時代を鋭く抉ってきた作家・適菜収氏。当サイト「BEST T!MES」の長期連載「だから何度も言ったのに」が大幅加筆修正され、単行本『日本崩壊  百の兆候』として書籍化された。

新連載「厭世的生き方のすすめ」では、狂気にまみれたこのご時世、ハッピーにネガティブな生活を送るためのヒントを紹介する。世の中にうんざりしてる人に「家出の効能」を説く適菜氏の連載第9回。そのヒントは瀬戸内寂聴にあった・・・



あの人はなぜ家を出たのか? 先人に学ぶ家出のすすめ【適菜...の画像はこちら >>



 



■瀬戸内寂聴へのあこがれ



 僧といってもいろいろいる。いい僧もいれば悪い僧もいる。グリゴリー・ラスプーチンのような怪僧もいれば、一休さんもいる。作家であると同時に僧で、メディアで人生相談をする人もいる。瀬戸内寂聴や今東光もそう。私は寂聴を尊敬している。2012年5月2日、関西電力大飯原発3、4号機の再稼働に反対し、寂聴はハンガーストライキを行った。午前9時に始まり日没に終了。要するに昼飯を抜いただけ。面白すぎる。

当時、私は負けたと思った。



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 西行は平泉に2回行った。京都から岩手まで歩いたわけで普通ではない。1回目は西行が30歳くらいの頃。歌人能因の歌枕を追った約2年間の旅で「初度陸奥の旅」と呼ばれる。「数寄」という言葉がある。これは風流や風雅を好むこと。西行は能因の数寄をたどった。



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 能因が歩いた道を西行がたどり、その道を芭蕉も歩いた。



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 松島は仙台から電車で40分ほどのところにある。松島湾内外に浮かぶ260余りの島々の総称で、日本三景の一つに数えられる。雄島につながる朱塗りの渡月橋は「悪縁を断つ橋」である。

かつて僧たちは雄島に入る際に、陸地の俗世と縁を切った。「縁を切る」というのはなかなかいい言葉だ。私も俗世と縁を切った。



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雄島には芭蕉と弟子の曽良の句碑が建っている。文字は読み取れなかったが、実感したことがある。「自分は能因、西行、芭蕉に連なりたかったんだな」と。もちろん彼らのような才能はないが、連なりたいと思うのは勝手である。私は急いで歌を詠まなければならないと感じた。しかし、まったく思い浮かばない。仕方がないので、とりあえず口に出してみた。



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 松島や 次が続かず 松島や



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 東京の自宅に戻ってから似たような句があることを知った。



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 松島や ああ松島や 松島や



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 これは芭蕉の句とされたこともあったが、相模の田原坊の作という説がある。

季語も入っていないし、私レベルの句を芭蕉が詠むはずもない。



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 西行が二度目に平泉に向かったのは69歳の頃である。東大寺再建事業に関し、大仏の鍍金(メッキ)用の砂金を寄進するよう奥州藤原氏第3代当主秀衡に要請するのが目的だった。この旅の途中では鎌倉で頼朝に会っている。



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 とりわきて心もしみて冴えぞわたる



 衣河みにきたるけふしも(西行)



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 衣川は平安時代末期まで、蝦夷勢力と倭人の勢力とを分ける境界線の川だった。当時の都の人にとっては、平泉は想像もできないくらい遠い場所だった。



あの人はなぜ家を出たのか?   先人に学ぶ家出のすすめ【適菜収】
トルストイ



■家出ならトルストイに学べ

 



 俗世と離れるためには、まずは人間関係を切ることが必要だ。西行は妻子があるのに出家した。とりあえず離婚してみるのもいい。子供は口減らしのため奉公にでも出せばいい。親は「楢山節考」みたいに山に捨ててくればいい。



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 犬を捨てたら、飼い主より先に自宅に戻っていたという話は昔からよくある。

女房や親も先に自宅に戻ってきてしまう可能性もある。それで「なんで私を捨てたんだ」と詰問されたら、たまったものではない。



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 この問題を解消するにはどうすればいいか。「殺して遺体を山に捨てればいい」と言う人がいるかもしれない。しかし、そんなことをしたらかわいそうだし、そもそも犯罪である。それで逮捕されて「とりかえしのつかないことをしてしまった」と言っても遅い。覆水盆に返らず。殺人はおすすめできない。それなら、自分が離れればいいのである。つまり家出だ。



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 家出なら気楽だ。家から出れば、ある意味では家出である。

最初は半日くらいの家出を繰り返し、徐々に期間を延ばしていく。数日から数週間、数カ月、数年と。そうなると、ある程度のコンセンサスが得られる。「もう帰ってくるつもりはないのだな」と。



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 寂聴は夫の教え子と不倫し、夫と3歳の長女を残して家出した。トルストイは女房が嫌になり、82歳にもなって家出した。家出から10日後に肺炎で死ぬが、その気力と行動力は素晴らしい。私の知り合いの文芸評論家も女房が嫌になり家出した。そして死んでしまった。いい人生だったと思う。



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 私も家出したい。家出したら歌舞伎町のトー横に行きたい。

トー横にたむろしている若者に煙たがられるかもしれないが、そのときはアメ横でもいい。





文:適菜収

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