曖昧な告発と世間の空気によって犯罪者にされたジャニー喜多川と、潰されてしまった事務所。その流れは、今年の中居正広、さらには国分太一をめぐる騒動にも引き継がれている。

悪役を作って叩きまくる快楽。しかし、その流行は誰もが叩かれる対象になる時代の到来ではないのか。そんな違和感と危惧を、ゲス不倫騒動あたりまで遡り、検証していく。



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第7回 アベガーに殺された安倍晋三と、ジャニーガーに潰されたジャニーズ。その本質は歪んだ世直しごっこである

 



 このシリーズの第6回(「ゲス不倫」で始まった、メディアと世間が「法を超えて」裁く「私刑」のブーム。ジャニーズはその最大の犠牲者だ。)では、2016年以降に世の中を覆い始めた空気がジャニーズ潰しにつながった流れについて言及した。



 不倫やセクハラといったものが「法を超えて」裁かれるようなことになってしまった背景には、大衆の性嫌悪的感情がある。中居正広の引退や松本人志の活動休止にも、この「感情」がマイナスな影響をもたらしたことはいうまでもない。



 そんな「感情」のあらわれとして、志村けんが死去した際の反応を例に挙げた。コロナ禍による悲劇的な死にもかかわらず、その「下ネタ芸」が一部で批判されたことには驚かされたものだ。



 が、もちろん、大多数の人は冷静だ。

現代美術作家で『欲望会議 『超』ポリコレ宣言』でも知られる柴田英里も、SNSでこう指摘した。



「セクハラか否かは文脈次第で、昔は祝祭的にパコるのが人類の娯楽だったわけで、バカ殿おっぱい神経衰弱とか、祝祭とセクハラの融合ギャグだった」



 20年4月の拙稿(「日本の喜劇王」志村けんの死で終わりかねない、笑える性教育という文化)でも引用させてもらったが、じつに深い洞察だ。



 というのも、この「祝祭」云々からは、日本神話の有名な場面「天岩戸」が想起される。岩戸に籠ってしまった太陽神・天照大神に出て来てもらうために、女神が裸踊りをするなどして大騒ぎする、というアレだ。志村や松本のような芸人はそういう古くからの伝統を引き継いでいるわけで、すなわち、世の中をもっぱら明るくする芸である。



 また、ジャニーズ史上最も勢いを感じさせたグループである光GENJIも、絶頂期にはよく上半身ハダカになった。あれも「祝祭」的パフォーマンスとして芸能史に残るものだ。



 一方、志村や松本、そしてジャニーズに目くじらを立てるなかには「反日」的な人も目立つ。こういう神話も嫌いか、もしくは知らないのだろうし、今の日本で日本人がやっている人気のエンタメには何かとダメ出ししたいのだろう。



 そういえば、ジャニー喜多川をめぐる噂について生前から騒いでいたのも「反日」もしくは「反権力」を売りにするメディアだった。ジャニーズ事務所は大半のケースで無視する姿勢を貫いたが、それは応じることで騒ぎが大きくなり、相手を儲けさせることにつながるからでもある。しかし、それが災いしてか、ジャニーをめぐる噂は死後、事実認定されたかのようになり、不倫以上に絶対的な「悪」として断罪された。

折しも、声の大きな勢力から悪と見なされたものはどれだけ叩いてもかまわないという空気が、世の中に醸成されていったことも不幸というほかない。



 その空気を正当化するために、悪をなしたとされる人は悪魔化されることになる。人間ではなく悪魔なので、叩き放題、それこそ殺してもかまわないわけだ。



 実際、そういう空気のなかで殺された人がいる。政治家・安倍晋三だ。





  



 この暗殺事件については、22年7月配信の拙稿(安倍晋三、死後もなお続くアベガーたちの悪魔化運動と国民的政治家としての特異性)でとりあげた。



 ただ、アベガーによる悪魔化運動は、その後の政権も揺るがし続けている。24年10月の衆議院議員選挙における与党の大敗。その決め手となったのが、安倍の死後、明るみになった政治資金パーティー収入をめぐる問題だ。収支報告書への不記載などが発覚したことで「裏金」になっていたのではと指摘され、野党勢力は激しく攻撃した。その対象がもっぱら、安倍派系の政治家だったのである。



 この攻撃が与党に対する有権者の感情に負の影響をもたらし、かなりの票が野党へと流れることに。

メディアもこの流れに便乗して「裏金議員」などとレッテルを貼り、勧善懲悪的な構図を作って面白おかしく報道した。いわば、アベガーの執念が選挙を動かしたわけだ。



 そんな攻撃スタイルは、今も機能している。今年7月の参院選でも、与党は大敗。石破茂首相への批判が自民党のなかからも噴出して「石破おろし」がすぐに実現するかと思われた。が、同時に「石破やめるな」という擁護の声もあがり、それはなぜか、野党側、あるいは反権力側の人たちからのものが目立った。



