2024年9月26日大阪高裁は、元大阪市長で弁護士の橋下徹氏が起こした名誉毀損(きそん)裁判の請求をすべて退けた。訴訟相手は、れいわ新選組共同代表の大石あきこ衆議院議員。

発端は、大石議員が日刊ゲンダイのインタビューで、大阪府知事及び大阪市長時代の橋下氏について「気に入らない記者を袋だたきにする」などと語ったことだ。裁判は、当サイトでも報じたように被告側有利に進行していき、一審二審共に記事の内容や意見は論評の範囲内であり、名誉毀損にあたらないと判断された。訴訟を起こされてから約2年半もの月日が経つ。国会議員として仕事をしながら、弁護士と裁判についての打ち合わせ、家族との時間…どのように日々を過ごしていたのだろうか。大石議員に当時の心境や多忙な日々のこと、そして裁判にかかった費用、橋下氏のようなスラップ訴訟で言論を封殺しようする輩について思うこと、直接質問してみた。(取材日:2024年11月14日)



■新人議員が橋下徹から訴えられて「結構嬉しかった」ワケ

 



 彼女に直接話を聞けたのは総選挙の後。二期目の当選祝いを伝えると「ありがとうございます」とにこやかに返してくれた。裁判を起こされた当時は新人議員で、右も左もわからない状態でのスタートだった。そんな状況で橋下氏から訴状が届いたとき、どんな気持ちだったかのか。



「裁判所から届く封筒って独特なんですよね。あの時初めて見ましたから。『なんやろ?』と思って開けてみると『原告橋下徹、被告大石晃子』と書いてある書類が出てきたんです。

もう、びっくりしましたよね。まさか訴えられるとは思っていませんでしたし。



でも、橋下徹と対等な土俵で戦えるとも思ったんです。大石あきこという言論人、政治家を世に訴えていく大きなチャンスだと。相手が有名なので(大きく取り上げられるから)名前も広まるだろうということで、結構嬉しかったですね」



 通常ならパニックに陥りそうな状況だが、むしろプラスに捉えていたというから驚きだ。橋下氏から訴えられたと聞いて、家族の反応は。



「家族は落ち着いていましたね。なんでかと言いますと、私は2008年にも府知事の橋下さんに噛みついたことがあるじゃないですか(※1)。そのとき、ネットの掲示板で大炎上したんです。家族も『コイツとんでもないことをしでかした』と思っていたはずですが、何も言わずに『頑張れ』『応援してる』と言ってくれました。



それから10年経って、私が『大阪府の職員辞めて府議会議員になる』と言ったときも、『突拍子もないこと言いやがって』と内心感じていたと思います。しかも、私落選してますからね(笑)。



その後『国会議員になる』と伝えたら『頑張りや』って送り出してくれて。多分、2回の騒ぎで免疫ができていたんでしょうね(笑)。だから橋下さんに訴えられたときも何も言っていませんでした。



ただ、私の政治活動をそうやって見守ってくれているのはありがたいと思っています」



 裁判の被告となっても、もちろん国会議員としての職務を果たさなければいけない。国会会期中は委員会質疑やその準備、その他支援者からの陳情対応、地元での活動などやることが山程ある。その合間をぬって弁護士との打ち合わせ、どうやって訴訟への時間を確保していたのだろうか。



「振り返るとよくこなしたなと思います。あの頃は秘書も国会の仕事が初めてだったんです。だから進め方もわからない。



YouTubeなど、動画制作もありましたし、更に『維新ぎらい』(講談社)という本の出版も決まっていたので執筆もある。



しかも私は党の政策審議会長にもなったので、法案についての議論も責任者の立場でした。全部が同時進行なので、秘書ともどもパニックになりながら進めてましたよ。

どうやって時間見つけたんでしょう(苦笑)。本当に忙しすぎて思い出せません。多分寿命縮んでいると思います(笑)」



 当時はコロナ禍で接触が避けられていたのもあって、弁護団との会議はリモートをよく活用していたそうだ。裁判も一部リモートで進行した。



「時間が確保できたのは、支えてくれる周りの人々、家族やスタッフ、秘書の皆さんが私を支えてくれたのが大きいと思います」



※1:大石議員は元大阪府の職員。府知事に初当選した橋下氏に大石議員が真っ向から反論した様子がテレビで流れてしまい、猛批判をされたことがある。





■普通のサラリーマンでは払えない金額で裁判を闘っていた

 



