「事実無根の捏造記事」で文藝春秋に名誉毀損訴訟で勝った私から...の画像はこちら >>



今月8日、松本人志が週刊文春に対する名誉毀損訴訟を取り下げ、約10カ月に及んだ法的争いに一区切りがついた。しかし、かつて同誌から「セクハラ教授」と報じられ、7年に及ぶ法廷闘争の末に完全勝訴を勝ち取った元同志社大学教授でジャーナリストの浅野健一氏の論考を読めば、これは決して一過性の問題でないことがわかる。

過去「一方的な告発報道」を繰り返してきた文春は、今後も同様のことをやりかねないのではないか。浅野氏の『ありがとう、松ちゃん』(KKベストセラーズ)への寄稿を特別配信。今回の一件に関しても、新谷学・元文春編集長に対して「記事を裏付ける客観的証拠はないと言い切ったのは驚きだった」、喜田村洋一・文春顧問弁護士に対しては「法律家として精査したのか」と浅野氏は鋭く指摘する。(「ありがとう、松ちゃん」寄稿 #前編)



■「活字」を事実と鵜呑みにする読者=市民

「天下の『文春』が精査して記事化したのだから事実に違いない」。私は2005年11月17日発売の文藝春秋発行の「週刊文春」(以下、文春)に「『人権擁護派』浅野健一同志社大教授 『学内セクハラ』を被害者が告発!」という見出しで、「浅野教授の学内セクハラを、大学当局が認定した」と断定する4頁の記事を書かれた。その直後、テレビコメンテーターの有田芳生氏(元参院議員)、反オウム活動家の滝本太郎弁護士らが記事を鵜呑みにして、ソーシャルネットワーキング(SNS)上で私を“セクハラ教授”として糾弾した。



 犯罪報道の被疑者・被害者の実名報道主義(警察の広報に依拠)と“報道界のアパルトヘイト”であるキシャクラブ(海外にあるPress Clubとの混同を避けるため日本にしかない「記者クラブ」(1942年に現在の形になった)はKisha Clubと訳される)の廃止を主張する私を忌み嫌うメディア幹部(労使)とメディア御用文化人らは、文春記事を拡散して、私の社会的抹殺を狙った。(※本稿で言及する人物の肩書は当時のもの。)



 人権に敏感な知識人も含め、活字になったら、ほとんどの人が「火のない所に煙は立たぬ」と考えるから、厄介だ。事実無根の記事を大手メディアに書かれた場合、日本には海外にあるような報道評議会・プレスオンブズマン制度がないから、警察・検察に刑事告訴するか民事裁判を起こすしか対抗手段がない。名誉毀損を刑事事件にするのはかなり難しい。



 私は「事実無根の捏造記事」として2006年1月、株式会社文藝春秋、鈴木洋嗣文春編集長、石垣篤志・名村さえ両契約記者を相手取って名誉毀損訴訟を起こした。

請求内容は①1億1千万円の損害賠償 ②文春誌上での謝罪広告掲載 ③新聞広告欄での謝罪文掲載――の3点だった。最高裁で2010年3月、文春側に550万円の支払いを命じる大阪高裁判決(2009年5月、京都地裁判決は275万円)が確定した。



 また、文春に虚偽情報を垂れ込んだ「(私に)敵意に近い感情を持っていた」(京都地裁判決)同僚の渡辺武達氏を被告として2009年9月に起こした損害賠償訴訟でも、最高裁で2013年11月、渡辺氏(2015年に名誉教授)に71万円の支払いを命じた東京高裁判決(東京地裁判決は41万円)が確定した。しかし、文春、渡辺氏から謝罪はない。有田、滝本両氏は私の勝訴判決の直後、SNSでの投稿を削除したが、投稿の撤回表明も謝罪もない。





■松本人志氏"性加害"疑惑報道

 2023年12月27日発売の文春(2024年1月4日・11日号)は、「松本人志と恐怖の一夜 俺の子供を産めや!」というタイトルの7頁の記事を掲載した。同号は45万部が完売した。記事は、松本氏が15年に東京都内のホテルで開催された飲み会で、女性のAさんとBさんに性的行為(2人の時期は異なる)を強要したとするスクープだった。



 記事によると、2人は「スピードワゴン」の小沢一敬氏から、松本氏が参加することを伏せられたまま誘われ、松本氏と寝室でふたりきりにさせられ、「俺の子ども産めるの」などと迫られた上、キスや口淫などを強要されたと報じた。



 松本氏は1月22日、「性加害に該当するような事実はなく、記事に名誉を毀損された」と訴え、文春側に損害賠償などを求めて東京地裁に提訴した。訴状などでは「一方的な供述だけを取り上げた極めてずさんな取材」と反論。松本氏の訴訟代理人は八重洲総合法律事務所の田代政弘弁護士(元東京地検特捜部検事)ら3人。

