現在、日本郵政グループの問題が大きく報じられている。過剰なノルマから顧客へ詐欺的な行為を働く、あるいは自爆営業に手を出す局員の存在が明らかに。
今回は宮崎氏ご本人に、日本郵政グループがブラック体質になった理由や、構造的な問題を解決するためにはどうしたらいいのかを聞いてきた。
■郵政民営化しても郵便局数は変わっていない
——『ブラック郵便局』を読んだ時に上から下までブラック企業的な現場で非常に驚かされました。どうしてこんな内情になってしまったのでしょう。
宮崎拓朗氏(以下宮崎) 事態が悪化したきっかけの一つは、郵政が民営化したことだと思います。それまでは国や公社が運営していましたが、民営化してそれまで以上に収益確保が求められるようになりました。
民営化した当時、郵便局は全国に2万4千ほどあったのですが、今もほぼ同じ数が残っています。この規模を維持するためには、年間1兆円ほどの費用が必要です。そのため、過剰なノルマが課されるようになり、長年お付き合いがあったお年寄りを騙すような保険営業などが行われてしまったのだと思います。
——民営化当時、郵便局がモデルにしたような会社はあったのでしょうか。
宮崎 他の銀行や保険会社とは違った事情があります。
そのため地方の局の統廃合を簡単にはできないという足かせがあるのです。さらに「全国郵便局長会」という組織が、郵便局の統廃合に反対しているのも状況を難しくしている要因の一つです。局長会の政治力は非常に強く、組織内候補を擁立するなど政治的な活動を積極的に行っています。自民党の国会議員に働きかけ、局数維持などの要望を通すために活動しています。
こうした背景があり、民営化当初から郵便局数はほとんど減っていません。
■参院選では60万票!政治にも食い込む「局長会」とは
——局長会についてもう少し詳しく教えてください。
宮崎 全国に約1万9000局ある、窓口業務を担う小規模な局の局長たちが所属する任意団体です。局長たちは地元のボランティア活動などにも参加しながら、住民と信頼関係を構築してきました。局長会が自民党公認を得て擁立した候補は、2019年の参院選では60万票を獲得するほどの組織力を持っています。
参議院議員選挙の全国比例は集めた票の総数で政党ごとの議席配分が決まります。これだけ多くの票を集める組織は政党にとってありがたい存在です。局長会は自民党に働きかけることで、自分たちが追い求める政策を実現してきました。
局長になるためには日本郵便が実施する試験に合格する必要がありますが、その試験の前にも、慣例として局長会による事前選考や研修会が実施されます。この場で、局長を志望する局員が「局長になったら、奥さんも選挙を手伝えるのか」などと迫られ、選挙活動や局長会の言いなりになるのがイヤで局長になるのを諦めたケースもありました。局長になれば、半ば強制的に局長会へ入会させられ、ほぼ全員が所属しています。
こうした仕組みで就任した局長にとって、局長会の指示は絶対です。局長会は、約1万9千人の局長たちに集票ノルマを課して選挙活動に力を入れ、それによって手に入れた政治力を背景に会社側への睨みもきかせているのです。
——郵便局の数を維持するためにブラック企業化するのは本末転倒だと思います。
宮崎 おっしゃる通りです。
もちろん、局長会の主張も全て否定できるわけではありません。例えば、他の金融機関の支店が全くないような地域に郵便局があれば、そこで暮らす人々にとってはありがたいことです。
もし郵便局が統廃合されたら困る人が出てくるかもしれない。だから「自分たちは困る人が出ないように活動しているのだ」という主張もわからなくはありません。
問題なのは、地域にとってどれだけ郵便局が必要とされているのか、今の郵便局の数が本当に妥当なのか、といったことが検証されないまま「郵便局の数を維持する」ことが前提になっていることではないかと思います。
郵便局では現在、住民票の写しの発行など、役所の手続きを代行するサービスに力を入れています。公的なサービスを担うことで「郵便局は全国各地に必要なのだ」とアピールする狙いがあるのかもしれません。こうした流れの中で、局長会は、郵便局網を維持するために国が財政支援をする法改正を自民党に要望しています。
——『ブラック郵便局』にも書いてあったような公選法違反ギリギリの選挙活動をしたり、日本郵便の経費で購入したカレンダーを集票活動に使ったりするのはどうかと思います。
宮崎 主張の是非はさておき、不正な活動を行うべきではないのは当然のことです。しかし、問題が発覚しても、会社側は局長会の政治力を恐れてか、厳しい処分をしなかったり、見て見ぬふりをしてきました。
郵政グループは局長会に配慮し、民営化してから現在まで、郵便局の統廃合についてもタブー視し、議論すらしてきませんでした。それによって歪みが生じているのは間違いないと思います。
