時代を鋭く抉ってきた作家・適菜収氏。当サイト「BEST T!MES」の長期連載「だから何度も言ったのに」が大幅加筆修正され、単行本『日本崩壊 百の兆候』として書籍化された。
■新しいフロンティア
先日、「日本はこの先どうなっていくのか」と聞かれた。こういう質問は過去に何回もされた。数百年程度の短いスパンで見れば、近代大衆社会の病が行き着くところまで行ったという感じで、明るい未来を見出すことはできない。現在、社会の脆弱な部分がテクノロジーにより狙い撃ちにされ、そこに資金が流れている。これはアメリカでもそうだ。2025年の参院選の結果は、それを如実に示した。
もう少し長いスパンで見ると、環境の変化により暮らしにくい世界が待っていると思う。宇宙物理学者のスティーヴン・ホーキングは、2017年のインタビューで、「社会が科学とテクノロジーによって支配されつつある」と正確に現状を示したうえで、人類が滅亡する危機に言及している。また、2014年のインタビューでは「完全なAIの開発は、人類の終焉を宣告するものになるでしょう」と述べている。人類消滅は御伽噺ではない。
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ホーキングは他の惑星への移住を視野に入れるべきだと考えた。イーロン・マスクのようないかがわしい人間も、火星という新しいフロンティアをつくることでビジネスを生み出そうとしている。そのミニチュア版みたいな連中も日本にはいる。
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しかし、私は無理だと思う。地球上の生物は地球の環境に馴染んでおり、地球外では生命を維持できない。火星の平均気温はマイナス63度、大気はほとんどが二酸化炭素で、酸素はわずかしかない。木星はより過酷である。表面温度はマイナス150度だが、雲の下では数千度にも達する。赤道付近では秒速100mの西風が吹く。
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私は陸上の生物は海に戻っていくと思う。そもそも生命は海で誕生し、時間をかけて陸に上がってきた。
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キリンジの「14時過ぎのカゲロウ」という曲がある。この10年くらい定期的に私の脳内で再生される。「海辺の生き物。だから陸(おか)では生きていけない気がしている」という歌詞で始まるこの曲は、人類の未来を暗示していると思う。
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60年代の終わりから70年代初頭にかけて、ブラックミュージックの分野で宇宙をテーマにした曲が増えた。アース・ウィンド・アンド・ファイアー風に言えば、宇宙にファンタジーを見出した。ピアニストのサン・ラは自分は火星からやってきたと主張した。そういうキャラクター設定ではなくて、最後まで火星人を演じた。ソウルやジャズ、ファンクでも、宇宙ものが多かった。これは単なる流行とは思えない。
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日本でも小倉優子という人が、宇宙から地球に来たと言っていた。槇原敬之は「EXPLORER」というアルバムのジャケットで宇宙服を着て、笑顔でこちらを眺めている。
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私は大学生の頃、宇宙のことばかり考えていた。講談社のブルーバックスの宇宙の本はたくさん読んだし、量子力学やパラレルワールドの本も読んだ。サン・ラのCDも30枚以上買った。余談だが、サン・ラのCDはESPというレーベルからたくさん出ていた。私はESPという言葉の響きが気になった。高田馬場のさかえ通りを入っていくと、ESP学園がある。当時、さかえ通りの入り口付近に八百屋があって、店内に謎のランキングを張り出していた。そこでいつも上位に食い込むのが「ESP学園の学生」だった。私は当初エスパーの養成所だと思っていたが、エンタテインメントの養成所らしい。
■島は最後の逃げ場である
常識的に考えれば、つまりキリスト教の世界観から離れて考えれば、地球外に生命体は数多く存在すると思う。宇宙の広さを考えれば、地球にしか知的生命体が存在しないというのは不自然すぎる。また、人類よりはるかに高度な文明を持っている可能性は高い。だが、宇宙は広いので地球上の生物が能動的に地球外生命体と接触するのはほぼ不可能。それ以前に「宇宙」というのも人間の認識の延長に存在する。
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だから、やはり海という結論になる。パーラメント/ファンカデリックも宇宙がテーマだったのに、「モーター・ブーティ・アフェア」でいきなりテーマが海になった。
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宇宙から地球を見れば人生観が変わるという話は有名だ。立花隆の宇宙の本にも宇宙飛行士の発言が載っていた。遠い場所から青い地球を見れば、戦争も無意味に感じ、平和主義者になる。そして、人間の小ささを知り、神を信じるようになる。言いたいことはわかる。
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私が初めてシュノーケリングをしたのは、タイのサムイ島だった。サムイ島から小型船に乗って小島に行き、さらに小型のボートに乗り換えて、魚がたくさんいるスポットに移動した。そのとき見た光景は想像をはるかに超えていた。大きな魚が現れたとかと思うと、小さな魚の群れに包まれる。カラフルなイソギンチャクやサンゴ礁。竜宮城としか言いようがない。最初の衝撃があまりにも大きかったので、そのあとあちこちの海でシュノーケリングをしたが、それ以上の感動は今のところない。
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2度目にサムイ島に行ったときは、巨大なサメに遭遇した。マレーシアのティオマン島ではコバンザメがおなかにくっついてきたので一緒に泳いだ。沖縄の渡嘉敷島で泳いでいると、遠くにウミガメがいた。手招きすると、近寄ってきたので、しばらく一緒に泳いだ。ティオマン島は星も素晴らしかった。海岸の砂浜に寝ころんで空を見ると、天の川がくっきりと見え、流れ星も多かった。そして宇宙の広さに思いを馳せた。
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高村光太郎は「智恵子は東京に空が無いといふ」と書いた。都会が嫌になったら、島で暮らすのもいい。西郷隆盛も島に流されたが、結婚して子供もできた。オウム真理教の林泰男もそうだが、逃走犯が石垣島で見つかったりするのも、「島は最後の逃げ場である」と考える人が多いからだろう。宇宙まで行かなくても、島に行くだけで世界観は変化する。
文:適菜収