早稲田大学在学中にAV女優「渡辺まお」としてデビュー。人気を一世風靡するも、大学卒業とともに現役を引退。
【常に刺激を与えてくれる街】
3月の下旬だというのに、その日の東京は雪がちらついていた。数時間前までいた仙台でさえ雪なんて降っていなかったのにと、思わずため息が出てしまった。
今年で東京での生活も7年目を迎える。もうそんなに時間が経ったのかと驚いてしまうほどに、本当にここでの日々は瞬きするぐらいに一瞬であった。東京という街は嫌いではなかったし、むしろ好き、というよりも順応して生きていた。
ここでの暮らしは嫌いじゃない。声をかければすぐに会える友人が何人もいて、外に出れば無限に新しいコンテンツが生み出されている。電車に乗って一駅隣に行くだけでそこに広がる世界はガラッと変わり、私に刺激を与えてくれる。
「ここじゃない。ここじゃないどこかに私は行きたい」
今いる場所や住んでいる家を離れて、様々な土地を訪れた。中でも京都と沖縄は何度も足を運んだ。その度に「ここに住んだら、この欲望は満たされるのか」と何度も考えたが、いまいちそこで生活をしている自分というのはぼんやりとしか描くことができず、気分転換をする旅行先の一つ以上になることはなかった。
そんな中途半端な感情をどうにか消し去るために、この丸6年で4回の引っ越しをした。
住む街を変えると、己の生活スタイルもがらっと変化する。例えば、繁華街に近いエリアに住んでいたときは明け方まで飲み明かすことも多かったが、そこから離れた今は日付が変わる前に夢の中にいることがほとんどである。そんな自分自身の変化を面白がりながらも、半年が過ぎたぐらいで、だんだんと家で過ごすのが嫌になり、「どこかへ行きたい」と願い始めるのだった。どうにかその気持ちを抑えようとした結果、東京という小さな枠の中で何度も街を住み替えることになった。
【何年も手入れされていない空き家へ】
年が変わった頃、とある県の海沿いの道を車で走っていた。窓から眺める海は夕日をうけてきらきらと光り、空の色はどんなにこれまで獲得してきた言葉を尽くしても表現できないくらいに美しいものであった。その景色を眺めていたら、いつの間にか頭の中にはっきりとした〈ここに住んでいる情景〉が流れ込み、口を開いて出た言葉は「私、この街に住もうと思う」であった。
ずっと暮らしていた東京を離れ、海がすぐ近くにある穏やかな街へ移住する。あんなに東京で家を探すときは築浅で駅から近いところじゃないと嫌だと駄々をこねていた私が選んだ家は、何年も手入れされていない空き家で、しかも車を走らせないと買い物にも行けず、地域の人間としっかりとした関係を持ちながら生きていかないといけないような土地に建っている。
この街で失ったと思っていたルーツを一つ一つ思い出しながら、ありのままの私でいることができる人の隣で時を重ねていきたいと、あの海を見て私の心が叫んだのだ。
どうやら、私の人生の潮目が大きく変化しているようだ。
(第44回へつづく)
文:神野藍
※毎週金曜日、午前8時に配信予定