何が起きるか予測がつかない。これまでのやり方が通用しない。

そんな時代だからこそ、硬直してしまいがちなアタマを柔らかくしてみましょう。あなたの人生が変わるきっかけになる「視点が変わる読書」。連載第14回は、新庄耕著『地面師たち』を紹介します。





「視点が変わる読書」第15回 



不動産詐欺から見えてくる日本の会社と社員のリアル



◾️国内人気ドラマで首位を独走。世界ランキングでも3位



 私が新卒で出版社に入社した1988年はバブルまっ只中だった。



 千葉県船橋市の一軒家で両親と共に暮らしていたが、出版社の給料は悪くなく、これなら30歳を前に自分の家を持てるかもと、新聞の折り込み広告を見れば、自分が住んでいる家くらいだと船橋市でも軽く一億円超え! バブル景気によって地価が異常に高騰していたのだ。



 連日世間を騒がせていたのが地上げ屋だった。大手の不動産業者や企業に依頼され、大金をちらつかせたり、暴力で脅したりして、土地の所有者や賃貸契約者と土地売買契約や立ち退き契約を無理やり取り付け、手に入れた土地を転売して巨利を得る不動産ブローカーだ。暴力団が関わっているだけにやり口は強引で、人が住んでいるアパートに平気でブルドーザーを突っ込ませたりする。



 当時都心の商業地は坪単価2,700万円! 東京の山手線内の土地の代金でアメリカ全土の土地が買えると言われていた。



 ところが数年で好景気は泡と消え、みるみるうちに地価は下がり、1993年に私は市川市にマンションを購入することができた。購入価格は1988年の頃の5分の1。

その頃はもう地上げ屋が話題に上ることはなかった。



 



 7月25日からNETFLIXで配信が始まったドラマ『地面師たち』が大ヒットしている。国内人気ドラマランキングで首位を独走し、世界ランキングでも3位に入った。



 地面師とは土地所有者になりすまし、偽造した印鑑証明や委任状などを用いて多額の金を騙し取る不動産詐欺集団で、リーダー、交渉役、情報屋、法律屋、なりすまし役の手配など複数の人間で構成されている。ドラマではリーダーが豊川悦司、交渉役が綾野剛、法律屋がピエール瀧、情報屋が北村一輝、なりすましのキャスティングが小池栄子だが、地面師集団の冷ややかな狂気を怪演している。



 原作は新庄耕の小説『地面師たち』である。



 小説の中心に置かれているのは、東京都港区高輪の810坪の土地の詐欺。土地の所有者である光庵寺の住職、川井菜摘になりすまし、大手住宅メーカー石洋ハウスから103億円を騙し取る。



 諸々の証明書の偽造にデジタル技術が使われているものの、やり口は極めて泥臭い。面談で偽の住職を先方に本人と信じ込ませ、契約をとりつけて、金を振り込ませる。騙せたら、地面師の勝ち。偽住職と見破ったら、石洋の勝ち。

人間と人間との勝負である。



 そこに地面師事件を追う刑事もからんできて物語が膨らみを持ち、興奮に満ちたエンターティメント小説に仕上がっている。







◾️登場人物の中で最も異彩を放っている地面師リーダー



 登場人物の中で最も異彩を放っているのが地面師リーダー、ハリソン山中である。



 高校卒業後に暴力団に入ったハリソンは三十歳の時に破門された後、地上げのノウハウをいかして、土地がらみの詐欺を仕掛ける地面師となった。バブル崩壊後に東京の雑居ビルをめぐる詐欺事件の主犯格として逮捕、収監されたが、出所後は再び地面師として数々の詐欺行為を働き、巧妙に司直の手を逃れ続けている。



 ハリソンは満足というものを知らない。これだけ儲けたのだから、もう十分とは思わず、次なる興奮、エクスタシーを求め、犯行を繰り返し、地面師仲間に向かってこう嘯く。



 「……小さなヤマより大きなヤマ、たやすいヤマよりは困難なヤマ。誰もが匙を投げるような、見上げればかすむほどの難攻不落のヤマを落としてこそ、どんな快楽もおよばないスリルと充足が得られるはずです」



 その仲間も不要となれば、ためらうことなく殺す。殺すところをスマホで記録し、高級ウィスキーを飲みながら鑑賞するのだ。



 小説は地面師の泥臭い詐欺のやり口や、地面師それぞれが抱える問題、葛藤を詳細に描いていて、そこはもちろん読み応えがあるのだが、騙される石洋ハウス側のストーリーもまた面白い。



 高輪の土地購入の中心となったのは開発本部長の青柳隆史。

彼の進めていた土地購入がうまくいかず、大型プロジェクトが頓挫しかけていた。そのプロジェクトは石洋の社長の座がかかっており、もし失敗すれば、取締役止まりになってしまう。社内のライバルである商業事業部長の須永に負けたくないという思いもあり、功を焦った青柳はまんまと地面師の罠にはまってしまう。



 新庄耕はデビュー作『狭小邸宅』で、不動産会社に入社し、営業部に配属された新人社員がノルマとプレッシャー、上司からの暴力に苦しみながら成長していく姿を描き、「仕事とは何か」という根源的な問いかけをした。



 主人公の松尾は「自分にはこの仕事は合わない」、「今日こそ辞めよう」と毎日思いながらも仕事を続け、一軒の家を売ったことで自信がつき、営業成績を伸ばしていく。身なりが変わり、言動が変わり、世の中を見る目が変わり、営業マンとして順調であるように見えながら、実は身も心もぼろぼろになっていく。家を売れば売るほど高まる興奮と緊張、会社での評価、そうしたものに自分自身が取り込まれてしまったのだ。





◾️仕事を続けるほど会社の価値観から抜けられない



 三作目の『カトク』では、ブラック住宅メーカー、巨大広告代理店、IT系企業に蔓延する長時間労働やパワハラを取り締まる東京労働局の過重労働撲滅特別対策班、通称「カトク」の一員を主人公に据え、会社と個人の問題に切り込んだ。



「カトク」のメンバーである城木は過重労働に苦しむ社員や過重労働を強いる会社の経営者と対峙するうちに、日本社会全体が抱える問題に気づいていく。



 経済成長を前提とする限り、会社はより高い売り上げ目標を掲げ、それを達成していかなければならない。当然会社に大きな儲けをもたらした社員が高く評価され、地位を上げていく。社員はそれを重荷に感じながらも、評価を求めて頑張ってしまう。

一日の大半の時間を会社で費やし、仕事を続けるうちに会社の価値観に染まり、そこから抜け出せなくなる。



 『地面師たち』は新庄が初めて手掛けたエンターティメント小説で、これまでの小説とは路線が異なるように見えるが、実は延長線上にある。



 この小説は実際の事件を元に書かれた。2017年に起きた「積水ハウス地面師詐欺事件」である。住宅メーカー大手の積水ハウスが、品川区西五反田にある旅館「海喜館」の土地約600坪の購入代金55億円を騙し取られた事件である。



 実際の事件でも、会社内に問題があった。当時、積水ハウスの権力は会長と社長で二分されていた。社長は会長の力が及びにくいマンション事業で権力拡大をはかりたく、どうしても海喜館の土地を手に入れたかった。実際に指揮をとったのはマンション事業本部長で、彼は社長の強い後ろ盾のもと、土地取得を強引に進めた。社長案件に口をはさめる社員はおらず、信じ難い手抜かりが重なり、55億円が騙し取られるという結果になった。



 『地面師たち』は不動産詐欺という特殊なテーマを扱いながら、現在の日本の会社と社員のリアルを伝えている。



 



文:緒形圭子



 

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