「インフル新薬」には飛びつくな!感染症の賢人・岩田健太郎が「...の画像はこちら >>



今シーズン、インフルエンザが猛威を振るっている。治療薬は新薬を含め複数の選択肢があるが、実際の臨床現場ではほとんどが「タミフル」で対応できるという。

『インフルエンザなぜ毎年流行するのか』(KKベストセラーズ)の著者で感染症専門医の岩田健太郎氏が、理想的な治療薬の選び方と、新薬や点滴に踊らされない賢い患者の心得を解説する。



■インフルエンザ治療薬のさまざま

 インフルエンザと対峙する方法はワクチンだけではありません。ちゃんとインフルエンザに効果があるおくすりもあるのです。



 歴史的に一番有名なのは「アマンタジン」という名前の薬。でも、この薬はAとB、2種類あるインフルエンザのAにしか効かないですし、薬剤耐性ウイルスも多くなりました。というわけで、この薬はもはや歴史的な存在、現役引退となってしまったのです。短い間だったけど、応援ありがとうございました! という感じです。



 近年、インフルエンザの治療薬の主流はアマンタジンのような古い薬から、インフルエンザAとBの両方に効果がある「ノイラミニダーゼ阻害薬」というタイプの薬に変わりました。現在使われているインフルエンザの治療薬のほとんどが、この「ノイラミニダーゼ阻害薬」に分類されます。



 初期のノイラミニダーゼ阻害薬は飲み薬の「タミフル(オセルタミビル)」と吸入薬の「リレンザ(ザナミビル)」でした。その後、点滴で投与する「ラピアクタ(ペラミビル)」と長期吸入薬の「イナビル(ラニナミビル)」が加わり、現在ノイラミニダーゼ阻害薬のラインアップは4種類あります。



 では、どのノイラミニダーゼ阻害薬が一番、効果が高いのか? 皆さんの興味関心もそこにあるのではないでしょうか? 



 答え、どれも似たり寄ったり。

治療効果に違いはありませーん。なーんだ、どれでもいいんだ。



 しかしながら、ぼくはこの中で一番よく使うのは「タミフル」です。次に使うのは「リレンザ」。で、「ラピアクタ」と「イナビル」はほとんど使いません。



 理由を今から説明しますね。





■日本人の「点滴信仰」

「ラピアクタ」は注射薬です。だから、外来で「インフルエンザ」と診断されたら、処置室とかで看護師さんに点滴をつないでもらい、そこで治療しなくてはなりません。



 冬は病院が忙しい季節です。インフルエンザのような感染症が流行しますし、心筋梗塞のような血管の病気も増えます。忙しい外来で、処置室のベッドを埋めて、看護師さんたちに余分な仕事をしてもらうのはあまり効率的なやり方とは言えません。



 もちろん、それで患者さんがよけいによくなるのならば、いいのかもしれませんが、前述のようにノイラミニダーゼ阻害薬の治療効果はどれも似たり寄ったり。

とくに、ラピアクタだからといって効きがよくなるわけではないんです。



 話はちょっとずれますが、日本では患者さんの「点滴信仰」みたいなものがあり、点滴を打つと元気になると信じておいでの患者さんがとても多いです。



 真っ赤な間違いです(まじで)。



「いわゆる」点滴には、水と塩と砂糖しか入っていません。ときどき、それにビタミン剤とかが入っていることもありますが、まあどれも「気休め」なものです。ラピアクタも他のノイラミニダーゼ阻害薬と効果は違いません。要するに、イメージだけが先行しているのですが、点滴だからいいってことはないのです。看護師さんは貴重な人的リソースで忙しいので、もっと患者さんの役に立つことにその能力をふりむけるべきです。



 それに、インフルエンザは感染症で周りの人に伝染ります。ですから、ぼくはできるだけ速くインフルエンザを診断して、治療して、患者さんが病院の外にすぐに出られるよう最大限の配慮をします。ずっと病院の中にいれば、待合室などで他の患者さんに伝染したり、医療従事者に感染させたりするからです。スタッフはほとんど全員インフルエンザ・ワクチンを打っていますが、すでに述べたようにワクチンは完璧ではありません。

スタッフがインフルエンザを発症すると感染対策のために仕事を休まねばなりません。それだけ医療のパワーダウンになり、結局は患者さんの迷惑になります。



 お分かりでしょうか。処置室で30分とか1時間かけて点滴の薬を落とすと、その間、周りの患者さんや看護師さんにインフルエンザを感染させるリスクが増すのです。なのに、治療効果は上がらない。これはあまりにも稚拙なやり方です。



 だから、ラピアクタは入院が必要で口から薬を飲んだり吸入ができない患者に限定した薬ということになります。外来で使うのはあまりに非戦略的すぎます。ちなみに、仕程、「気休め」と書いた「点滴」も口から飲めない患者さんに対しては脱水を防いだり治療する非常に効果的なツールになります。医療はたいてい、「よい、わるい」で切ことはできず、「適・不適」だけがあるのです。手術の必要がない人に手術するのは悪いことですが、必要な人には手術はよいことです。ま、そういうことです。



■ イナビルはインフルに効かない?

