れる
しかしこのような政治的な意図とは別にして、北京にある大手音楽レーベルの会社に長年勤務し中国の音楽事情にも詳しい男性は以下のように述べている。
「中国でも多くの人は『戦場のメリークリスマス』を通じて坂本龍一氏を知った。海外文化に興味を持ち、文化芸術にも関心が高い人々を中心に一定の知名度があったことは確かです。さらに有料の音楽プラットフォームで彼の最後の演奏が放映されたことで彼と作品を知った人も多いでしょう」と述べる。
実際に坂本龍一は、中国版Twitterと呼ばれる微博(ウェイボ―)でアカウントを開設しており、そのフォロワーは63万人を超える。彼が死去した後、4月2日に発表された投稿では、公式Instagramと同じく坂本が好んだ一節「Ars longa, vita brevis(芸術は長く、人生は短し)」という一節が英語、ラテン語、そして中国語(「艺术千秋,人生朝露。」)で記され、生没年月日と朽ちて壊れたピアノに暗闇がフェードインする動画と共に投稿された。
この投稿では動画は3929万回再生、23.2万回リツイートされて、コメント数は約4万5000件にも上る。(4月13日現在)。

ある中国人ファンは「あなたは、『Merry Christmas Mr.Lawrence』は飽きるほど弾いてきてもう弾きたくない、と言っていました。でもファンが好きだからと、12月の最後のコンサートでも笑顔でこの曲を弾いてくれた。私はそれが最後の演奏であると感じながら、その姿を見届けることができました。世界に坂本龍一さんの音楽があったことに感謝します。安らかにお眠りください」と、コメントしている。
また坂本龍一は2020年2月、中国でコロナの感染爆発が起こり、武漢でロックダウンが行われている時に、北京のユーレンス現代芸術センターとコラボをし、オンラインのコンサートに参加した。そこで彼は30分余りの演奏を行ない、さらに演奏の終わりには中国語で「皆、頑張れ!」とメッセージも送っている。この演奏は100万人が視聴したと言われ、その時の彼の演奏に改めて感謝を述べるコメントも見られた。
坂本龍一の死去により、中国でも彼と彼の遺した作品が改めて評価されるとともに、一部では複雑な日中関係を背景に政治的な意図を持って利用する動きもある。しかし多くのファンのメッセージからも、日本人が想像する以上に、坂本龍一とその作品は中国でも親しまれ、愛されていたのである。
文:初田宗久