適菜収氏の『安倍晋三の正体』(祥伝社新書)がベストセラーになっている。日本社会についても鋭い論考を重ねる生物学者にして評論家の池田清彦氏との白熱した対談を全2回にわたってお届けする。
■日本人の属国根性
適菜:この対談の前編で池田先生に紹介していただいた『安倍晋三の正体』(祥伝社新書)に書きましたが、安倍と周辺一味がやったことは徹底的な言葉の破壊だったと思います。前編では全体主義の話をしましたが、あの類の連中がやることは同じです。言葉を誤魔化し、都合が悪くなれば「反社会的勢力」という言葉の定義まで勝手に変えてしまう。公文書という国家の記憶も攻撃されました。戦後の無責任体質、知性の劣化、言葉の混乱、メディアの腐敗が、安倍を支えていたのだと思います。「保守」という言葉もわが国では間違って使われています。安倍は保守の対極にある人物です。保守思想を理解していた形跡もゼロですが、偏向メディアにより「保守政治家安倍晋三」という虚像がつくられました。言葉の破壊による混乱が政治に利用されたわけですね。しかし、安倍を支えていたのは新自由主義勢力であり、政商や経済団体です。
池田:うん。そうだね。
適菜:ちなみにネトウヨは右翼とは関係ありません。右翼の文献を読んでいるわけでもない。私は「ネット上にウヨウヨいる情報弱者」と定義しましたが、要するに不安や不満を抱えている大衆ですね。社会的弱者や近隣諸国を罵倒することで鬱憤を晴らし、自己充足しているような連中です。
池田:僕は最初から自民党は急進左翼政党と思っていた。保守は今あるシステムをなるべく変えないでうまく使いまわしていく。だけど、どんどん制度を変えるわけでしょう。安倍も麻生太郎もそうだけど日本の伝統文化なんか一顧だにしていないですよね。尊敬もしてないし、勉強もしてないし、漢字も読めなきゃ書けもしない。そんな連中が保守なわけない。
適菜:それに歴史も知らない。2015年、沖縄の苦難の歴史を語った翁長知事に対し、菅義偉は「私は戦後生まれなので、歴史を持ち出されたら困る」と言い放っています。
池田:国の半分くらいの人が何の思想もないんだよね。どういう国を作ったらいいのかと考えることもなく、上がひっくり返ったら従うだけ。だから養老孟司さんと僕は、南海トラフ巨大地震がきたら、日本は中国の属国になる可能性があるという話をしています。日本が酷い目にあったときに、一番カネを持っているのが中国だから支援を受けることになる。今はアメリカの属国だけど、中国の属国になって、ネトウヨの連中も右から左にコロっと変わってしまう。養老さんが言ってますが、戦争の時に鬼畜米英とか言っていた連中は戦争が終わるとコロっと変わった。だから政治家の言うことは信じないと。
適菜:結局、奴隷体質、属国根性が染み付いてしまっているわけですね。
池田:アメリカは日本はもう少し頑張ると思っていたんだよ。天皇を処刑したらゲリラ戦になって統治するのが大変だから、生かしておいた。それとトレードオフの関係で日本はアメリカの属国になった。アメリカはその成功体験が忘れられないから、その後、ベトナムや中東に介入したけど、すごく抵抗された。日本みたいに、完全になびいた国はなかった。鬼畜米英がいきなりギブミーチョコレート、マッカーサー万歳になったんだから。それで、国際社会は日本を軽視するようになった。G7に日本の政治家が行っても、本当にバカにされているよね。日本の総理はカネを持ってくるだけだから別にいてもいいくらいにしか思われていない。今だってそうじゃない。
適菜:ネトウヨは「安倍さんは海外から評価されている」なんて言いたがるけど、鴨がネギを背負ってやってくるわけですから当たり前ですよね。
池田:本当だよ。女房と子どもは貧乏だけど、キャバクラで大金を使う男がいたら、キャバクラ嬢がすごい人が来たと喜ぶのと同じだよな。
■昔の自民党と今の自民党は別物
適菜:自民党がここまでおかしくなった原因は、やはり1994年の小選挙区比例代表並立制の導入と政治資金規正法の改正にあると思います。小選挙区制度は、二大政党制に近づきます。死票は増え、小さな政党には不利に働く。そこでは基本的に上位二政党の戦いになります。政治家個人の資質より党のイメージ戦略が重要になるので、ポピュリズムが政界を汚染するようになる。また、党中央にカネが集まるようになったので、権力が集中した。結果、党内における活発な議論や合意形成、派閥抗争がなくなっていき、党の中央だけでいろんなことを決めてしまうようになってきた。
池田:国民も小選挙区制になれば、政権交代で日本がよくなるというデマに騙された。あれにより、ほんのわずか右にふれたら右、左にふれたら左みたいな話になってしまった。小選挙区制は、日本の政治風土を破壊した最悪な改革だったね。小泉純一郎も人を騙すのがうまかった。構造改革、郵政民営化でよくなったことは一つもない。
適菜:一番悪いのは小沢一郎だと思います。小沢は安倍政権批判をしていて、そこは同意できる部分もあるのですが、根本を辿っていくと、小沢とその取り巻きによる新自由主義的な発想が、安倍政権に行き着いているのです。結局、小沢の自民党破壊、政治制度改革を含む「日本改造計画」が、いまだに日本社会を蝕んでいる。細川護熙の裏にいたのも小沢ですからね。