 弁護士の菊間千乃も、そのひとりだ。



「政治とカネの問題は、やっぱり非常に大きいと思う。その人たちが石破さんを批判している構図が、国民からすると、いやいや自分たちがそういうことを言うのかな、というところが、何とも気持ち悪いなという感じがします」



 と、ワイドショーで発言。その「問題」がどこまで影響したのかは不明ながら、石破おろしをする側に「お前が言うな」的指摘をしたわけだ。



 しかし、これに黙っていられなかったのがジャニーズファンである。なにせ、菊間といえば、フジテレビの女子アナ時代、ジャニーズアイドルの未成年飲酒の現場に同席して謹慎処分になった人。

にもかかわらず、ジャニーズ騒動では事務所の対応を批判したため「お前が言うな」的指摘を受けた。



 ちなみに彼女は、未成年飲酒の件について、



「会社に行ったら、私だけのせいになっていた」



 と、のちにぼやいている。アイドル自身も謹慎させられているわけだが、彼女にはどこかジャニーズへの恨みめいた気持ちもあるのだろう。



 そして、石破政権もまた、ある意味、恨みによって成立しているところがある。長年、安倍らに負け続け、党内で野党的立場に甘んじてきた石破がようやく天下をとったわけで、それゆえ、アベガーには好意的に受け入れられた。本人の思惑はさておき、アベガーたちは自分たちのラスボスみたいに彼を持ち上げている印象もあり、そこが「石破やめるな」運動の正体なのではないか。



 8月には「戦後80年」についてのメッセージを発表したいとも言っていて、その内容が国益を損なうのではという危惧も囁かれている。



 



 なお、アベガーの構成層は、ジャニー喜多川やジャニーズ事務所を憎む人たち、いわばジャニーガーともかなり共通していて、当然ながら、姿勢も似ている。24年10月にNHKが放送したドキュメント番組『ジャニー喜多川 “アイドル帝国” の実像』でも、不公正な姿勢が目立った。



 局のサイトでは、こんな番組紹介がされている。



「ジャニーズ事務所の創業者・故ジャニー喜多川氏。日本エンタメ界のカリスマでありながら、長年に渡り、少年たちへの性加害を続けてきた。

なぜ誰も彼を止められなかったのかーー。アメリカ日系人社会での知られざる来歴や、ジャニーズ草創期を知る人物の貴重な証言から、早い時期からのジャニー氏の性加害、そして姉・メリー氏がそれを “隠蔽” してきた実態が浮かび上がる。メディアも加担して築かれた “アイドル帝国” の実像とはーー」



 例によって、証拠もなく事件化もされていないのにまず犯罪ありきで叩くという姿勢だ。補償担当者の対応について、事務所側が冷酷に見えるような印象操作的な演出も行われていた。しかも、番組の最後にはこんなテロップも。



「この問題はこれで終わったとは考えていません」



 まだ続けるつもりかと呆れてしまうほど、こちらの執念もそうとうなものだ。



 ではなぜ、アベガーやジャニーガーがこれほどの勢いを持ってしまったのか。その根底には、世直しの娯楽化現象とでもいうものがある。それこそ、安倍を暗殺した犯人が一部で英雄扱いされたり「人殺しはよくないが」という欺瞞的言い回しで正当化されたりというように、世の中に対して抱く不満を自分の代わりに発散してくれることを楽しみたい人がいるのだ。



 ジャニーズ騒動においても、火付け役のひとりとなったガーシーが「良い暴露もしていた」ともてはやされたりした。また、ベテランの報道キャスター(『ゴゴスマ』の石塚元章)が「(この騒動によって)世の中が良くなった」と公言したときには耳を疑ったものだ。アベガーやジャニーガーはスカッとしたかもしれないが、こんな理不尽なやり方で殺されたり潰されたりするほうはたまったものではない。



 そういえば、同時期にユーチューバーによる「私人逮捕」ごっこという騒動も起きた。安倍暗殺もジャニーズ潰しも、根本的にはそれと大して変わらないのではないか。



 とまあ、このふたつの出来事については今も怒りが収まらないが、いったん気持ちを鎮めるとしよう。次の回からは、筆者が感じてきたジャニーズの魅力について語ってみたい。もちろん、それを語るうち、敵となってきた側への皮肉などもまた飛び出すことだろうがーー。



  



文:宝泉薫(作家、芸能評論家)

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