適菜収氏はあの鋭い時評連載をすべてやめてしまった。さらに毎日飲んでいた酒もやめた。

一体何があったのか? 近田春夫氏がその真意を聞き出すうちに明らかになってきたこととは? そこには「今の時代を捉える視点」が存在していた! 20世紀末の時点で、音楽はいずれタダになると予言していたミュージシャン近田春夫氏と近代大衆社会の末期症状を描き出した『日本崩壊 百の兆候』(KKベストセラーズ)が絶賛発売中の作家適菜氏による異色対談。新連載「言葉とハサミは使いよう」第5回。



適菜収が「人類ダウンサイジング論」を提唱する理由とは?【近田...の画像はこちら >>



◾️人間はもっと小さくていい

 



適菜:近田さんとこうやって顔を合わせるのは、半年ぶりぐらいですね。



近田:こちらこそ、ご無沙汰しちゃってすみません。その間、どんな風に過ごされてたんですか?



適菜:昨年の秋に少し体調を崩して、酒をやめたんですよ。



近田:すごい。俺には無理だなあ(笑)。



適菜:当たり前の話ですが、酒を飲まないと、酒代がかからない。



近田:そりゃそうだよね。



適菜:外で酒を飲めば、あっという間に5,000円ぐらいいっちゃうじゃないですか。年間にしたら、相当な金額になる。それがなくなったので、経済的にもメリットが大きかった。



近田:それまで常習的に飲んでいた酒をピタリとやめるのって、きつくなかった?



適菜:意外と平気でしたね。



近田:そういうもんなんだ。



適菜:酒代が不要になった分、無理して仕事をする必要もなくなりました。それで、時評的な仕事はこれを機に全部やめちゃいました。



近田:メンタル面においても、収穫があったわけだね。



適菜:新しい世界が見えてきた感があります。



近田:フィジカルな面においては、何か変化はあったの?



適菜:そうですね。散歩したり、プールで泳ぐのを再開したりしました。



近田:適菜さんって、今何歳?



適菜:こないだ、50歳になりました。



近田:俺は、50代前半にS字結腸がんになった。体にはくれぐれもお気を付けください。体の変化によって、何か新たに感じたことはある?



適菜:人間は、もっと小さくなった方がいいと思ったんです。



近田:それ、何かの比喩的な表現?



適菜:いえ、文字通りの意味です。体のサイズを小さくしたほうがいいと思ったんです。ダイエットというと、ちょっとニュアンスが違うんですけど。今更、やせてモテたいと思ってるわけじゃないし。



近田:ミニマリストみたいな意味ですか。



適菜:少し重なる部分はあるかもしれません。私は6㎏ほど体重を落としたんです。できるなら、体重だけじゃなく、身長も小さくしたい。



近田:それは、なかなか難しいと思うけどね(笑)。



適菜:江戸時代の日本人男性の平均身長って、160cmに届かなかったっていうじゃないですか。女性だったら150cm未満。それが、たかだか150年ちょっと経っただけで、男性は171cm、女性は158cmにまで到達した。

急に大きくなりすぎですよ。



近田:栄養が過多になったんだろうね。



適菜:逆に考えれば、栄養を減らせば、身長も下がると思います。



近田:何代か、かかるだろうけどね。



適菜:人間が小さくなると、いろんな問題が解消すると思います。世界も平和になる。



近田:最近のコメ不足をはじめ、食糧問題なんかは、解決するかもね。



適菜:肉を食べるから背が伸びるんですよ。タンパク質は必要な栄養素ですが、大豆などの植物性タンパク質をもっと摂ったほうがいい。



近田:納豆とか豆腐とかで、何とかなっちゃうわけでしょ。



適菜:50を超えたら、肉なんて食べなくてもいいと思うんですよ。



近田:現代の技術的レベルからすれば、本物の肉と見分けのつかない疑似的な料理なんか、たやすく作り出すことができるんじゃない? 3Dプリンターとか使っちゃえばさ。



適菜:タンパク質ゼロ、脂質ゼロ、カロリーゼロの肉だったら、いいかもしれません。



 



◾️「大は小を兼ねる」は本当か?

 



近田:必要な栄養素が含有されているならば、一生、自分が好きなポテトチップスの形の食材だけを摂取し続けていれば済むという状況になるかもしれない。



適菜:人類は大きくなり過ぎました。



近田:あのさ、「巨悪」って言葉があるじゃない? でもさ、俺、悪に大小があるというより、そもそも、巨であることイコール悪だと思うんだよ。だって、アリから見たら、象はその大きさだけで災厄をもたらす存在でしかない。



適菜:簡単に踏みつぶされちゃいますもんね。



近田:仮に何もされなくっても、ただでかいという事実が、ひたすら恐怖を与える。



適菜:道を歩いていて、大きな人がいたら怖い。



近田:うん。「大は小を兼ねる」って言うけど、俺、兼ねないと思うのよ。どれだけ洒落た美味しい料理でも、無闇に多かったり大きかったりすると、美味しそうに感じないじゃない?



適菜:その通りです。



近田:まったく同質のものでも、ある限界を超えて量が変わると、意味が変わる。



適菜:大きいとか多いということにより劣化するものもある。



近田:格闘技って、階級制があるじゃないですか。柔道なんかが典型的だけども、あれ、「柔よく剛を制す」って言葉が本当だったら、階級制なんて必要ないですよ。階級制が存在するっていうことは、柔は剛を制さないことを証明している。やっぱり、大きい者が勝っちゃうから。



適菜:柔道には無差別級の大会もあるけど、総じて重い方が有利ですもんね。



近田:ある程度のメジャーな格闘技の中で、階級制がないのって、お相撲だけなんですよ。それはすごいと思う。そして、もう一つすごいと思うのは、お相撲って、地面に足の裏以外がついたら負けだし、それだけじゃなく、土俵の外に出ても負けになるってとこ。みんな、それを当たり前のように受け入れてるけど、この二つって、よく考えたら意味が違うじゃん。大した知恵だなと思うんだ。



適菜:相撲は大昔はもっと暴力的なものだった。

命を落としたりもした。



近田:そんな凄惨な殺し合いを、今みたいな興行に脱皮させるというセンスは、見上げたものですよ。日本人って、もともと西洋人に比べたら肉体的に貧弱ですよね。肉体的に貧弱な人間だからこそ、理想としては柔よく剛を制すってことだったと思うんだけど、それが無理だとなった時は、力だけじゃないところで勝ち負けを決めるルールを混入させた。それが相撲なんですよね。



適菜:他の格闘技とは違うと。



近田:そういう日本人の考え方は、上手く活用したらね、これからの未来、少しでも人類が長く生きるために役立つんじゃないかな。例えば、今、戦争ってさ、まず階級が下の兵隊が前線に送り出されるじゃない? それやめて、各国の一番トップの指揮官が出てきて、どっかに土俵作って相撲して勝ち負け決めるってなったらいいと思うんだ。そしたら人もいっぱい死なないしさ。



適菜:同じ土俵で戦うわけですね。



近田:その場合、世界で一番強い国は、モンゴルですよ。一見ふざけてるように聞こえるかもしれないけど、相撲に端を発するそういう発想を、世界に教えてあげたい。このぐらいの人を喰ったこと、誰か国連かどこかで言ってくれればいいのに。



適菜:プーチンは強そうですね。柔道やってたから。



近田:これからは世界の指導者がみんなマッチョになったりして(笑)。



適菜:それはよくないですね。マッチョはよくない。やはり、人類は小型化を目指すべきです。



 



対談:近田春夫×適菜収/構成:下井草秀

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