田代弁護士は3月28日の第1回口頭弁論で、「被害を訴えた女性が誰か分からないと認否のしようがない」として記事で仮名になっている女性2人の特定も求めた。



 民事裁判のことを知らないテレビのコメンテーターたちは、2人の氏名などの開示を求めたことを一斉に非難し、文藝春秋の顧問で文春側代理人の喜田村洋一弁護士(ミネルバ法律事務所、第二東京弁護士会)「女性は『金目当て』と批判されているのに、(女性の氏名などを)求めるのはおかしい」と批判した。



 しかし、松本氏側は2人の氏名などを公表するのではなく、あくまで訴訟のために原告側に提供するよう求めている。訴訟資料についても、裁判所が閲覧制限を課せば、外部には漏洩しない。



 文春側は答弁書などで、女性2人には複数回取材し、「真実と確信した」と主張。記事のどの部分を「真実ではない」として争うのかを明らかにするよう求めた。松本さんの言動として報じた内容は「特異なもの」で、2人を特定しなくても認否は可能だと指摘した。



■本書に書くに当たって考えたこと

 ネット上で、「文春を訴えた名誉毀損訴訟で勝った人はいますか」という問いがあり、私の文春完全勝訴の判例が紹介されていた。



 本書を企画した村西とおる監督から、「浅野さんが文春の捏造記事でこうむった被害はある種のテロだと思う。よくメンタルを維持し、乗り越えて来られたと思う。他にも文春報道で自死した人もいた。松本さんの件は、裁判中で真実はこれから解明されるが、文春が個人を社会的に葬り去る危険な構造を放置していいのかという視点で、本を企画しているので、文春の体験をもとにメディア論の立場から論じてほしい」と要請があった。



 日本では、性被害の問題では、長年、泣き寝入りを強いられた被害者が多かったため、被害を告発する人を全面支援し、被害者はウソをつかないという前提で議論されることが珍しくない。特に、一部の弁護士、活動家の間では、性加害を疑われた側の無罪推定の権利、適正手続きの保証すら認めない流れがある。メディア訴訟が始まったばかりの段階で、松本氏の名誉毀損問題を論じるのはかなり難しい。本書に寄稿するかどうか悩んだが、いま、個人・団体の名誉・プライバシーと週刊誌メディアの関係を整理しておくことが必要だと考えて本稿を書いている。





■疑惑の松本氏らは実名で、被害者は仮名で告発

 私は松本氏に関する文春の7本の記事を再読した。記事の作り方が、私に関する捏造記事と共通している点が多い。見出しや引用部分の言葉は激しいが、結局、松本氏の交友関係の倫理を問う記述が多い。



 私は漫才や落語は好きな方だが、実は松本氏に特別の関心はなかった。大阪万博のアンバサダーを務めるなど“第二自民党”の日本維新の会と近しい関係にあることにも疑問を持っている。



 松本氏が、文春記事を完全否定しながら、裁判に専念するため、休業を宣言したのもよく分からない。他に方法はなかったのだろうか。



 ただ、他の芸人や有名人の不祥事とされる事案も含め、メディア報道によって社会的に抹殺されることに問題があると思う。

いくら松本氏が有名人であるとはいえ、疑惑があるからと社会的制裁を加えていいわけではない。松本氏の休業は自らの意思によるものであるが、文春報道があっての苦しい選択だったと思う。



 文春の第二報以降の記事は、第一報記事を真実と断じた上で、松本氏の行状をあれこれ取り上げて、吉本興業を含む仮名の「関係者」たちの証言を並べている。30年前の出来事も取り上げられた。



 文春記事は、松本氏の後輩芸人が“女衒”になって「SEX上納システム」を用意していたと書いているが、反論も出てきた。AV女優の霜月るな氏が文春記事を「嘘だらけ」「デタラメな記事」と批判したことが波紋を広げている。霜月氏は3月3日、自身のX(旧ツイッター)で「私は大阪のリッツカールトンでの飲み会に参加していました。記事に書いてあったギャルっぽいAV女優は私の事です」と名乗り出た。その上で「まず記事に、たむけんさんがグラビアアイドルを飲み会に誘ったと書いてありますがあれは違います」「そして携帯を没収なんて言われてもないし携帯の利用を禁止という発言なんてなかったです」「たむけんタイムなんてありませんでした」などと斬り捨てた。霜月氏は同月5日、自身のXを更新し、「なんなら、裁判で証人として出ましょうか?」と述べた。霜月氏の出廷は松本氏側に力を与えるだろう。



