2016年に上梓された拙著『痩せ姫 生きづらさの果てに』が重版となった。ただ、痩せ姫たちをめぐる状況もこの8年のあいだに変化したところもあり、そこを補完する必要も感じている。



 先日配信された記事「桐谷美玲、河北麻友子はもう卒業? スレンダー芸能人をさらに極めるAKB千葉恵里と『ちょうどよい細さ』とは」は、その第一弾だ。「細くて可愛い」という時代の理想を具現化する女性芸能人たちの現状について書いてみた。







 そして今回の第二弾では、第一章「不完全拒食マニュアル」のなかの「排出型2」と「援助交際」という項についての補完をしておきたい。



 まず「排出型2」ではいわゆる「チューブ吐き」に触れたが、これについていえば、明らかにカジュアル化が進んでいる。



 たとえば、昨年のドラマ「リエゾン-こどものこころ診療所-」(テレビ朝日系)の第4回に、こんな場面があった。この回のヒロインである女子高生がスマホで「摂食障害」について検索すると――。ホームセンターなどで買えるチューブの写真とともに「吐きダコもできないし、チューブ吐きオススメ!! #摂食障害 #チューブ吐き」という文章が映し出されたのだ。



 また、元AKB48の岡田奈々は自身の動画チャンネルで、この吐き方に言及。



「私は指を突っ込んで無理やり自発的に吐かせる方法だったし人によっては腹筋吐きっていって腹筋を使って吐ける人もいればチューブ吐きって言ってチューブを使って綺麗に吐ける人もいるらしいんですけど、私はそれができなかったのでいつも手が汚れてつらかったなーって。(略)当時まあそんな感じの摂食障害ライフを送っていまして」



 と振り返った。



 さらに、モデルの関あいかも自身の著書のなかで、



「特にチューブ吐きは、界隈でも本当にヤバいと言われていた。これは主に指や腹筋を上手くできない人が強制的に吐くための方法なんだけど『一度手を出してしまうと、もう“こっち側”には戻って来られない』と聞いたことがある」



 と書いた。



 ちなみに、拒食症小説の名作『鏡の中の少女』(スティーブン・レべンクロン)に、マーナという少女が出てくる。ヒロインが入院先で出会う「筋金入りの患者」だ。途中、別の入院患者からこんなエピソードが語られる。



「指じゃあ、もう吐けなくなったらしいよ、看護婦が、マーナがカテーテルを使って吐いてるところをみつけてさ、それから引出しにいっぱいのカテーテルをみつけたってわけ」



 チューブ吐きにはもっぱら市販のチューブが使われるが、医療用カテーテルのほうが危険性は低いとされる。この小説が米国で発表されたのは1978年で、邦訳が出たのは87年。当時、チューブ吐きはほとんど知られていなかった。それを思うと、驚くほどポピュラーになったし、日本のチューブ人口も激増中だ。



 そういう痩せ姫たちはSNSのプロフィール欄に、チューブ吐きをやっていることを「➰」マークで示し、使っているサイズを「内12(内径12ミリ)」などと記している。情報交換も以前より活発になり、もはや禁断の吐き方という印象は薄れてきた感さえある。





◾️巨大掲示板に書かれていたチューブ吐きの警告内容

 



 もっとも、チューブ吐きはハイリスクハイリターンとされ、巨大掲示板にはかつてこんな警告が記されてもいた。



「過食嘔吐と添い遂げる決意があるなら、おすすめする。でも、死ぬより苦しい地獄があるから気を付けて!」



 チューブ人口が激増中の今も、そこが忘れられているわけではない。

この吐き方を会得したことによる安心と不安とのせめぎあいのなかで、それでも太っているよりはマシだと言い切る人もいれば、悪魔に魂を売ったかのような罪悪感にさいなまれ続ける人もいる。



