早稲田大学在学中にAV女優「渡辺まお」としてデビューし、人気を博すも大学卒業とともに現役を引退。その後、文筆家・タレント「神野藍」として活動し、初著書『私をほどく~ AV女優「渡辺まお」回顧録~』を上梓した。

いったい自分は何者なのか? 「私」という存在を裸にするために、神野は言葉を紡ぎ続ける。新連載「揺蕩と偏愛」がスタート。#1「心の中から湧き上がるのは、まるで運命のような強い偏愛だった」





  #1 心の中から湧き上がるのは、まるで運命のような強い偏愛だった

  



  「神野さんはいつまでも過剰でいてください」



 ふと私にふってきた言葉は、まるで暗闇に差し込んだ光のようだった。



 前回の連載「私をほどく」を終えてから、長い眠りについていた。私にとって痛みを感じる出来事が重なり、毎日を何事もなく終えることで精一杯だった。私の周りに散らばった感情の欠片を拾い集めながら「ちゃんとした人間にならないと」と思っていたし、親しい人間たちからもやんわりと釘を刺されていた。努力をしようとする一方で、ふと「本当にそれで良いのか?」と自問自答する私がいた。悪いところを削りとっていったら、私が私じゃなくなる。見えない不安が私の喉元に巻きつき、じわじわと力が込められていった。大丈夫。私だったらどうにかなる。一人静かに祈る夜が増えた。



 担当編集が真っ直ぐに放った一言は、私にとって救いだった。そのままの私で良い。無理に変わることはない。打ち合わせの帰り道、どこまでも歩いていけそうなくらい身も心も軽かった。いつの間にか私にまとわりついたものたちは消えていた。
 
  一度心に決めたことには、どこまでものめり込んでしまう。対象は私の心が動かされるならば、人でも物でも良かった。もうこれだけしか見えないと思って全てを注ぎ込んでしまう。



 あまり良いとされない考え方なのは理解している。けれど、「薄く広く、一つのことだけに偏らないようにしましょう」なんて言葉を目にする度に、何も愛してないと同じと思っていた。



 高校受験も大学受験も、第一志望に受からなかったらそのまま死んでしまおうと考えていた。誰かに言われたわけでも、何か事情があったわけでもない。

ごく自然に湧き上がってきた感情だった。どちらも共通して、ただ進学したいのではなくて「その場所にいる私」になりたかった。心の中から湧き上がるのは、まるで運命のような強い偏愛だった。だからこそ、別の場所では許せない。全ての力を振り絞って、参考書に張り付いていた。合格を勝ち取った瞬間、形容し難いほどの達成感に包まれた。けれど、その感情はすぐに過ぎ去った。手に入れてしまうと、あんなに輝いていたものが鈍色に見えてしまう。本当に欲しいものは違うのかもしれないと思い、私はすぐ次に心を奪われる対象を探し始めていた。





■あなたは今、何に熱をあげていて、何に飢えていますか



 私は私という存在を一つの世界に無意識的に閉じ込めていた。他の可能性を遮断して、限られた未来だけを映し出している空間。何かに没入するのは最適だった。

自分自身の絶対を追求し、確かな成果を掴ませてくれる。合格というような分かりやすい幸運のときもあれば、波乱を巻き起こす火種のときもある。博打のような業を厄介だと思いながらも、「これだから人生って辞められない」とどこかで興がってしまう。絶望はしない。そもそも対象になるのは、私が一途に情熱を注ごうとしたものだ。どんな結末が待ち受けようとも、あまり気にしていない。むしろ、心のどこかで波乱が起こるのを期待している私がいた。



 私から溢れ出す過剰さは私の内面の表れであり、偏愛は対象や方向性だ。次を見つけては没入を繰り返してきた。



 ふと思いついたことがある。これまで私以外の何かや誰かに向けていた熱をまっすぐに私に向けてみたらどうなるのだろうか。私から溢れ出る偏愛と過剰さを掘り下げていけば、私ですら見えなかった私の世界が映るかもしれない。



 誰しもが小さな世界に自分を閉じ込める瞬間はある。



 そして誰しもが偏愛の欠片たちを抱えて生きている。私が私について考えるとき、読んでいるあなたもあなたについて考えてみてほしい。何に熱をあげていて、何に飢えているのか。



 私という存在を裸にする。これまでとは別の手段で、これまでよりずっと深いところまで。どうか私と手を取り合って、深いところまで落ちていってほしい。



 



文:神野藍





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『私をほどく~AV女優「渡辺まお」回顧録』

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