■自民党、立憲民主党の国会議員は何も知らなかったのか

——郵政民営化に賛成した議員の中には今も自民党の現職議員として活動している人もいます。
宮崎 局員が働く現場の実態までは、詳しく知らない可能性があります。
私自身も取材するまでは、末端の郵便局員が保険契約の過剰なノルマや、年賀ハガキを自腹で買って販売枚数を稼ぐ「自爆営業」に苦しんでいる状況がここまでひどかったとは知りませんでしたから。
——野党の立憲民主党には郵便局員でつくる労組が推す議員がいますが、彼らは局員救済へ向けて何かしたのでしょうか。
宮崎 保険の不正販売問題に関して、会社側が、営業担当者の給与を引き下げ、その分を営業手当に充てる仕組みを導入したことがあります。これによってノルマ至上主義に拍車がかかったのですが、局員たちで構成する日本郵政グループ労働組合(JP労組)は、この提案を受け入れていました。JP労組は基本的に会社側と協調関係にあります。
このような立ち位置にあるJP労組に対して、ノルマに苦しんでいた局員が、どれくらい助けを求めたのかは不明です。保険の問題が表面化する前に取材したJP労組の幹部は、「そこまで大きな問題は起きていない」という認識でした。現場の状況を理解していなかったのではないかと思います。結果として、JP労組は歯止めにならなかったわけです。
JP労組は、立憲民主党にとっての支持基盤です。
■日本郵政がブラック体質を変えるために必要なこと

——不祥事が続いている中で、日本郵政の新社長の根岸氏は旧郵政省(現総務省)出身で常務からの昇格です。ブラック体質を改善できるのでしょうか。
宮崎 新社長も含め生え抜きの幹部たちには、近年、相次いで発覚している不祥事に多かれ少なかれ責任を負っています。不祥事を生み出す体質を変えることもできていません。
それに加え、旧郵政省の出身者は、組織を円滑に運営するため、局長会との関係を大切にしてきました。新社長が、局長会に対して正面から向き合うことは正直、あまり期待できず、組織のいびつな構造はこのままになってしまうかもしれません。
——今回外部から新社長を招くことができなかったのはどうしてでしょう。
宮崎 退任する増田寛也社長は記者会見で「(外部の人が)火中の栗を拾うような形にはならなかった」「温度の高い栗と思われた」と語っています。外部の経営者などに打診したものの、不祥事が相次いでいることなどから尻込みされ、招聘できなかったという意味だと思います。
一般の民間企業では、経営陣が中長期的な方針を決め、それに沿って事業が進められていきますが、日本郵政グループの場合は事情が異なります。経営者を決めているのは事実上、時の政権で、数年おきに交代しています。
——日本郵政は不祥事が起きるたびに再発防止策を作りますが、しばらく経つと別の不祥事が出てきて、新しい再発防止策を講じるというのを繰り返している印象です。現場の職員が働きやすい職場になるために、どこから手をつけるのがいいのでしょうか。
宮崎 郵政グループでは「法律や規則を守る」とか「働きやすい環境を作ろう」といった意識が、一般の民間企業に比べて薄いように思えます。
不祥事の中には、会社側が不正につながる指示をしたり、見て見ぬふりをしたりしたケースも少なくありません。そうした状況を目の当たりにすれば、現場でも法令順守が徹底されるはずがないでしょう。企業風土を変えることから始める必要があるのではないでしょうか。
——亀井静香さんが主張している「再国有化」も一つの方法でしょうか。
宮崎 国営に戻すにしても民営化のままでも、今の時代に合わせて組織のあり方を変えていく必要があると思います。現状の郵便局網を維持していくのが難しくなっていることは明白です。利用者がどんなサービスを求めているのかを検証し、その要望に応えたサービスの提供を追求していくのが重要だと思います。
「今の形を守る」という前提で動かないままだと、必ずどこかで無理が生じてしまいます。
——日本郵政グループの不祥事を西日本新聞の紙面、書籍『ブラック郵便局』で紹介してきましたが、内部問題を報じたことで日本郵政からクレームや抗議を受けたことはありますか。
宮崎 そうしたことはほとんどありませんでした。報道する際には、とにかく事実関係を正確に書くということに気をつけていました。一度でも誤りを出してしまえば、積み重ねてきた信用が失われてしまうという緊張感はありましたね。
——宮崎さんが西日本新聞で取り上げ続けたからここまで大きな問題として扱われるようになったのかもしれません。
宮崎 ありがとうございます。
——今後も日本郵政の問題は取材を続けていくおつもりでしょうか。
宮崎 目の前に取材すべき問題があれば続けていきたいと思います。郵政を巡って政治の現場で何が起きているかについても見ていきたいと考えています。
——本日はお忙しいところお時間を作っていただきありがとうございました。
取材・構成 篁五郎