 さて、海外で行われた臨床研究で、イナビルの効果はプラセボ群(いわゆる偽薬群)と比べて差が見られませんでした。つまり、イナビルはインフルエンザには「効かない」ことが示唆されたのです(Efficacy and Safety Study of Laninamivir Octanoate TwinCaps® Dry Powder Inhaler in Adults With Influenza-Study Results ClinicalTrials.gov[Internet].[cited 2018 Aug 20]. Available from: https://clinicaltrials.gov/ct2/show/results/NCT01793883)。



 というわけで、ぼくは日常診療のインフルエンザ治療にはラピアクタもイナビルも使いません。あと、リレンザも吸入が難しい患者さん(とくに高齢者)も多いので、結局、ノイラミニダーゼ阻害薬ではタミフルを使うことが圧倒的に多いです。



 というか、そもそもノイラミニダーゼ阻害薬を使わなければならない、ということもないのです。インフルエンザは基本的に自然治癒する感染症で、絶対に病院受診が必須というわけではありません。しんどかったら受診して薬をもらってもよいですが、待ち時間がイヤ、とか家で寝ていたい、という人は無理して医療機関に来なくても家で寝ていれば(たいてい)治ります。



 また、発症48時間以上経つとインフルエンザにノイラミニダーゼ阻害薬は効果がなくなります。ですから、こういうときはどっちみちタミフルなどは使えません。ぼくはこういうとき、桂枝湯など漢方薬を出すことが多いですが、アセトアミノフェンなどの対症療法でも良いと思います。ボルタレンなどのNSAIDsと呼ばれる薬は脳症やライ症候群といった重症合併症のリスクがあるため、やめておいたほうがよいです。ときどき医者も間違って出してることがありますね。

注意、注意。



 まあ、そんなわけで、インフルエンザの治療といってもいろんな選択肢があるわけです。必ずしもひとつのやり方に固執しないことも大事です。



■高い新薬にすぐ飛びつくな

 ときに、最近、「ゾフルーザ(バロキサビル)」という新しいインフルエンザの薬ができました。ノイラミニダーゼ阻害薬とは異なる作用でインフルエンザ・ウイルスに効果があり、タミフルと異なり、一回飲むだけで治療が終了するという薬です。なんか、便利ですね。



 ところが、です。この新薬 (Hayden FG, Sugaya, Hirotsu, N, Lee N, de jong MD, HurtAC, et al. Baloxavir for Uncomplicated Influenza in Adults and Adolescents. New England Journal of Medicine. 2018 Sep;379(10):913-23.)、小児についても有効性を示すデータがありません。何より副作用や他の薬との相互作用の情報も十分ではありません。大人の研究では治療効果はタミフルと引き分けでした。要するに「タミフルくらい効くけど、子どもではよく分からない。安全性も分からない」という薬です。

お値段はタミフルよりも高いです(新薬は一般的に割高なのです)。



 普通の買い物で、「効果は同じか不明、安全性は不明、値段は高い」ものを買うでしょうか。それが車であれ、不動産であれ。ぼくなら絶対に買わないですね。



 日本では、医者も患者もすぐに新薬に飛びつく悪い癖があります。が、新薬=ベターな薬とは限りません。とくに、安全性については古い薬のほうがずっと情報量が多いのでより安心です。使用経験が多いほど安全情報は優れているのです。騙されないようにしましょうね。ぼくなら現時点ではインフルエンザにゾフルーザは使いません。



 なんか、使わない、使わない、みたいな話ばかりになってしまいました。でも、感染症の知識が多ければ多いほど、実は余計な薬は使わなくなるのです。中途半端な知識のママで製薬メーカーに勧められる医者が安易に新薬を処方する。これも、残念な日本の実態です。患者の方が賢くなって、こういう安直な診療に注意しておく必要があります。



文:岩田健太郎



『インフルエンザ なぜ毎年流行するのか』より構成〉

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