「事実無根の捏造記事」で文藝春秋に名誉毀損訴訟で勝った私からの警告《前編》【浅野健一】
▲霜月るな氏、村西とおる氏 写真:編集部



「週刊女性PRIME」(7月8日)によると、2019年10月、松本氏の後輩芸人から誘いを受けて、知人女性(文春記事の第2弾でD子さん)と共に松本氏の飲み会に参加したY子さんは、D子さんが“後輩芸人を使った性接待”と書かれたことに疑問を持っていると述べた。

Y子さんは「松本さんやほかの方々の言動に性的なものはまったく感じなかった」と証言した。



 文春記事では、D子さんは、「私の周囲でも大勢の子が松本さんの部屋飲みに誘われ、最後には性行為をするように仕向けられていました」と証言している。しかし、Y子さんは、D子さんが「後輩芸人を使った性接待」と書かれたことにはなかったと断じ、「私は“上納”されてない」と主張している。文春記事の根拠がここでも崩れつつある。



 文藝春秋の新谷学総局長は3月2日に公開されたYouTubeチャンネル「ReHacQーリハックー」の動画企画「あつまれ!経済の森」に出演し、「あくまで密室の中でのことで、松本さんサイドは客観的な証拠がない、無理やり合意もないままにそういう行為に及んだということを裏付ける客観的な証拠がないとおっしゃってますけども、被害女性いわく、携帯も取り上げられているような状況の中で、客観的な証拠を残すのは不可能だと思う。そこに合意があったのかなかったのかは、松本さんの証言と被害に遭われた方の証言しかないので、『やったやらない』的な双方の証言のどちらに説得力があるかを、裁判所が判断するという裁判になるのかなと」と語った。



 新谷氏は元文春編集長で、記事を裏付ける客観的証拠はないと言い切ったのは驚きだった。





■報道被害と報道加害の両方を弁護する喜田村洋一弁護士

 松本氏の代理人の田代弁護士と文春側代理人で「文春の守護神」「名誉毀損のエキスパート」とされる喜田村弁護士は小沢一郎衆院議員(当時、民主党代表)の資金管理団体を巡る「陸山会事件」で浅からぬ因縁がある。当時、喜田村氏が小沢氏の代理人、田代氏が特捜検事として法廷に立った。12年に小沢氏に無罪判決が言い渡されているが、田代検事は被疑者だった石川知裕秘書の捜査報告書に虚偽の記載をしたとして、法相からは、減給6ヶ月、100分の20の懲戒処分を受け、検察官を辞職した。



 文春顧問の喜田村弁護士は、私が原告になった文春裁判でも、被告・文春などの代理人となり、渡辺氏が改ざんした疑いが濃厚と判示された電子メールなどを裁判所に出すなどの失態があった。



 喜田村氏はリベラルな公益社団法人・自由人権協会の代表理事でもある。

元雑貨輸入販売会社社長・三浦和義氏(2008年死去)が無罪判決を受けたロス銃撃事件で弁護団長を務めた弘中惇一郎弁護士と共に、弁護団の中心にいた。私が1994年に山際永三・「人権と報道・連絡会」事務局長(映画監督)らと参加したロサンゼルス現地での調査では、喜田村氏と1週間一緒だった。喜田村氏は現在、文春の他、読売新聞、NHK、講談社、中日新聞など企業メディアの代理人を務めている。元日産自動車取締役グレゴリー・ケリー被告の弁護人も務めた。



「ザ・ドリフターズ」で活躍した故・仲本工事氏(22年10月に交通事故で死亡)の妻で歌手の三代純歌氏が今年2月27日、「週刊新潮」「女性自身」「週刊女性」の記事で名誉を毀損されたとして、発行元の3社に計8250万円の損害賠償を求め、東京地裁に提訴した。その三代氏の代理人が喜田村氏だ。ここでは報道被害者に寄り添っている。



 喜田村氏には、『報道被害者と報道の自由』(白水社、1999年)という著書もある。



 かつて同じ事務所にいた弘中氏は「喜田村さんはメディア訴訟で報道加害の新聞社・テレビ局・出版社の代理人を引き受け、同時に、報道被害者の代理人も務めているが、私にはそういう器用なことはできない。どちらかに徹するべきではないか」と指摘している。



 喜田村氏は2009年2月17日の朝日新聞朝刊 第3社会面に掲載された〈(MediaTimes)名誉毀損、新潮社長に賠償判決 直接関与なくても責任〉という見出しの記事で、真実ではない内容の週刊誌報道で名誉を傷つけられた場合、発行元の社長個人も賠償責任を負うべきだとした東京地裁(同2月4日)についてコメントしている。



