鋭い時事批評が人気の作家適菜収氏。なぜ彼は時事批評をやめ、引きこもろうとしているのか? 「バズらせる」「ハックする」そんな薄汚い言葉があふれかえる現代日本。
■赤尾敏と田中清玄
近田:N党や参政党を見ていると、昔の赤尾敏の愛国党とか、今考えると純粋だったよね。
適菜:赤尾の姪の赤尾由美は参政党にかかわっているんです。もう、党からいなくなりましたが。
近田:小学生のころ、よく数寄屋橋で赤尾敏が演説してるの見たなぁ。
適菜:赤尾敏は親米右翼ですよね。この姪は反グロ―バリズムみたいですが。
近田:そうなんだぁ。
適菜:当時、赤尾敏はどんなことを言っていたんですか?
近田:それはもう忘れたけど、ただ名調子なのよ。
適菜:名調子とか話芸とかそういうのは、人間の格として重要ですね。右翼だろうが、左翼だろうが。田中清玄も人間としては面白いし。
近田:うん。

適菜:私の好きな話があって、今手元に資料がなくて正確ではないかもしれませんが、田中清玄が銃撃されたとき、何発か実弾を食らっているのに、狙撃犯に向かっていき、組み伏せているんですよね。面白すぎます。
近田:田中清玄は肝が据わってるからね。政治信条云々の前に認めざるを得ないところあるよ。
適菜:私の飲み友達というか酒飲みの先輩(元大学教授)が、昔、田中清玄の息子の家庭教師をやっており、多分、その息子が早稲田大学の総長になったんです。
近田:ひぇ~!
適菜:次男の田中愛治さんです。もしかしたら、勉強を教えたのは田中清玄の長男なのかもしれませんが、細かいことを聞こうと思っているうちに、体調を壊されたようで、酒場でみかけなくなりました。
近田:それもなんかいい話だねぇ。
適菜:あっ。今、ネットで検索したら、先ほどの話が出てきました。ここに貼っておきますね。
「玄関を出ようとしたところを、いきなり腹を撃たれたんです。そこでひるんだら本当に殺されると思ったから、向かって行って相手を倒した。銃口を肘に押し付けて首を絞めようとも思ったが、こっちは空手をやっていたし、殺してしまったら背後関係も分からなくなってしまう。それで殺さずに、まずピストルを奪おうとした。相手も必死でした。
近田:すげ~。
適菜:岸信介や児玉誉士夫とかと戦っていたわけだから、半端ではないですよね。友達がハイエクとか、格が違います。「俺の友達ハイエクなんだけどさ」って普通はありえないですよね。当時の日本人で。
近田:ノーベル経済学賞の受賞者だよねぇ。
適菜:そうです。新自由主義の大元みたいに言われていますが、保守主義的な側面も強いです。自生的秩序の重視とか。
■なぜ引きこもることにしたのか?
適菜:参政党は連日のように問題を起こしているじゃないですか。
近田:しかしなぁ、君は体質として時事好きだからねぇ(笑)。あんまり我慢すると身体に毒よ。
適菜:だから、ニュースとかSNSとかを物理的に見ないようにしようと思います。ツイッターはすでに縮小モードにしました。一時期、ボットで記事を流していたので、それが膨大にあるので、2万件くらい削除しました。
近田:過去は全ていらないね。ここからどうしたいか。それだけなのでは?
適菜:私は引きこもることにしました。引きこもりの知り合いに、「引きこもりになるにはどうすればいいか」と聞いたら、まずはAmazonでコカコーラゼロを箱で買っておくことと、ウーバーイーツでマクドナルドを買ったほうがいいと言われました。クーポン券の入手方法まで教わりました。
近田:本気? その辺りの動機を知りたいと思う人間も多いのでは?
適菜:政治についていろいろ言ってもあまり意味がないということです。
近田:今僕は音楽家というスタンスですが、適菜さんは?
適菜:今は無職です。強いて言えば、時評をやめただけなので、作家ではあります。
近田:なるほど。
適菜:音楽の仕事は少し増やしたいです。歌詞の仕事、ありましたら紹介してください。
近田:是非だよ!
適菜:和歌もポップスの歌詞も同じですよね。感が極まり、それが言葉になるわけですから。
近田:それに近いことを俵万智が言ってたよ。
適菜:俵万智さんには私は影響を受けているかもしれません。
近田:受ける~。
■〝遵法闘争〟か〝脱法政治〟か
近田:N党や斎藤元彦や、参政党や、そういった人達に学んだのだけれど、彼らは法律を犯さなければ何でもオッケーというスタンスですよね? それって〝遵法闘争〟とも言えるし、〝脱法政治〟ともいえる。だったらどの党も元アイドルじゃなくて全員候補者に現役アイドルを立ててもいいわけでしょ? ただ、その場合どの党が強いかっていったら、やっぱ学会になっちゃうんだけどさぁ(笑)。
適菜:選挙制度はすごく大事で、難しい問題ですね。簡単に変えられないのは理由がありますし。私は今、自分のメールマガジン(http://foomii.com/00171)で夏目漱石について書いているのですが、漱石の「現代日本の開化」という講演を思い出します。西欧の開化は内発的なものだったが、日本の開化は外発的なものだった。日本人は海外のイデオロギーを神棚にかざり、本質も理解しないまま飛びついた。だから、近代を批判的に検討する態度としての保守主義も日本には成立しなかった。日本に保守主義者っていないですよね。近代を理解しないから、近代の病としての全体主義も、近代の原理としてのナショナリズムも理解できない。それで政治もおかしくなった。漱石は、この先、日本は流されていくだけだと言いましたが、見事に予言は的中しましたね。
近田:日本人は白人に対するフィジカルな劣等感があるよね。
適菜:その劣等感があるので逆に「日本スゴイ」みたいなことを言いだす連中がいます。漱石が批判したのもあの手の連中です。漱石はイギリスの悪口を言ったり、エドマンド・バークについては「あんなものはよくわからん」と切り捨てていますが、言っていることは保守主義の根幹に迫っています。
近田:漱石が書くものってものすごく平易だよね。難解じゃないっていうか。あれも考えようによっては〝上から目線〟なのかも?
適菜:実際、「上」だったのでしょうがないと思います。「下から目線」で大衆に媚びるのも気持ち悪いですし。それでも平易な言葉で本質をつかんだと思います。
近田:漱石の作品だけ好きな人って、漱石がものすごいインテリだとか、あんまり知らない気するのよ。森鷗外ならちょっと読むだけでもこの人インテリ!って誰でも気づくじゃん。
適菜:漱石は世間から距離を置いた人間みたいなイメージが強いですが、意外と社交的なんですよ。それとおひとよし。まあ、漱石の作風からして、自分のことを戯画化して描いている部分はあるとは思いますが。
近田:うん。
適菜:漱石の読者が、自分が書いた小説を持ってきたり、変な要求をしてきたりしても、律儀に会ったりしているんですよね。私は見ず知らずの人と会うのは絶対嫌ですが。
近田:俺も苦手なんだけどさ、この仕事してると、まぁそこはだんだん慣れてきました。
適菜:私はなかなか慣れないと思います。
文:近田春夫×適菜収