森博嗣先生が日々巡らせておられる思索の数々。できるだけ取りこぼさず、言葉の結晶として残したい。
第1回 楽ありゃ苦もあるさ
【見舞われたトラブル3つ】
『日常のフローチャート』の連載が終わり、今年(2025年)になって、文章を書く仕事がない生活を満喫していたのだが、3月頃からいろいろアクシデントに見舞われることになった。書かないでいるとネタが自然に溜まるの法則。
連載分に加え、年末に執筆した書下ろし分を併せて4月に単行本が発行となり、また、昨年に上梓した『静かに生きて考える』の文庫化がもうすぐなので、そろそろゲラを見なければならないな、と思っていたら、KKベストセラーズのS氏からメールで、ウェブ連載をまたお願いしたいとの依頼があった。『道なき未知』から続いていた3冊だったから、キリが良いなと勝手に思っていたら、意外にも4冊めか、との可能性を示唆する継続執筆となった。もしかしたら、これが森博嗣最後の仕事となるのではとも考えている。考えているだけだから、気にしないでほしい(といいながら書いている)。
では、アクシデントの話。まず、僕が担当している大きなシェルティ(シェトランドシープドッグ)の下痢が酷く、病院へ連れていくことになった。
次に、僕の奥様(あえて敬称)が胸の痛みを訴えた。本人はネットで調べて肋間神経痛らしいと自己診断。彼女は、多くの薬アレルギィなので、鎮痛剤が安易に飲めない。3日間我慢した日の早朝、他所行きの服装でめかし込んで起きてきたかと思ったら、救急車を呼んで欲しい、という。というわけで救急搬送され、病院で診察を受けたが原因はわからず。アレルギィを回避する鎮痛剤注射を打ってもらい一旦帰宅。飲む鎮痛剤ももらってきて1週間ほど我慢をしていたものの、やはり痛みが治らない。
犬も奥様もまだ病気の頃、日曜日に街まで2人と1匹で買い物に出かけたら、今度はもらい事故。後ろの後ろの車がノーブレーキで前の車に追突し、その車が弾き飛ばされて、僕の車の後ろに衝突。僕たちはなんともなかったけれど、後ろ2台はドアも開けられないほど変形。突っ込んだ運転手は意識不明で搬送。後ろの車の2人も怪我。2台は廃車。僕の車は、テールライトが割れ、バンパやボディが凹んだけれど、走れる状態だったため、警察の許可を得て帰宅した。その後、僕の車はレッカで200kmほど離れた工場へ修理のために運ばれ、戻ってきたのは1カ月後。修理代や往復のレッカ代は、誰が出したのか知らない(一番後ろの車の運転手か、彼の会社のはず)。とにかく、時間は取られたが、お金を出すことはなかった。
【持ち直したその後】
奥様は、悪いことが重なったので、お祓いをしてもらった方が良い、などとおっしゃった。僕は「お祓い」という行為をどこで誰がするのか知らない。神社かお寺だろうか。それとも祈祷師みたいな専門のプロがいるのだろうか。きっと「お支払い」もしなければならないはず。
僕は、還暦のときになにもしなかったが、奥様は自分だけこっそりお祓いをしてもらったそうだ。だいたい、神社なんか行ったことがないし、賽銭を投げたこともないし、おみくじを引いたこともないし、宝くじも買ったことがない。僕がそういう人間だと承知している彼女は、その種のことを僕に内緒で行うのである。夫婦間の隠し事が多数かつ頻繁すぎ、お互いに相手のいうことを信じていない。信頼というものはなく、単に近くにいるから、いちおう、一大事のときに声をかけることが可能だという程度の関係である。
さて、犬も奥様もまだ完全に治っていなかった4月下旬、僕は自分のもう1台の車でドライブに出かけることにした。150kmほどの距離のところにあるディーラにもタイヤ交換のため寄る予定だった。ところが、その日の朝になって、突然奥様が一緒に行くといいだした。しかも犬も連れていきたいという。このようなことは、普段でもよくある。たまたま、この朝は薬が効いたのか、痛みが引いたらしく、気分がハイになっていたのだ。
しかし、そのディーラは都心にあって、気候がだいぶ違い、森家よりも暑い。しかも晴天だ。4月とはいえ、タイヤ交換を待つ間、犬を歩かせるのが可哀想だ、と心配になった。どこか木陰を見つけて、そこで涼んでいよう、と考えた。