 問題となったのは、「週刊新潮」が2005年に5回にわたって掲載した、貴乃花親方夫妻をめぐる報道。夫妻側は虚偽の報道で社会的評価を低下させられたとして、約3750万円の損害賠償を求め、判決は、貴乃花親方が二子山部屋の継承をめぐって遺産を独占しようとした、などと指摘した内容がいずれも真実ではないと認め、375万円の支払いと謝罪広告の掲載を、新潮社側に命じた。



 朝日新聞記事の中に喜田村氏のコメントがある。



〈一方、名誉毀損訴訟に詳しい喜田村洋一弁護士は「裏付けのない報道を繰り返した悪質さから、社長に対する責任も認めたのではないか。正確な報道を心がけていれば、判決が直ちにメディアの萎縮効果を生む、ということにはならないと思う」と話す。



 出版社は判決に反発する。文藝春秋社は「編集という報道機関の特性を理解していないものだ」とコメントした。同社も編集権の独立が前提だが、週刊誌については仮目次の段階で担当常務や役員、社長室長らがチェックし、必要に応じて原稿執筆段階でも弁護士に相談しているという〉



 喜田村氏は今回、文春の顧問弁護士として、松本氏の疑惑記事にGOサインを出したと思われる。喜田村氏は法律家として、「裏付けのない報道ではないか」「正確な報道を心がけているか」を精査したのだろうか。





■私も「週刊文春」捏造記事被害を受けた

 今は普通に使われている「報道被害」は私が最初に使った用語だ。1984年に共同通信記者としてメディアの人権侵害を告発する『犯罪報道の犯罪』(学陽書房)で使った時、朝日新聞はコラムで「マスコミを加害者呼ばわりするのか」と非難した。



 私は、マスメディアによる人権侵害を調査研究している中で、週刊誌ジャーナリズムについて、強い問題意識を持ってきた。特に「週刊文春」と「週刊新潮」は、公人の疑惑、疑獄に切り込む一方で、匿名あるいは紛争の一方当事者の主張のみにもとづいて、強引なストーリーを創り出し、冤罪やスキャンダルによる被害を作り上げてきた。



 文春の報道加害の典型が、「情報の銃弾」を浴び続けた三浦和義氏の「ロス銃撃事件」報道だ。三浦氏の無罪判決が確定しているが、これによる報道被害も、1984年1月、「週刊文春」が「疑惑の銃弾」の連載を始め、保険金殺人という疑惑をかけられたことに端を発したものだった。そして、報道各社の社会部記者は、「文春」が創ったストーリーを自ら確認せず、無責任で無定見な報道が重なり合って犯人視報道が展開され、深刻な冤罪(2003年に三浦氏の無罪確定)が発生する原因となった。これは、私人へのリンチであり、調査報道とは無縁なものであったと言わざるを得ない。



「事実無根の捏造記事」で文藝春秋に名誉毀損訴訟で勝った私からの警告《前編》【浅野健一】
▲文春の「銃弾」を浴びた三浦和義氏 写真:アフロ



 また、私自身も前述のように、文春による深刻な被害を被った。全国紙などに載った同誌の新聞広告の見出しに私の実名が入った。文春記事は、同志社大学大学院社会学研究科メディア学専攻の渡辺教授の指導を受けていた中谷聡、三井愛子両氏(申立当時は大学院博士後期課程学生)の大学のハラスメント委員会へのウソの被害申立てにより、同委員会が審理中の事案について、渡辺グループ(大阪高裁判決は2004年結成と認定)への取材だけで書いていた。渡辺氏は、「浅野教授のセクハラを大学当局が認定」という虚偽情報を文春に垂れ込んだ。



 大阪高裁の判決は、私が事実について争った5点について全て私の主張を認めてハラスメントを完全否定し、そのずさんな取材の実態を厳しく批判・指摘。賠償を認め、渡辺氏が自身の指導する大学院学生の三井、中谷両氏を使ってハラスメント被害を捏造し、大学の委員会に申立てをさせて、私の社会的抹殺を狙って文春に垂れ込んだと認定した。高裁判決は、文春側が証拠として提出した渡辺氏作成の電子メール複写などを改竄した痕跡があると断じた。本来、学内のハラスメント委員会などで解決すべき事案を週刊誌に持ち込み、私の名誉を毀損しただけでなく、同志社大学の信用を失墜させたと判示した。つまり、文春は渡辺氏の一方的な主張の裏付けも取らず、真実と決めつけて報道したという判決だった。
一方、中谷、三井両氏のハラスメント被害申立てについて、大学の委員会は民事裁判終結後の2013年8月「ハラスメントはなかった」と決定し、申立てを却下した



 文春裁判では完全勝訴したが、被告の文藝春秋、当時の編集長、契約記者2名は人権侵害記事を撤回せず、私に謝罪していない。ネット上には今も、「週刊文春」の記事が残っており、記事を真実としての論評も消えていない。



『ありがとう、松ちゃん』より構成〉

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