9月、新刊『宗教地政学で読み解くタリバン復権と世界再編』(ベストセラーズ)を上梓した中田考氏と、同志社大学時代の教え子で現在トルコ国立マルマラ大学、現地の寺子屋で教鞭をとる山本直輝氏が、品川中延の隣町珈琲でトークショーを開催。メディア報道だけでは見えてこないタリバンの実像や、「シン・ムガル主義」というキーワード、そしてイスラーム世界と日本をつなぐマンガ・アニメの浸透までを語り尽くした。



■「タリバンと京都観光」で見えてきたもの

 トークショーの前半では、山本氏が「タリバン京都観光」の思い出を回顧。太いパイプを持つ中田氏が、タリバンのメンバーやアフガニスタン政府関係者を京都に招待し、山本氏が観光のアテンドを務めた。



「中田先生は『タリバンが来たから京都観光に連れて行ってやる』とおっしゃって(笑)。普通に生きていたら絶対に耳にしないセリフですよね。友人たちが怖気づくなか、私は同行しました。金閣寺、二条城、そしてヨドバシカメラに行きましたね」



 そこで、タリバンの意外な一面を知ったという。



「二条城の近くに抹茶が飲めるスペースがあって、日本庭園を見て彼らは感動していました。『こんなに美しいものは見たことがない』と。そしてその後、ヨドバシカメラではおもちゃコーナーに行きたがったんです。メディアが作り出すタリバン像では、マンガやアニメ文化に否定的な印象を受けますが、現実の彼らはキティちゃんのストラップを熱心に眺めていました。イスラームの知識を学ぶ以上に、こうやって彼らと同じ時間を過ごすことから学ぶことは多かったです」



 また、中田氏からイスラーム世界におけるネットワークの重要性も学んだという。



「中田先生には、イスラーム世界で重要な役割を担っている人たちは、全員が同じ塾のOB・OGであると教えていただきました。

彼らは、もともと日本で言う松下村塾のような場所で共に学んだ仲間たちで、そのネットワークが国民国家を越えてグローバルに広がっているんです」



 タリバンを理解するには、このネットワークの存在を知ることが不可欠だという。「テロリスト」としてではなく、「塾のOB・OG」としてのタリバンを捉え直す必要があると感じた。





■重要キーワード「シン・ムガル主義」とは?

 続いて、中田氏が提唱する「シン・ムガル主義」というキーワードについても議論が及んだ。中田氏の著書において、次のような文脈で登場する。



「核兵器は言うまでもなく、重火器すら持たないタリバンが、国連加盟国すべてから『反社(反国際社会)』の汚名を着せられ、経済制裁を科されながらも、世界覇権国アメリカから賞金首として追われ、20年にわたって戦い抜き、最終的に勝利を収めることができたのは、タリバンが依拠する『何か』が、19世紀西欧的帝国主義の遺制である現行の国際秩序に対抗しうる力を有しているからに他ならない。本書はその『何か』を、1526年から1858年の間にインドを支配したムガル帝国に因んで『シン・ムガル主義』と呼びたい」(『宗教地政学で読み解くタリバン復権と世界再編』P.57)



 中田氏は「シン」という言葉のチョイスについて、こう解説する。



「もともと『ネオ・ムガル主義』という言葉がありましたが、それを『シン・ムガル主義』として流行らせたいと思っています。今、映画『シン・ゴジラ』が代表的ですけど、『シン』は世界的に広まっている日本語なんです。『シン』にはいろいろな意味がありますよね。真っ先に思いつくのは『新しい』のシン。ただ、それだけの意味では歓迎されない。次に浮かぶのは『真実』のシン、そして『神』のシン、『深い』のシン…何でも意味を持たせることができるんです」



「鬼滅の刃」がイスラーム世界と日本をつなぐ切り札に? 中田考...の画像はこちら >>



 ムガル帝国の成り立ちについても解説。

帝国の創始者バーブルはもともとアフガニスタンの出身で、ムガル帝国は現在のアフガニスタン、インド、パキスタン、バングラデシュだけでなく、さらに広範囲にわたる影響力を持っていた。中田氏は「アフガニスタンは田舎で、経済制裁を受けた貧しい国というイメージは誤りで、かつての大帝国・ムガル帝国の継承国家として捉えるべきだ」と語った。



 シン・ムガル主義は、アフガニスタンを起点にイスラーム法に基づいて拡張していく。タリバンには武闘派のイメージがあるが、実際には穏やかに「教育していく」アプローチであるという。



「タリバンは本質的には教育者で、法学者ではありません。イスラーム法を守らなかったから罰するのではなく、教育を受けていない人々を、自らが手本となり、少しずつ正していくという考え方です」



 山本氏は「覇道と王道の2つがあるとすれば、タリバンは覇道ではなく、(王道として)自らがカリフ制の後継者として徳を示し、その徳が世界を照らす。それに感化された人々が、タリバンに倣うようになるということですね」とまとめた。





■日本のアニメ・マンガが「リンガフランカ」になる可能性

 対談で最も興味深かったのは、イスラーム世界における日本のアニメ・マンガの影響力についての議論だった。山本氏は、トルコの寺子屋で教鞭をとっているが、次のように明かす。



「休憩時間になると、生徒たちはYouTubeやスマホで『鬼滅の刃』を熱心に見ています」



 さらに、「NARUTO」や「ワンピース」などの作品が、イスラーム世界の若者たちの間で共通言語として機能していることも指摘した。山本氏はこの現象の重要性を次のように説明する。



「日本のアニメ・マンガは、私とムスリムの生徒たちとの間で共通言語として機能しています。

これが、トルコだけでなく、湾岸諸国やイギリス、アメリカのムスリムたちの間でも同じ現象が起きています。彼らの共通言語は『鬼滅の刃』なんです」



 寺子屋で学ぶイスラーム世界の若者たちは、日本のアニメやマンガで描かれる学びのプロセスや師匠との関係に共感するという。



 中田氏もこう語る。



「日本のアニメ・マンガは、むしろイスラーム学を勉強している人たちの方が興味を持つんです。イスラームを学んでいない人たちはアメコミで満足するかもしれませんが、イスラームを勉強している人たちは、もっと深く通じる部分があるんです」



 山本氏は、この現象を「ウンマ(イスラーム共同体)の再興」と結びつけて解釈した。



「中田先生が長年夢見てきた『ウンマの再興』が、日本のアニメを通じて実現しているのではないかと思います。カリフ制再興や帝国の再編は荒唐無稽に見えるかもしれませんが、ムスリムの一体性は、現実に我々の目の前にあるんです」



 また、山本氏はカリフ制の議論やイスラーム研究がもっと日本で進められるべきだと訴えた。



「中田先生はこの15年間、ずっとカリフ制について語ってきましたが、それを引き継ぐお弟子さんが増えていないように感じます。欧米に比べて、日本は言論の自由が保障されていますし、イスラムフォビアもまだ少ない。私たちは、もっとこの研究でイニシアティブを示すべきだと思います」



 中田氏は「我々の遺産であるアニメ文化を活用しない手はない。まずは東アジアの中でできることを進めていく」と述べた。



取材・構成:BEST T!MES編集部

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