早稲田大学在学中にAV女優「渡辺まお」としてデビュー。人気を一世風靡するも、大学卒業とともに現役を引退。
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【「なぜAV女優になったのか?」について】
床に寝っ転がってぼんやりと考え込んでいると、お腹のあたりがずしっと重くなった。私のお腹の上で器用にくるくると二回ほど回って、ここは自分の場所だと言わんばかりに堂々とした態度で座った。私の様子をうかがう素振りを見せるわりに、実際の愛情表現は大胆だなといつも感じている。そのままの姿勢で犬の背中を撫でる。さらさらした毛が私の指をすり抜けていくと、「構ってほしい」と言いたげな表情でお腹から顔の方へと移動してきた。独特の獣臭さが私を包む。ぴっとりと寄り添われた体温が心地よくて、そのまま眠りについてしまった。
ここ数年で今が一番安定した生活を送れている。今までが物凄く荒れていたわけではないが、変に何かに依存しなくても暮らせるようになった。
さて、ここからは私が考えてきたことを一つ一つ話していきたいと思う。
今回は、私の中で最後まで答えが出せなかった「なぜAV女優になったのか」についてだ。今まで数多くのインタビューを受けてきた。必ずと言っていいほど「なんでデビューしたんですか?」という質問をされて、「AVに興味があって、今しかできないと思って応募しました。」なんて当たり障りのないことを答えてきた。これはデビューを決めた理由の中の綺麗な上澄みだけを抽出しているので完全な嘘ではないが、完璧な正解ではない。
【肉体的な死でなく、社会的な死を望んでいた私】
私がAV女優になったのは、肉体的な死を選ぶことができず、社会的な死を望んだからだ。これはAV女優の社会的地位についての話ではなくて、単純にデビューする前までの「私という良い子ちゃん」の存在を消し去りたいという意味での話だ。
これまでの自分と自分に纏わりついたしがらみ、例えば自分自身が築き上げたものであったり、私につきまとうイメージだったり、それら全て壊して、何もない「無」の状態に戻したかったからである。その手段がたまたまAV女優であっただけで、何か違う方法があったのならその手段をとったのかもしれない。
しかし、偶然にもAV女優という手段が、限界に達していた私の目の前に現れて、藁にも縋る思いで手を伸ばした。今考えると安易だったのかもしれないが、そのころの私には“自分がデビューしたらどうなるのか”や“その後に自分の人生”について具体的に考える余裕を持ち合わせていなかったのだ。
これが現時点で出せている「なぜAV女優になったか」の答えだ。
しかしながら、その結果は私が予想した通りにはならなかった。確かに見える世界は広くなったし、煩わしい人間関係とも距離を置くことができたが、全てが劇的に変化したわけではなかった。相変わらず私は私だし、環境を大きく変えたところで、本質的な部分はあまり変わっていない。ただ、心なしか自分の足で人生を歩けているような、そんな感触はあった。
【私がするべきことは反省でも後悔でもない】
AV女優になったことは私にとって救いにもなったし、そのおかげで得たものや自分にとって成長の糧となった部分はもちろんある。でも、時々思うのだ。「もっと違う方法で自分の気持ちを訴えかけることができていれば」と。ただそれは考えても仕方がないことで、選ばなかった選択肢はどうしても良く見えてしまうものだ。
今の私がするべきことは反省でも後悔でもない。
今の私を認めて、前に進むこと、それだけである。
(第13回へつづく)
文:神野藍
※毎週金曜日、午前8時に配信予定