ディーラに到着すると、受付の人が出てきて、どうぞオフィスへ、と案内する。犬がいるから、と断ると、犬もOKです、という。
鎮痛剤が効いてハイになっていたうえ、この待遇に気分を良くした奥様は、すぐ横に飾られていた新型モデルを指差し、これがいい、これを買いなさい、と僕に勧めた。今乗っている車は9年まえのモデルだが、気に入っていて買い換える気などなかったのに、彼女の強いプッシュで、購入することになってしまった。商売というのは、このようにどんなサービスが奏功するかわからない、まさに水物である。
というわけで、ぶつけられた車も修理で戻ってきたし、奥様も犬も病気から完全回復。さらに、新車が家まで運ばれてきた。新車の担当者から2時間もレクチャを受けたが、最初にしなければならなかったことは、スマホにアプリを入れ、パスワードを決めることだった。自動車もそういう時代になったのだ。
【だらだらとした今後】
近況を書きすぎた。以後は、このような具体的な話はできるかぎりしない、と思う。だいたいこれまでと同じく、思いついたことを抽象化して書く心づもりだが、多少は時事ネタを盛り込む方が良さそうなので、書いてほしいテーマや質問を読者から募集して、少しだけれど、現世とのコネクションを保持したいとも考えている。テーマも質問もできるだけ簡潔に、そう、せいぜい100文字程度でお願いしたい(「BEST T!MES」お問い合わせフォームの「問い合わせ項目」に【道草】と記入し、以下のリンクよりお送り下さい→https://www.kk-bestsellers.com/contact)。質問者の名前は出ないし、文章も多少修正して紹介します。
今は、この連載以外に執筆の仕事をしていない。小説を今後書く予定もない。どうしてかというと、「引退」したから(強調しておきます)。ちょうど、来年2026年でデビュー30年になるので、これを機にホームページの更新を停止し、少し間を置いて閉鎖する予定である。また、毎日写真をアップして軽く近況を書いてきたブログも、同じ頃に終了するつもりだから、この連載が最も遅くまで森博嗣の文章がリアルタイムで読める場所となるはず。あしからず。
実は今でも、執筆依頼、講演依頼、その他いろいろな依頼が舞い込む。すべて「引退」を理由にお断りしている。「生涯現役」をアピールする御仁が多い日本だけれど、そのようなまっとうな気持ちは僕にはかけらもない。そういうことをする人間に見えますか?
この連載では、そういった偏屈者の日常をつらつらと書こうと思っている。皆さんが「人間はこういうもの」と思い込んでいる常識に合致しない人間も一部にいることをご理解いただきたい。と書いたものの、理解を得たいとまでは正直思っていない。そういう期待を持たない生き方をこれまでしてきた。
僕はこんなふうにだらだらと遊んで暮らしていますよ、という内容になるはず。べつに、このライフスタイルがおすすめだというわけではない。僕は人にものをすすめない。すすめることが嫌いだ。また、人からすすめられても手を出さない。人にものをすすめる行為は、僕にとっては「疑わしい」し、またそれをする人は「疑わしい人」になる。人からものをすすめられて嬉しくなってしまう人が、詐欺に引っ掛かるのではないか、とも考えているくらいだ。ね、偏屈者でしょう?
文:森博嗣
《森博嗣先生へのご質問はこちらからどうぞ!》
✴︎以下「BEST T!MES」 問い合わせフォームから、森博嗣先生へのご質問を承ります。どしどしお寄せください。楽しみにお待ちしております!
https://www.kk-bestsellers.com/contact
★テーマも質問もできるだけ簡潔に(100文字程度)でお願いいたします(文章も多少修正して紹介されます)。
★「BEST T!MES」お問い合わせフォームの「問い合わせ項目」に【道草】と記入し、お送り下さい
★質問者のお名前や個人情報が記事に出ることは一切ありません。ご安心ください。