 なお、ほぼ全員に共通しているのは、チューブ吐きが世の中に広まらないことを願う気持ちだ。理由はいろいろとあるが、チューブが親などの目にとまった際、吐いていることがバレるから、というところが大きい。嘔吐の証拠(しるし)として、世間的にはまだまだ吐きダコのほうが有名だし、今くらいの広まり方なら言い逃れもしやすいのだ。



 チューブは一種の魔法道具。ただ、隠したり持ち運んだりするには不向きで、折りたたむと劣化が進んでしまう。そのあたりに頭を悩ませる痩せ姫も少なくないのである。



 それにしても、チューブに限らず、吐き方の上達は過食をエスカレートさせたりもする。そこで問題となってくるのが、食費のやりくりだ。



痩せ姫 生きづらさの果てに』では「援助交際」がそのやりくりに活かされていることにも触れた。それが「売春」となる可能性についても明記したが、その後の8年で「援助交際」は「パパ活」へと変わった。ときには「大人」という隠語で呼ばれるセックスにまで発展するとはいえ「P活」あるいは「P」と書けば、よりいっそう軽い感じになる。



 もちろん、こちらもチューブ吐き同様、危険と隣り合わせ。ただ、手っ取り早く大金が稼げるため、けっこうな数の痩せ姫がやっている印象だ。夫や恋人でもない相手と高級な食事をともにし、何万円も受け取って、なおかつあとで吐いたりするという告白をSNSで見かけると、恋愛や経済についていろいろと考えてしまう。



 それはさておき、パパ活と痩せ姫の相性は悪くない。相手の機嫌をとることがそこそこ上手いうえ、たくさん食べられる人が多いからだ。パパ活をやる男性には、若い女性にごちそうをふるまうことで満足を得る傾向もあり、また、食欲と体型のギャップが独特の魅力になったりもする。おたがいにウインウインというか、痩せ姫にとっては食べて稼げるという裏ワザにもなり得るわけだ。



 かつて「いっぱい食べる君が好き」という「カロリミット」のCMが話題になった際、とはいえ、太っていないことが大前提なのではというツッコミが入ったが、痩せ姫はツッコミ無用の存在なのである。



 ライターのツジアスカは「p活と過食嘔吐」と題した記事において「ヒリヒリした探り合いの中で、お互いをよりどころにできる瞬間がある」と指摘。パパ活女子にとって「一番大切なことはお金だ」としつつ「その次に大切なのが、自分の存在を認め、自己肯定感を高めてくれる存在がいること」だとしたうえで、こんな見方を呈示した。



「パパたちに褒められても嬉しくない、そんなの当たり前だと思う女の子たちも多いと思うけれど、それでも、やっぱり褒めてくれるひとがいる方がきっと良い。(略)パパとのコミュニケーションの中で、男の人はこんなことを言ったら喜ぶんだとか、こんな風にしてあげればお金がもらえるんだとか、そういうことを学ぶ過程で自己肯定感があがるのなら、パパ活もひとつの選択肢として認められていいと思う」



 結局のところ、人はみな、格好をつけたり、ちやほやされたりしたくて頑張っている。

先程「恋愛や経済についていろいろと考えてしまう」と書いたが、なんのことはない、性もカネも、頑張って生きていくための手段として使えばよいということだろう。



 手段といえば、チューブも本来、食べたものを吐くために開発されたわけではない。それを過食嘔吐の道具にしてしまうのが、人間のすごさでもある。



 カバンにチューブを潜ませ、パパ活に繰り出す痩せ姫もまた、現代日本のひとつの風景。チューブ吐きについては「痩せ以外のすべてを失うことになる」という見方もあるが「痩せ」さえあればなんとか生きていけるという人がいるのも現実だ。



 そんな「パンドラの箱」に唯一残った「希望」のように「痩せ」をとらえ、それを杖にするような生き方も肯定していこうというのが『痩せ姫 生きづらさの果てに』の精神でもある。それは刊行から8年がたった今も、そしてこれからの未来も変わることはない。



 



文:宝泉薫(作家・芸能評論家)



 

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