NHK交響楽団で第一ヴァイオリン奏者を務めた齋藤真知亜氏の著書『クラシック音楽を10倍楽しむ 魔境のオーケストラ入門』(KKベストセラーズ)。オーケストラの、実にユニークな内幕を余すところなく伝える異色の一冊である。
■ヴァイオリンと打楽器のギャラは同じ!
演奏家にとってオーケストラは就職先のひとつだというと、多くの人が「で、お給料はどうなの?」と思うことでしょう。クラシックという高尚な音楽をやっている芸術家集団は、さぞかしいい給料をもらっているだろうと思う人もいることでしょう。
しかし、これもまた一般企業とそれほど違いがあるわけではありません。
N響や読売日本交響楽団(読響)は完全な月給制で、一般企業と同じように年2回のボーナスもあります。オケマンが月給やボーナスをもらっているというと、少し身近な存在に思えてくるのではないでしょうか。
僕は、安心して演奏活動に取り組めるのは月給制のおかげだと思っています。たとえばソリストには高額な報酬を得ている人もいますが、休むと報酬は一切得られません。その点、僕たちには有給があるので、休んでも給料をもらえます。体が資本の演奏家にとって、必要なときに休みが取れるのは何よりありがたいことです。
ただし、楽器の細かいメンテナンス代は個人持ちですし、うまく弾けずにいつもより余計に練習したからといって、残業代がつくわけでもありません。
給料といえばもうひとつ、楽器によって給料に差はあるのかということが気になる人も多いようです。ヴァイオリンのようにほとんど弾きっぱなしの楽器もあれば、ここぞというときだけ音を出す打楽器のような楽器もあります。そうした〝出番の多さ〞とか〝音数の違い〞が給料に反映されるのか、ということです。
これは僕も何度か質問されたことがあるのですが、はっきりいって、楽器による給料の差はありません。
オーケストラの奏者には、楽器のパートごとに「首席」「次席」といった肩書のリーダーとその補佐役がいます。ヴァイオリンの場合だと、第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンそれぞれに首席奏者がいて、特に第1の首席奏者はオーケストラ全体をまとめる「コンサートマスター(コンマス。女性の場合はコンサートミストレス=コンミス)という役割を担っています。
また、弦楽器に限り、「次席奏者」は「フォアシュピーラー」といって、コンマスおよび首席奏者を補佐する役割を担います。N響では、こうした肩書きに対する職務手当はつきますが、それ以外はすべて年齢や在籍年数に応じた給料になっています。
■出番のない楽器も同じギャラは不公平?
白状すれば、僕はかつて「楽器が違うのに給料が同じなんて」と思ったことがあります。オーケストラの中でもっとも高音域を担当し、主旋律を弾くことも多い第1ヴァイオリンは、コントラバスが「ブォーン」と1音弾いている間に16個もの音符を弾かなくてはなりません。
同じことを考えたのかどうかはわかりませんが、以前、先輩が打楽器セクションの方に、「いいよな、シンバル1回叩くだけで給料は一緒なんて」と冗談めかして話しかけたことがあります。
するとその打楽器奏者の方は真剣な表情で、「うるせぇ、シンバル1個で演奏会を生かすのも叩き潰すのも俺なんだよ!」と言いました。
確かにその通りなのです。ある日の練習のとき、何かの拍子にシンバルが床に落ちたことがありましたが、その音のすさまじさときたら! 文字でしか伝えられないことがもどかしく感じます。もし本番だったら、間違いなく演奏会は滅茶苦茶になっていたでしょう。
打楽器に限らず、管楽器なども、演奏者が2、3人しかいないという楽器は少なくありません。しかもシンバルやトランペット、トロンボーンなど、音に破壊力がある楽器ばかりです。それにたとえ出番は少なくても、ほかの人たちが演奏している間、じっと自分のタイミングを待つのは大変なことです。しかも自分の1音で演奏会を潰すこともあると思えば、逆に一人当たりの責任は16人いるヴァイオリンより重いという考え方もできます。
つまり、それぞれの楽器の重要性は、音符の多さだけでは測れないということであり、だから楽器による差はないのです。
先ほども触れましたが、給料は年齢や在籍年数に準じています。
海外のオーケストラには演奏のうまい下手や、楽団への貢献度で給料が変わるところもあるようですが、やはり「経験値=給料」というのは誰もが納得しやすいシステムではないでしょうか。
(『クラシック音楽を10倍楽しむ 魔境のオーケストラ入門』から本文抜粋)
文:齋藤真知亜