安倍晋三元首相が暗殺されてから、丸一年が過ぎた。妻だった安倍昭恵が未亡人となってから、丸一年ということでもある。
思うに今、彼女ほど「未亡人」という言葉が似合う人はいない。ツイッターアカウントのアイコンは、夫とのツーショット。それを見るたび、この夫婦のおしどりぶりを思い出す。夫にまつわるツイートも多く、非業の死によって生涯の伴侶に先立たれたその胸中に思いを馳せてしまうのだ。
一周忌についてはツイッターで、
「一年前を思い出し涙が止まらない一日…」
としながらも「無事に法要、直会、記念行事も終わりホッとしています」と語った。
また、夫は史上最も長く首相を務めた人でもある。その結果、彼女も史上最も長く「日本のファーストレディ」をやることとなった。
いや、長かっただけではない。彼女ほど、存在感のあるファーストレディは史上類を見ないのではないか。
ちなみに、戦後二番目に長く首相を務めた佐藤栄作の妻・寛子もけっこう目立つ人ではあった。公式の場でブームだったミニスカートを穿いたり、越路吹雪の後援会長をやったり、雑誌やテレビにもよく登場していたものだ。
越路吹雪といえば、宝塚歌劇団出身の歌手だが、宝塚出身のファーストレディもいる。
その点、安倍昭恵はある意味、時代を変えたというか、少なくとも、歴史に最も足跡を残したファーストレディであることは間違いない。いわば、日本的なファーストレディ像を打ち破った人なのだ。
それは彼女自身が目指したことでもあった。2016年には、こんな発言もしている。
「“政治家の妻はこうあるべき”とか“総理夫人はこうあるべき”というものを私は取り払っていきたいと思っているんです。もうちょっとその枠からはずれて、何をしても大丈夫なんだよと、いろいろなことをやっていけたらいいなと思っています。まあ、そのせいでいろいろと言われてしまうんですが(笑)」
◼️電通OL時代は「宴会部長」を任されたほど酒と宴に目がないタイプ
たしかに、彼女はファーストレディとしての「枠」からはずれるようなことをたくさんしてきた。いや「枠」だけではなく「羽目」をはずすようなスキャンダルも。たとえば、この発言の前年に報じられた布袋寅泰との浮気騒動だ。
知人たちとバーで飲んでいるうちに大ファンだという布袋寅泰を電話で呼び出し、デレデレ状態に。相手の肩に頭をのせたり、首筋にキスしたりという姿を店中の人に目撃されてしまった。その後、彼女は「事実と違うところもたくさんあるんですが」としつつも「酔っ払っていたことは間違いありません」と釈明。ただ「主人は笑っていましたよ~」と、おとがめなしだったことも強調した。
実際、電通のOL時代には「宴会部長」を任されたほど、酒と宴に目がないタイプ。米国・トランプ大統領(当時)との夫婦同士の会食では、ひとりだけ泥酔してしまったりもした。
芸能人つながりでいえば、20年に手越祐也ら総勢13人で集まり、レストランで「花見」を行ったことも話題になった。折りしもコロナ禍が始まったばかりで、政府が花見の自粛を呼びかけていた時期。手越いわく「行ったレストランの庭の桜が、たまたま満開だった。せっかくなので写真を撮ろうよ、となった」とのことだが、外出して大勢で集まること自体どうなのかという批判も起きた。
しかし、コロナ禍でもブレないのが、アッキー流だ。同じ頃、恒例化していたスキー旅行を実行しようとして、夫に止められていたことも報じられた。
そんな彼女の政治的モットーは「家庭内野党」。TPPや原発といった政策課題をめぐり、夫とは違う意見を述べたり、大麻解禁を主張したりした。
16年7月にはインスタグラムに投稿した写真が話題に。「アベ政治を許さない」と書かれた紙を掲げる男性2名とのスリーショットだ。この投稿に、