 裁判はお金の問題がついてまわる。松井一郎氏から訴えられた水道橋博士も、高額の裁判費用で生活が苦しくなったことを告白していた。大石議員は、どれだけの額を裁判に使ったのだろうか。



「細かい部分は申し上げられませんが、一審二審合わせてざっくり1000万円ぐらいかかっています。まず地裁と高裁それぞれに対する着手金。それと裁判で勝ったら成功報酬も払います。

金額は裁判の社会的意義だったり、弁護士さんの人数や実働時間だったり、依頼者の支払い能力だったりで変わると思います。



私は、現職の国会議員だったので何とか払えました。普通のサラリーマンの方は大変だと思います」



 大石議員の弁護団は、弘中惇一郎弁護士を団長として全部で6名。仮に代理人が一人だったとしても結構な金額がかかるであろう。



 これまで橋下氏は訴訟を起こすことで、批判してきた人の口を封じてきたが、彼の手口を報じたメディアは少ない。今回の報道についても疑問が残る。最初の記者会見では、新聞やTVを筆頭に多くのメディアから記者が参加していたが、徐々に数は減っていった。一審判決後の会見も、在阪メディアでは関西テレビが報じたくらい。新聞では読売と産経がWEB記事で流した程度で終わっている。当事者としてどんな気持ちだったのだろう。



「私が勝ったことで橋下さんは恥をかいた。メディアの扱い次第では、こんな訴えをしたら恥ずかしいんだぞっていう抑止力になると思います。

扱いが小さかったのは悔しいですね」





■入念な準備をした証人尋問だったが、肩透かしをくらう

 



 大石・橋下裁判で一番の山場は、被告である大石議員が証人として出廷し、原告と被告双方から尋問を受けた法廷だろう。



 原告側(橋下氏)の主張の一つに、大石議員の発言は真実ではなく、「自分はメディアに対してアメもムチも使っていない」というものがある。



 しかし、被告側(大石議員)は「アメ」の実例を示した。MBS(毎日放送)で放映された「撃撮スクープ」という番組で、特別取材をさせたことが証人尋問で明らかにされたのだ。この証拠はいつ発見したのだろうか。



「日刊ゲンダイのインタビューを受けたときから(撃撮スクープを)念頭に入れてました。その番組からは『橋下徹に喧嘩を売った女性職員は今』みたいな感じで取材がきて、インタビューにも答えたんです。つまり私も出演者の一人です。自分が出ている番組なら見ますよね。だから最初から知ってて『アメとムチ』と言ったんです。



すぐに証拠提出しなかったのは、他のアメ(架空の利益)の立証を優先したかったことや、DVDを入手して、文字起こしして、私が言った『アメ』を証明するための論理展開や、番組内での映像、MBSと橋下さんがお互いに利益になるようなナアナアの部分をセレクトするのに時間がかかりました。



後は、私と弁護士さんとのすり合わせを丁寧にしたかったからです」



 証人尋問に臨むにあたり、大石議員側は入念な準備をしてきたという。

前述の通り、橋下氏が起こした別の裁判で向こうのやり口を知っていたからだ。大阪府職員として証人尋問に出てきた彼女へ橋下氏は、「あなたは一般職員で行政の仕組みはわからないでしょ」と印象操作を仕掛けてきた。



 今回は橋下氏が自ら原告かつ弁護士として尋問してきた際のシミュレーションや、出てこなかったときの備えもしていたという。



「被告側の尋問で弘中弁護士が『大石さんが橋下さんを知事と呼んでいるのは元上司だからですよね』と聞いたんです。それは『知事と呼んでいるのに証拠には(大阪)市長時代のもあるじゃないか』と、向こうに揚げ足取りをさせないためでした」



 細部まで注意を払って対策したにも関わらず、橋下氏側代理人から出てきた質問は肩透かしを食らうほど稚拙なものばかり。それでも大石議員と弁護団は油断することなく裁判を進めていった。



「裁判って選挙と同じで、自分の手応えと結果が違うことが当たり前にあります。『勝てる』と思っていたら勘違いを起こしてしまうので、常にベストを尽くすしかないんです。



弁護士さんは非常に慎重で『こっちが有利ですね』とは言いません。私も聞かないようにしていました。でも、あの裁判に関しては『尋問に関してはこっちが押しましたね』という評価をもらっていたんです。それは『勝てるかも』というより『このままいこう』という感じです」



