早稲田大学在学中にAV女優「渡辺まお」としてデビュー。人気を一世風靡するも、大学卒業とともに現役を引退。
【自分の作品が見れなくなった理由】
よく控え室に用意されているのは制服だった。必ずと言っていいほど「あまり着崩さないけれど、スカートの丈は気持ち短めにしておく。髪の毛はアレンジせずにストレートに仕上げること」と細かな注文がつけられていた。その制服に身を包み、カメラの前でにこにこと表情を作り上げる。事前に頭にいれておいたシナリオ通りに振る舞い、言葉を吐き出していく。そして最後は制服の一部を残した状態で身体に白濁とした液体をかけられるのが常であった。
身長は日本人女性の平均身長よりもほんの少し低めだが、元々の骨格が華奢なためかそれ以上に小さく見積もられることが多く、顔の印象もどんなに化粧したところで、がらっと見違えるほどに変化することはない。そのため、実年齢よりも若い女子高生の役をあてられることが多く、ごく稀にそれよりも年齢の低い女の子の役をやることもあった。
いつの日からか自分の作品が見れなくなった。自分自身を見たくないという理由よりも、そこで繰り広げられている行為自体がおぞましく感じるようになり、己の無知さと愚かさに目を背けたくなったからである。
女子高生、女子大生、OL、年齢も所属も様々な役柄をあてがわれ、定められたシナリオを何百となぞった。その中でごく一般的な恋愛ーあえて付け加えるならば、「好き」という気持ちだけで関係を結び、自然な流れでセックスする内容のものを見つける方が困難である。
私がよく演じていた彼女たちは誰かが製作した筋書きの上で非常に都合よく扱われる。そこで繰り広げられる行為は現実では到底あり得ないようなものであったとしても、誰かの性的な願望を満たすためならば〈作品〉や〈フィクション〉といったそれらしい理由を並べて、正当であるかのように振る舞われる。それが現実で行ったとしたら相手の身体を傷つける可能性がある場合や、そもそも犯罪行為である場合においてもだ。ちゃんと対価を貰っていて、かつ相手の言動や行動がお芝居であると理解していても、そんな行為には拭い切れない不快感と底知れない恐怖がついてまわる。撮影の帰り道によく考えていたことがある。「こういうことが現実で起こったら」そして「私の大事な人間が同じ目にあったとしたら」と。
【いつだって過去の自分は無知で愚かだ】
引退してから自分が見えていた世界がいかに狭く、緩み切った価値観の中に浸っていたことを嫌と言うほど思い知った。SNSで流れてくる性被害や性暴力の話題を目にする度に、この社会は「人間を性的好奇心を満たす〈道具〉として扱ってもいる、または扱うことを良しとする考え」が深く根付いていると痛感し、それと同時に私もそれを助長した1人であるという罪深さを感じていた。
2年間の間に生み出した200本近い映像たち。これまで作られてきたものの総数から比べたら大したことない数字ではあるが、私にとっては一つ一つ責任を取らなければいけないものたちだ。「ただ出演していただけ」「仕事だった」と言えばそれまでだが、そんな逃げのような向き合い方はしたくないし、「あなたがそんな意識を持つ必要はない」なんて甘い言葉もかけられたくないのだ。本当ならば何かを世に生み出す人間として持たなくてはいけない意識を持たずに、生み出してしまった無責任さを恥じているだけなのだから。
だからといって、既に世の中に流れ出したものを無かったものにはできない。これまでの作品を取り下げたからといって、全ての業から逃れられるわけではない。私にできるのは、今後何かのスティグマを助長させるようなものに手を貸さないこと、そして自らについて正面から向き合い告白していくことだけだ。
現在の自分からすれば、いつだって過去の自分は無知で愚かだ。「なんであんな馬鹿なことをしたのだろう」と過去について疑問に持つことぐらい誰だってあるだろう。
これから先も「ああしなければ」「こうしておけば」と悔やむことなんて必ず出てくる。そのときに都合の良い言葉で覆い隠したり、適当な言葉で取り繕ったりしないようにこの文章を書いている。40回の節目に、「自らの業から逃れるな」と自戒の意味を込めて。
(第41回へつづく)
文:神野藍
※毎週金曜日、午前8時に配信予定