「イノベーションの理論の父」と呼ばれるシュンペーター。彼の理論や、彼の理論を受けた現代の理論について解説し、シュンペーターの理論が今日の資本主義の本質を理解する上でも極めて有効であることを示した中野剛志氏の新刊が話題だ。

入門 シュンペーター』(PHP新書)から「まえがき」を抜粋する。





  



 「創造的破壊」という言葉を聞いたことはありませんでしょうか。



 「創造的破壊」というのは、例えば、スマホがガラケーを駆逐したように、新しい製品や組織が生まれて、旧い製品や組織を打ち負かすという、イノベーションの姿を表したものです。



 この言葉を広めたのは、ジョセフ・アロイス・シュンペーターす。



 シュンペーターは、ジョン・メイナード・ケインズと並んで、二十世紀最大の経済学者とみなされています。



 シュンペーターが活躍したのは二十世紀前半ですが、今日もなお、イノベーションの理論家として、特にビジネス界では大変人気の高い経済学者です。



 もっとも、「シュンペーター」という名前は知っていても、彼の著作を実際に読んだことがあるという人は、なかなかいないのではないでしょうか。



 本書(『入門 シュンペーター』)は、そのシュンペーターの理論をわかりやすく解説した入門書です。





 日本は、一九九〇年代以降、三十年もの長きにわたって、経済が停滞しています。



 そして、日本企業は、イノベーションを起こせなくなったと言われています。



 そんな日本経済や日本企業にとって、イノベーションの理論の父とも言うべきシュンペーターから学ぶことは、非常に重要であろうと思われます。



 もっとも、シュンペーターの著作は、およそ八十年から百年も前に書かれたものです。



 「そんな昔の経済学者によるイノベーションの理論を学んでも、現代の世界では役に立つはずもない」と思われるかもしれません。



 しかし、それは、まったく違います。



 例えば、社会学者のフレッド・ブロックは、二〇一七年の論文の冒頭で、次のように書いています。



 七十五年後に、シュンペーターの『資本主義・社会主義・民主主義』に立ち戻ることは、骨董いじりなどではまったくない。その反対に、現代の我々が置かれた政治経済状況を理解しようとする者にとっては、決定的に重要なことである。



 ちなみに、このブロックという人は、二〇一三年に、『ニュー・リパブリック』誌の「イノベーションに関する最も重要な三人の思想家」にも選ばれた研究者です。



 シュンペーターの古典的著作は、現代のイノベーション研究の最先端を走る研究者たちに、今もなおインスピレーションを与え続けているのです。



 そこで、本書は、このシュンペーターの主な著作について、初心者でも分かるように平易に解説していきます。



 ただし、単にシュンペーターの著作を解説するのではなく、シュンペーターの影響を受けた現代の理論についても紹介していきます。



 そうすることで、シュンペーターの理論が、今日(こんにち)の資本主義の本質を理解する上でも極めて有効だということを明らかにしていきます。





 そして、日本経済が長い停滞に陥り、日本企業がイノベーションを起こせなくなった理由についても、はっきりすることでしょう。



 その理由とは、「シュンペーターの理論とは正反対のことをやり続けたから」です。

これに尽きます。



 おそらく、本書を読んだ方の多くが、シュンペーターの天才ぶりに舌を巻くことでしょう。そして、「目からウロコが落ちる」という経験をし、資本主義に対する見方を大きく変えることになるでしょう。



 本論に入る前に、シュンペーターの生涯と、社会科学における彼の影響の大きさについて、簡単に紹介しておきます。



 ジョセフ・アロイス・シュンペーターは、一八八三年に、オーストリア=ハンガリー帝国領のトリーシュという小さな町に生まれました。この町は、現在はチェコ領になっています。



 一九〇一年にウィーン大学法学部に入学し、そこで経済学者フリードリヒ・ヴィーザーの指導を受け、大学卒業後の翌年、すなわち一九〇六年に法学博士号を取得しました。



 一九〇八年に処女作『理論経済学の本質と主要内容』を発表し、一九一二年には、本書でも採り上げる『経済発展の理論』を発表して、新進の経済学者としての名声を確立しました。



 第一次世界大戦後には政治や実業の世界にも進出し、一時期、オーストリアの蔵相を務めたり、銀行の頭取に就任したりしたこともありましたが、うまくいかなかったようです。



 一九二五年にはオーストリアを離れてドイツのボン大学に移り、一九三二年にはアメリカに移住してハーバード大学の正教授となりました。この間の一九三一年には日本を訪問して、日本の経済学界にも大きな影響を与えました。



 ハーバード大学では、シュンペーターは、数多くの学生を指導しました。

その中には、ポール・サミュエルソン、ポール・スウィージー、ジェームズ・トービン、ハイマン・ミンスキーなどが含まれます。いずれもその後の経済学の発展に大きな貢献をした経済学者ばかりです。特に目を見張るのは、彼らの思想や学派が、主流派経済学、ポスト・ケインズ派、マルクス主義など、実に多種多様だということです。このことからも分かるように、シュンペーターは、学生に自分の思想を押し付けるような人ではなく、また、生前、学派を形成するようなこともありませんでした。



 シュンペーターの主な著作には、『経済発展の理論』のほかにも、『景気循環論』『資本主義・社会主義・民主主義』『経済分析の歴史』などがありますが、いずれも大作です。





 本書(『入門 シュンペーター』)では、特に『経済発展の理論』と『資本主義・社会主義・民主主義』を中心に解説します。



 シュンペーターは、一九五〇年に、この世を去りました。



 シュンペーターが後世の社会科学に与えた影響は、計り知れないものがあります。



 経済学という学問に大きな影響を及ぼしたことについては、言うまでもありません。



 しかし、シュンペーターは、狭い意味での「経済学者」ではありませんでした。もっと壮大な社会科学の理論家だったのです。しかも、非常に独創的でした。



 今日、イノベーションに関する研究が著しく発展していますが、その出発点となったのは、明らかにシュンペーターです。イノベーションの研究者で、シュンペーターの影響から逃れている人はいないと言っても過言ではないでしょう。



 シュンペーターの『資本主義・社会主義・民主主義』は、企業の組織形態や戦略の重要性に光を当てたものですが、この書は、産業組織論や企業戦略論への道を拓くものでした。



 シュンペーターの『景気循環論』は、歴史的な視点から資本主義の発展過程を分析したことで、その後の経営史研究の先駆けとなりました。



 また、シュンペーターの多大な影響を受けて、「進化経済学」という新しい分野が誕生し、大きく発展しています。



 ほかにも、経済を社会学的なアプローチで分析する「経済社会学」という分野があります。この経済社会学を開拓した先駆者には、カール・マルクス、マックス・ウェーバー、エミール・デュルケーム、カール・ポランニーに加えて、シュンペーターの名も挙げられています。



 さらに、『資本主義・社会主義・民主主義』は、民主主義についての新しい見方を提示し、民主的過程を分析する政治学の発展に貢献しました。



 そして、シュンペーターの『経済分析の歴史』は、経済学説史という分野におけるバイブルとなっています。



 それでは、早速、シュンペーターの著作をひもといてみましょう。



 まずは、イノベーションの理論の金字塔『経済発展の理論』から始めます。



 シュンペーターは、イノベーションについて、どんなことを語っていたのでしょうか。



 



※中野剛志著『入門 シュンペーター』(PHP新書)から抜粋



 



文:中野剛志



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