マイナスのイメージが強かった婚活アプリの潮目が変わったのは、2020年の新型コロナウイルス感染拡大だった。突然の疫病の蔓延で、一人で暮らす寂しさからシングルの結婚願望が高まった。
初めて筆者がネットの婚活にトライしたのは2000年代だった。40代の後半だ。当時はまだ婚活アプリとはいわず、婚活サイトといっていた。そのなかの大手インターネット会社が主催するサイトに登録した。
2020年代の婚活アプリは、登録者のほとんどがプロフィールに自分の写真をアップしている。写真のない登録者はなかなか申し込まれない。男女にかかわらず、容姿のレベルにかかわらず、顔のわからない相手と話すのは不安だ。
しかし、初期の婚活サイトは、プロフィールに顔写真をアップしない登録者が多数派だった。身長や体重などわずかな情報からイマジネーションを働かせて、アプローチするしかない。
顔のわからない相手との対面はいろいろな意味で怖い。まったく好みでない相手の可能性は大きい。美人局にも遭うかもしれない。でも、なにもしなければ出会えない。リスクを取り、勇気を振り絞り、自分の運を信じて、女性にアプローチしていた。
◼️勇気を出してCMモデルにアプローチ
そんななかに、大手化粧品会社のCMに出演していたモデルがいた。写真はなかったが、好きな映画や音楽が同じだったので、話が合うと感じて申し込んだのだ。
ネットを通して何度もやり取りをして、おたがい信用できたタイミングで対面すると、細身でとても美しい女性が現れた。彼女は30代半ばで、婚歴が一度。子どもはいなかった。
会話は盛り上がり、楽しい食事になった。帰り際にまた会いたいと言うと、厳しいリクエストをしてきた。
「私とつり合いがとれるように、一週間であと3キロ体重を落としてきて」
条件を提示された。〝私とつり合いがとれるように〟という言葉がリアルだ。
「えっ、3キロも!」
「そう、3キロ。大丈夫。食べなきゃ落ちるから。私はしょっちゅうやってるわよ」
一般社会の恋愛と同じように、〝婚活村〟でも容姿のいいほうが優位に立つ。
「3キロ落としたら、キスさせてくれますか?」
子どものようなお願いをした。
「きっちり3キロ落としてきたら、キスのもっと先もいいよ」
想定外の答えが返ってきた。十分すぎるご褒美だ。
「絶対に落とします!」
気をつけの姿勢で誓った。
3日断食して3キロ落とし、交際にこぎつけた。約束通り一緒にお泊りした。
彼女の身体には体脂肪がほとんどなく、まるで舞踏家とイチャイチャしているようだった。モデルという仕事も大変だと知った。
◼️彼女はソフトなMだった
40代前半の日系の航空会社の客室乗務員ともマッチングした。彼女は当時の婚活サイトでは珍しく、顔写真を堂々とアップしていた。写真の顔は美しく、明るく笑っている。もちろん即OKして二人で食事をした。
その帰路、タクシーの中で誘われた。
「今日、してもいいよ」
からかわれていると思ったが、本気だった。彼女はアプリを通してすでに10人と会い、相手を気に入ったらベッドで試すらしい。
「そのなかで、私にブスッと刺した男は3人かな」
言っている意味がすぐには理解できなかった。
「だからさあ、アソコにブスッと刺されちゃったって、こ、と」
彼女の表現は個性的で、地頭のよさが感じられた。
ホテルに入ると、誘われた理由が判明した。彼女はM。自分と身体の相性が合うSの男性を探していた。それまで知らなかったが、MにもSにもハードとソフトとがあるらしい。ソフトなMはハードなSのプレイは耐えられない。ハードなMはソフトなSではもの足りない。
彼女はソフトなMで、相手もソフトなS、あるいはSの素質がある男を求めていた。ところが元彼はハードなS。毎回モノを喉の奥まで突っ込まれて、呼吸ができなくなった。窒息するかと思っていた。
「さんざん清い交際をしてから夜の相性が合わないってわかったら、時間がもったいないでしょ」
彼女はきっぱりと言った。
しかし、筆者は〝不合格〟だった。ノーマルなので、彼女のさまざまなリクエストに対応できなかったのだ。髪を鷲づかみするようなワイルドな攻めは上手にやれず、彼女の指導のもとに試みた言葉攻めも、すごみを出せなかった。
「ごめんね……」
ベッドの上で正座をして頭を下げた。下腹部では〝わが子〟も、申し訳なさそうに頭を下げていた。
彼女とは空が明るくなってきた朝、ホテルの最寄り駅で別れた。
◼️婚活アプリ犯罪史
アプリがいよいよ婚活のスタンダードになってきたのは2010年代後半に入ってからだ。さらに婚活のメインストリームになったのは、新型コロナウイルスの感染拡大で緊急事態宣言が発令され、自宅から出づらくなってからだ。
それまではアプリにリスクを感じている人が多数派だった。アプリ(「婚活サイト」などネットを利用する婚活も含む)利用者の犯罪が目立ったことも理由の一つだろう。