 控訴審判決も被告の勝利。原告側は上告することなく裁判は終結した。





■「言論の自由を守る」「メディアの在り方を示す」と訴えた理由とは

 



 大石議員と弁護団は「この裁判はメディアの姿勢も問われている」と言い続けてきた。しかし在阪メディアは、維新の会や橋下氏に対して、今でも及び腰である。東京も大して変わらない。安倍内閣、菅内閣の致命的な不祥事(森友学園問題に伴う財務省の公文書改ざん、安倍晋三総理の暴力団への選挙妨害依頼、東北新社接待問題、日本オリンピック委員会経理部長の謎の自殺等々)についておざなりな報道を繰り返してきた。



 裁判の結果が出ても変わらぬ報道姿勢について思いを聞いてみる。



「この10年間ずっとそうですよね。私自身もそうですけど、広報のような報道に慣れてしまっている。私ももう半分諦めてしまっていた。でも、弁護士さんに『この裁判は、メディアにも言っているんだよ』と言ってくれたのはすごく救われた」



 大石議員は橋下氏だけではなく、元TBSワシントン支局長・山口敬之氏からも名誉毀損で訴えられた(※2)。こちらの裁判も大石議員側が勝訴している。こうした「いわれなき訴訟」をストップさせる一つの方法として、「反スラップ訴訟法」制定を望む声が一部にはある。この法律について聞いてみる。



「反スラップ訴訟法は必要だと思います。でも、何でもかんでも適用すればいいとは思いません。『訴える権利』というのも保障されるべきですし、鋭い批評についての公益性も担保されるべきだからです。



私自身も国会議員になって、あらぬことを言われてきたことがあります。例えば、この間は政治資金収支報告書のミスを訂正した後の書類を出してきて、『裏金議員』なんてレッテル貼りもされました。ミスの修正と意図的に隠したのとでは、全く違うわけじゃないですか。しかも選挙前にデマが流されたので政治活動の妨げにもなりました。法的措置も検討したのですがやりませんでした。理由は、『裏金議員を追求していた議員が、もし裏金議員だったらどうするんだ?』という公益性の部分です。その論評は議員として許容しないとダメじゃないですか。でも、悪意をもってデマをぶつけてくる方もいるわけです。



私は3年間の議員活動を通して、国会議員という立場にある者が、法的措置を取れないのはおかしいと思いました。公益性が高い言論は謙虚に受け止めなければいけない。その辺りの兼ね合いは難しいですが」



■スラップ訴訟で言論封殺を仕掛ける輩へ



 最後に大石議員、橋下氏のような“気に入らない相手へ訴訟を仄めかす不埒な輩”に背筋を正す一言をお願いしてみた。



「『ええ加減にせえ!』です。私の例で言いますと、かかった費用1000万円は、議員歳費の半年分です。私みたいに大胆な言論をしてくる人を潰すために裁判を起こそうってなれば、国会議員も一般の人も萎縮する金額ですよね。だから、『ええ加減にせえ!』なんです」



 インタビュー中に印象的だったのは、しっかりと頷いて、こちらの言葉を遮ることなく耳を傾ける姿勢だ。言論において重要な「聞く力」を持っている方だと感じた。



 そして自らの言葉で発信する力を持っている。しかしながら反発する人が多くいるのも事実である。「裏金議員」とデマが流されたのが証拠だ。



 今は、SNSや動画を通じて誤情報を大量に流布させることが可能な時代。だからこそメディアは常に権力者や扇動者へ監視の目を向けるのが必要だろう。大石議員が記者会見で繰り返してきた「言論の自由を守る戦い」「メディアは権力を監視する役目を思い出してほしい」という訴えに耳を傾けるべきは、我々メディアはもちろん、すべての国民と言えるだろう。



※2:2019年12月、山口敬之氏が、フリージャーナリストの伊藤詩織氏に対して名誉毀損裁判を起こした際、大石氏は「伊藤詩織さんに対して計画的な強姦をおこなった」「1億円超のスラップ訴訟を伊藤さんに仕掛けた、とことんまで人を暴力で屈服させようという思い上がったクソ野郎」と山口氏を非難したことが名誉毀損だとして訴えられた。2024年3月、大石氏は高裁で逆転勝訴している。



                          取材・文:篁五郎

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