「昨日はこんな人たちとも写真を撮ったり、握手をしてみました」
という説明を添えた彼女はいつもの笑顔だったが、男性2名は困ったような真顔。それだけでもシュールなうえ、この6年後「アベ政治を許さない」人によって彼女の夫は殺されてしまう。世界中で毎日星の数ほど投稿されるインスタの写真のなかでも、これほどインパクトのあるものは珍しいのではないか。
◾️史上最も長く首相を務めた男が彼女のような伴侶を好んだ理由
その存在感ゆえに、あのモリカケ騒動のようなことも起きた。「私の肩書を自由に利用してください」と公言していた彼女はある意味、いろいろな人につけこまれやすい状況にあり、森友学園にも加計学園にも名誉職を引き受けるかたちで絡んだ時期があることが判明。
「私や妻が関係していたということになれば、それはもう間違いなく総理大臣も国会議員もやめる」
と発言したため、事態がますます混迷化してしまった。ファーストレディは「公人」ではなく「私人」であるという閣議決定がわざわざ行われたのも、この騒動のときだ。
ただ、この国会発言や布袋との浮気騒動への対応などから、夫は彼女の性格や言動をかなり大目に見ていたことが伝わってくる。それどころか、若手の独身国会議員(当時)にこんなアドバイスもしていた。
「うちみたいにピュアなのがいいんだよ。(有権者との交流で感動して)自然と涙を流すんだ」
ちなみに、その議員とはその後、育休不倫騒動で政治家をやめることになる宮崎謙介だ。
史上最も長く首相を務めた男が彼女のような伴侶を好んだのは、自分にないものをそこに見ていたからだろう。それはおそらく、何にでも飛びつくようなバイタリティーだ。
周知の通り、安倍一族は政治家が多く、岸信介(祖父)や安倍晋太郎(父)佐藤栄作(大叔父)あるいは反戦政治家として知られる安倍寛(祖父)などを輩出している。
これに対し、昭恵の生まれた松崎家は森永製菓と縁が深く、祖父も父も社長を務めた。彼女自身、結婚してからも居酒屋を経営したりしている。いわば、商人の血のようなものに夫は惹かれたのではないか。
というのも、夫は若い頃好きだった芸能人としてアグネス・チャンを挙げている。1970年代に活躍したアイドルだが、それだけにとどまらず、ユニセフでのボランティア活動や育児をめぐる林真理子との大論争などでも話題になってきた。もとはといえば、香港出身の中国系英国人で、芸能界における華僑のひとりでもある。
◾️安倍政権の長期化も彼女なしではありえなかった
また、夫は政治家一族の出とはいえ、祖父や父たちのように東大法学部卒業のエリートではない。若い頃はどこにでもいる二世三世のお坊ちゃん政治家みたいな雰囲気もあった。そんな男が史上有数の政治家になっていけたのは、妻のおかげでもあるはずだ。
実際「家内がほめてくれると勇気が出る」とも言っていて、妻から活力を得ていたことがうかがえる。子供ができないことを後援会からとやかく言われても、彼は養子縁組や離婚といった選択をしなかった。初デートに50分も遅刻してきたり、フラダンスにハマれば仕事で疲れて帰ってきた夫にもそれを披露せずにはいられないほどマイペースなアッキー。そんなところが彼にはけっこう居心地がよかったのだろう。
そういう意味ではやはり、安倍政権の長期化も彼女なしではありえなかった。ちょくちょく足を引っ張るように見えて、ちゃんと下から支えていたともいえる。
なお、伊藤博文の妻・梅子や原敬の妻・浅、東条英機の妻・かつ子のように、悲劇的な最期を遂げた夫を見送った日本のファーストレディは他にもいる。ただ、昭恵のように長年、コメディエンヌ的にも見えていた人がそうなってしまったことに、いっそうの哀しみを覚えるのである。
彼女は史上最も悲劇的なファーストレディなのかもしれない。
文:宝泉薫(作家・芸能評論家)