2007年から2009年にかけて、当時33歳から35歳だった木嶋佳苗容疑者による首都圏連続不審死事件は連日報道された。千葉県松戸市の自営業の70歳男性が自宅の浴室で謎の死、東京都青梅市の53歳会社員が一酸化炭素中毒死、千葉県野田市の80歳男性が一酸化炭素中毒死、東京都千代田区の41歳会社員も一酸化炭素中毒死。木嶋容疑者はこのほかにも死亡時期が明確ではない2名の男性を殺害している。
この事件で木嶋容疑者が男性と知り合う手段として使っていたのが婚活アプリだった。そのため「婚活連続殺人事件」とも言われている。彼女は性の奥義を極めようと努力をし、その技術で男を夢中にさせた。
2012年には埼玉県行田市で、当時42歳無職の伊藤早苗容疑者が67歳の男性の首を包丁で切って殺害。容疑者は被害者から約1000万円借金をしていたが、二人が出会ったのも婚活アプリだった。
2015年には婚活アプリで知り合った42歳会社員の石崎康弘容疑者と25歳無職の手面真弥容疑者が21歳の女性を殺害し、預貯金の800万円を引き出した。このお金は被害者が独立開業のために蓄えていたという。
このような報道によって、社会はアプリへの警戒心を強めた。
◼️コロナで高まった世の中の結婚願望
マイナスのイメージが強かった婚活アプリの潮目が変わったのは、2020年の新型コロナウイルス感染拡大だった。突然の疫病の蔓延で、一人で暮らす寂しさからシングルの結婚願望が高まった。
ブライダル総研による「婚活実態調査2020」内「新型コロナウイルス感染症による恋愛・結婚意向の変化」(以下同)の調査結果によると、コロナ禍で最初の緊急事態宣言が発令された2020年3~5月、シングルの37・5%が「恋人がほしい意向が高まった」と回答している。そして、41・6%が「いずれは結婚したい意向が高まった」とも回答。つまり、シングルの男女の10人に4人が、コロナをきっかけに結婚したいと考えるようになっている。
「誰かと暮らしたい」
「一生一人で暮らすことになりそうで不安」
このようなシングルの思いは強くなるばかりだった。
やはりブライダル総研の調査では、シングルの4人に1人は、結婚相談所、婚活パーティー、婚活アプリなどを体験しているという。
しかし、外出自粛の社会に出会いはない。そんな状況で自宅にいながらにしてパートナーを探し交流できる婚活アプリの需要は高まった。
大勢が集まること、対面で話すことは憚られ、マスク着用で顔を半分近く隠しての生活が日常になり、婚活パーティーや結婚相談所のお見合いが難しくなったことで、それらの利用者もアプリへと流れた。
婚活アプリのベースとなるインターネットの利用数も上昇している。
コロナ禍前の2019年の時点でスマホの世帯保有率は83・4%、パソコンの保有率が69・1%。コロナ禍真っ只中の2021年はそれぞれ88・6%と69・8%になっている(以上・総務省調査)。インターネットの端末利用が年々増えていることも、婚活アプリ利用者増の原因となっているだろう。
◼️39、49、59歳は〝婚活発情期〟
筆者も一人暮らし。32歳で結婚。33歳で離婚。その後28年はずっとシングルで還暦を迎えた。生活は毎朝起床してすぐにパソコンで原稿を書き始め、一人で食事をして、また原稿を書き、夜は食事をしてまた原稿。
食事は還暦を迎えてから改善したが、長い間ろくなものを食べていなかった。レトルトカレーやカップ麺ばかり。ビタミンはサプリメントと市販の青汁ドリンクで補給していた。
仕事の連絡はメールやLINEが主。とくにコロナ禍は誰とも会話を交わさない日も多く、ちょっとしたシェルターにいる気分だった。
そんな生活の就寝前30分ほどが婚活タイムだ。交際を申し込んだ女性とマッチングが成立していないか。マッチングした女性からメッセージが届いていないか。そんな期待で童貞の中学生に戻ったように気持ちを高ぶらせ、パソコンやスマートフォンで婚活アプリを開く。
40歳、50歳、60歳……。人は年齢の節目が近づくと結婚を意識する。39歳、49歳、59歳は〝婚活発情期〟だ。このまま一人で40代を迎えるのか、50代を過ごすのか――と、あせる。食事の後に駐車場でいきなりブチューと来た看護師さんもきっと婚活発情期だったのだ。
筆者も40代の後半に猛烈に婚活を行った。婚活パーティーに通い、婚活アプリも利用し、成果が上がらずに50代に突入した。
再び婚活アプリに時間とエネルギーを注ぐようになったのは、頭にも鼻の穴にも下腹部にも白い毛が目立つようになった50代後半だ。
生涯一人か――。
60歳という節目を目の前に不安になった。50代半ばは、シングルであることをそれほど意識していなかった気がする。60歳を目前にしたこと、コロナ禍で自宅にこもる時間が増えたことが引き金になり、婚活アプリの登録を決めたのだ。
(最新刊『婚活中毒』より 抜粋)
文:石神賢介