◾️「取り残される、人に厳しいデジタル化」の現状
新型コロナウイルス禍で浮き彫りになった日本のデジタル化の遅れを取り戻すべく、デジタル庁が鳴り物入りで発足し、今秋で4年目を迎える。「誰一人取り残されない、人に優しいデジタル化」を掲げ、矢継ぎ早に施策を打ち出してきたが、当初構想通りにうまくいっているとは言いがたい。
まずは2021年9月1日の同庁発足以降の歩みを振り返ってみよう。暗雲が漂い始めたのは、事務方トップ「デジタル監」に就任した一橋大名誉教授、石倉洋子氏の突然の辞職からだった。初代デジタル監の人選は関係者の注目を浴びたが、公務員ではなく、大手コンサル勤務経験のある女性が選ばれた。民間から霞が関に新しい風を吹き込んでくれるのではという期待感を周囲からは持たれていた。
しかし、着任からわずか8カ月、2022年4月26日に辞職し、後任には当時45歳の浅沼尚氏が就いた。
石倉氏はデジタル庁を去るに当たって、以下のようなコメントを残した。
「人材の手当て、組織やプロセスの詳細設計などは必ずしも十分とは言えませんでした。プロジェクトの数も多く、新規業務と継続業務が入り混じり、官民の多様なバックグラウンドの職員が集い協働する中、率直に言って、次から次へと多くの課題が登場しました」
就任会見などで、新しいことに挑戦するのが信条であると語っていたが、解決不能な問題にぶつかり、悩んでいた節を感じさせる。
新設官庁であるデジタル庁は当然、新卒採用の職員や民間企業からの出向者だけで構成されている訳ではない。むしろ、経済産業、総務、財務など関係省庁が幹部を送り込み、出身母体の省庁の意向も踏まえながら、さまざまなバックグラウンドを抱える官僚達が省益を巡り激しくしのぎを削る職場でもあった。
さらに、売上高や利益率、会員数といった分かりやすい達成目標がある民間企業に比べ、公的機関であるがゆえのゴール設定の難しさ、リーダーシップの取りづらさといった困難に見舞われたことも想像に難くない。いずれにせよ、石倉氏は登庁する回数が減るなどしたこともあり、職員と意思疎通しにくくなったという話がある。
◾️「第2経産省」と呼ばれるデジタル庁の未来
石倉氏の退任後、いつしかデジタル庁は霞が関の中で「第2経産省」と呼ばれるようになった。これはデジタル庁内での主導権争いや政策の方向性について一定程度決着がつき、経済産業省出身者が表舞台に立つことが多くなったことを意味するのかもしれない。他省庁の既得権益とぶつかることが多いという特殊なポジションにある経産省と、既存の手法を大きく変えていくデジタル庁の特性が一致していることも背景にあるとは思う。
民間出身の事務方トップが求心力を失った一方、経産省出身者が原動力となってデジタル行政を引っ張っていく、そんな期待感もあったが、実際には引きずられていく格好となった他省庁からうまく協力を引き出せていたかと言えば、そうでもなさそうだ。
新たなデジタル技術を社会実装しようとすると、これまでの規制や既得権益を変革する方向に誘うケースが多い。このため、社会実装の旗振り役を果たすデジタル庁は、安全・安心を旨とする通常の官僚機構とは反りが合わない面がある。同庁が当初掲げていた各省庁のウェブサイトのデザインに統一性を持たせる構想さえも、他省庁の理解が得られず、いつの間にか失速した。新型コロナ禍で必要とされ、急きょ開発された「新型コロナワクチン接種証明書アプリ」も必要性が急低下し、2024年3月末で静かにサービス終了を迎えた。市町村のデータを、Googleやアマゾン系列のサーバーに移す計画も当初計画に間に合わない自治体が続出し、見直しを余儀なくされた。マイナンバーカードに関してもひも付けミスなどトラブルが相次ぎ、前途多難だ。
もちろん、マイナカードと免許証の一体化など着実に進んでいる案件もある。また、6月13日に閣議決定された「デジタル社会の実現に向けた重点計画」には、自治体や省庁が「ガバメントAI(仮称)」を活用し、業務効率化を図る構想が盛り込まれるなど、デジタル庁側も既存業務の継続だけでなく、新たな分野にチャレンジしている。2025~26年度の構築を目指しているという。
こうした中、デジタル庁でシンボル的な存在となってしまった事務方トップのデジタル監に代わり、事務方ナンバー2で、実質的にはトップとなる旧郵政省出身のデジタル審議官が今夏で交代するか、留任するかが注目された。後任として名前が挙がったのは、経産省出身の統括官と財務省出身の統括官。両氏とも発足時からデジタル庁で勤め上げてきた実力派官僚だ。結局、6月24日に公表された人事で財務省出身の統括官、冨安泰一郎氏がデジ審の座を射止めたことが明らかになった。手堅い行政運営で知られる冨安氏が後のデジタル施策をどう差配していくかは見通せないが、これまでとは多少異なってきそうだ。
文責・共同通信記者M