池田:小選挙区制と世襲議員が増えたのはパラレルになっている。昔の議員は池田勇人にしても京大を出て、大蔵省の次官になって、首相になるというコースがあったわけだけど、それが完全に崩れた。今はできそこないのボンボンが首相になる。
適菜:先生はテレビでも安倍批判をされていたんですね。
池田:結構している。でも批判してもあまり放映されないんだよ。生放送ではないからカットされてしまう。自民党の支配が続いたのは、大手メディアを優遇して自分たちの悪口を言えないようにしたのが大きい。NHKからして根本的なことは言えなくなった。
適菜:私も朝のラジオ番組で毎回安倍を批判していたら、お呼びがかからなくなりました。
池田:本とか講演とか他に稼ぐ手段がある人は政権を批判できるけど、テレビだけで仕事をしているタレントさんだと言えない。大手メディアでは政権批判すると干される構図になっていた。
適菜:逆に安倍を礼讃するとカネになる時代が続きました。自称保守向け月刊誌に安倍が登場した回数を見れば、その異常さがわかります。安倍の取り巻き連中も、おとなしくなるどころか暴走しています。元NHKの岩田明子は安倍は「光の人」であり、安倍がいると雨が降らなくなると言い出した。ここまでくるとカルト信者ですね。
池田:病気だよ。安倍が統一教会と仲がいいのもわかる。
適菜:エリック・ホッファーがベルクソンの言葉を引用していましたが、「信仰の強さは山を動かすことによって示されるのではなく、たとえ山が動いたとしてもそれを見ないことによって示される」と。まさにこれですね。安倍と統一教会の深い関係が次々と明らかになっても、信者はそれを無視することにより、ますます深い迷妄の中に落ちていく。世間だって、安倍の悪事をすぐに忘れてしまう。
◾️国家という前提がなかった安倍政権
池田:適菜さんは日本はこの先どうなると思う?
適菜:堕ちていく一方かなと思います。そう言うと「暗いことを言うな」「もっと建設的なことを言え」という反応がありますが、世の中には取り返しのつかないことがあります。生命だって一度失われれば元に戻ることはありません。それが幼児にはわからない。甘ったれているので、一度壊してしまい、またつくりあげればいいと安易に考えている。しかし、この30年にわたり、改革のバカ騒ぎで国や社会を壊してきたツケが、安倍政権に行き着いたのです。
池田: 大企業のトップが国力を上げることを放棄しているからね。とりあえず儲けて短期的な利益を上げればいい。外資に媚びようと、中国に土地を売ろうと何でもいいって奴が多くなっている。僕なんかもう少しで死ぬからいいけど、カタストロフィーが起きて堕ちるところまで堕ちないとどうにもならない。どこまで堕ちるかだよね。半分以上の国民が明日食うものもなくなったら暴動が起きるだろうけど、その時には「安倍的なもの」を引きずってもっと大変なことになるかもしれない。目の利く若い人は日本から離れていくかもね。それでますます日本にはバカばかりが残る。暗い未来しか見えない。
適菜:自民党は経済界の要望に従って、急進的な移民政策を進めてきました。最近はコンビニの店員に日本語が通じなかったりする。だからこのまま行けば、日本という概念、公共という概念自体が消滅してしまうかもしれないですね。
池田:急激に外国の人が来て働けば、当然文化の違いがあるし、コミュニティを形成するからあちこちに中国人街ができたりする。そうなると、国土は日本だけど文化とか伝統はなくなっちゃう。
適菜:安倍政権が徹底的に日本語の破壊を行ったのは、国家という前提がないからです。ヨーロッパで移民政策の失敗を反省する機運が高まる中、逆に移民政策にかじを切ったのが日本政府です。
池田:普通だったらヨーロッパの失敗を見てやめるんだけど、儲かることしか考えていない。でも結局は国力を高めないと儲からないんだけどね。
適菜:『安倍晋三の正体』に書きましたが、すでに国自体がぶっ壊れています。森友事件における財務省の公文書改竄、南スーダンPKOにおける防衛省の日報隠蔽、裁量労働制における厚生労働省のデータ捏造、入管法改定に関する法務省のデータごまかし、国土交通省による基幹統計の書き換え……。安倍政権下で国の信頼は完全に破壊されました。安保法制騒動では、国を運営する手続きが破壊されましたが、その際、首相補佐官の礒崎陽輔が「法的安定性は関係ない」と言い出した。これを近代国家だと考えるほうが無理があります。
池田:本当にそう思うね。日本は法治国家とはいえないよね。中国を人治国家とバカにしていたけどもっとひどいことになっている。
適菜:2017年には防衛相が「(南スーダンの戦闘で)事実行為としての殺傷行為はあったが、憲法9条上の問題になる言葉は使うべきではないことから、(日報で)武力衝突という言葉を使っている」と発言します。現役の閣僚が政府が憲法を無視していることを公言したわけです。日本の人治国家化は現在進行中です。
池田:そういう意味では適菜さんの『安倍晋三の正体』はもっと読まれるべきだね。