時代を鋭く抉ってきた作家・適菜収氏。当サイト「BEST T!MES」の長期連載「だから何度も言ったのに」が大幅加筆修正され、単行本『日本崩壊  百の兆候』として書籍化された。

連載「厭世的生き方のすすめ」では、狂気にまみれたこのご時世、ハッピーにネガティブな生活を送るためのヒントを紹介する。世の中にうんざりしてる人に、適菜氏が説く連載第12回は「陰謀論者には近づくな」。



世界を汚染する陰謀論。すぐ隣にいる陰謀論者とは?【適菜収】の画像はこちら >>



◾️人類の月面着陸はあったのか?



 書店に行けば陰謀論の本が所狭しと並んでいる。多くの日本人が陰謀論に汚染され、しまいには陰謀論者の集団が政党を組んで、バカを騙して急拡大している。日本だけではない。これは世界的な傾向だ。



 私は昔から陰謀論が大嫌いだった。陰謀はたしかに存在する。陰謀が歴史を動かしてきたのは事実である。しかし、陰謀論者は思考回路がおかしい。最初に「世界を動かす原理」なるものを設定し、それに沿った「事実」をチェリーピッキングして組み立てるからだ。そうすれば、あらゆることが整合性をもって説明できる。

問題は、評論家や大学教授でも、同じような思考回路の人が多いこと。信仰する理論に合致するデータを集め、結論から原因をでっちあげる。



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 参政党に歴史修正主義者が多いのは、こうした理由による。



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 私の知り合いの大学院教授も陰謀論の世界に闇落ちした。もっともその後の彼の言動を見れば、もともと陰謀論者だった可能性が高い。



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 私は何回か陰謀論者と対談したことがある。そのたびに陰謀論を否定してきた。



 あるとき、某編集者から「副島隆彦さんが適菜さんの本を激賞していましたよ」と教えてもらった。私は「ああ、そうですか」と答えて、私の文章の一つか二つくらいを引用してくれたのかと思い、そのまま忘れていた。



 その約2週間後、某書店に、『ニーチェに学ぶ「奴隷をやめて反逆せよ! 」―まず知識・思想から』というタイトルの本が並んでいて、「これのことかな?」と思って、パラパラとめくると20か所くらい私の名前が出てきた。



 この本、手元にないので、あくまで記憶の範囲内だが、「私はこれからの言論を適菜収に託す」「適菜は天才だ」くらいの勢いで書いてある。さらに「敵菜」などの誤植もいくつかあった(ような気がする)。



 私は「副島隆彦って陰謀論の人でしょ」くらいのイメージしかなかったので、その本を元の位置に戻した。



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 それからしばらくして、フリーの編集者のMさんから、その本と副島の『人類の月面着陸は無かったろう論』が送られてきた。『人類の月面着陸は無かったろう論』は、昔、私が陰謀論の典型として批判した本だ。その後、Mさんからベストセラーズの Sさんに「適菜収と副島隆彦の対談を設定したい」との連絡があった。細かいことは忘れたが、BEST TiMESに、短い対談が載った。



 そこで終わった話だと思っていたら、今度は「対談本を作りたい」との連絡が来た。私は政治の話はしないと断ったが、「それでもいい。女というテーマではどうか」という提案がSさん経由で来た。



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 私はそれならやると答えた。当時、「ニーチェと女」というテーマでまとめて語っておきたいことがたくさんあったからだ。『善悪の彼岸』の冒頭に有名な一節がある。



 《真理は女である、と仮定すれば、――どういうことになるか? すべての哲学者は、彼らがドグマティカー(独断論者)であったかぎり、この女をうまく理解できなかったのではないかという疑いも、もっともなことではなかろうか?》



 「女」という切り口で対談したことはなかったのでなかなか新鮮である。

私は大まかに話したい内容を考えて、対談場所の高田馬場のルノワールに向かった。





 個室には、副島、Mさん、Sさんがいた。副島は開口一番「僕は今、森友学園問題について考えているんだけど、適菜君もこれまで森友事件については追及してきたよね。だからこの対談本は、森友学園問題、加計学園問題に関する緊急出版にしませんか」と言った。



 え?



 しばらくフリーズする私に、Sさんが「適菜さん、適菜さん」と声をかける。



 それで我に返って「女の話だから対談を引き受けたんですが」と言った。



 副島「でもこのテーマがいいと思うんだよなあ」。



 私は腹が立ったので、「わかりました。では、そちらの方向でやるとしても、まずは企画をたてなおして、その後、また集まりましょう」と言った。



 Mさんが慌てて「では今日ここで女の話をやることにしましょう」と強引に話を進めてきた。



 私は相手にしないで、トイレに行くと言って席を外し、しばらく外でメールのチェックをしていた。



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 その後、個室に戻ると、妙な空気が流れていた。

後から聞いた話では、副島が「適菜君、怒ったかな。まずいな。とりなしてくれ」とSさんに頼んだという。



 それでSさんがたわいもない話をして場を和ませようとした。



 私が黙っていると、副島は反発したみたいで「僕はこれまですごい業績を積んできた。トランプが大統領になるのを当てたのも僕だ」「日本でトランプ大統領誕生を予言している識者はいなかった」「適菜君はどう予測していたのか?」と聞いてきた。



 私が「トランプになると思っていましたが」と答えたので、副島はガチョーンみたいな感じだった。「その根拠は?」としつこく聞いてきたので、イギリスのブレグジットやサンダース現象、ヒラリーへの貧困層の反発などいろいろ考えれば、普通はそう予測するんじゃないですか、みたいなことを言ったら、さらに場が気まずくなった。



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 すると、副島が「適菜君は人類は月に行ったと思う?」と聞いてきた。



 「行ったんじゃないですか」と答えると「何割くらいの可能性で行ったと思う?」と。



 本当は10割と言いたかったが、私は根がやさしいので、8割と言った。



 すると副島は憤慨したのか、「適菜君の保守に関する理論はまだ浅い。

私は適菜君より20歳上だが、ずっと研鑽を積んできた。だから適菜君が私と同じ域に達するにはあと20年かかる」と言う。



 私「確かに私は全然勉強が足りません。これから20年間、きちんと勉強します。今回の対談は中止にして、20年後に改めて対談をお願いできませんか」。



 副島「その頃、僕は死んでいるよお!」。



 副島さん、面白い。いい人だし、人当たりも柔らかい。この先、対談することはないが。





◾️初刷20000部の誘惑



 『フォーブス』の元アジア太平洋支局長ベンジャミン・フルフォードと対談本を出したことがある。彼は陰謀論者だが、私はそこでユダヤ陰謀論はトンデモが多いという話をした。出版直後、フルフォードの発言部分がユダヤ人団体からクレームをつけられ、その本は絶版になった。

徳間書店の編集者Iさんは「編集作業が甘かった」と謝りにきた。



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 そもそも最初から話がおかしかった。Iさんから「井沢元彦さんと宗教について対談してほしい」というメールが来た。私が断ると「企画の説明だけでも一度聞いてほしい」というので、徳間書店に行くと、「今、井沢さん、旅に出てしまったの。代わりにベンジャミンでもいい?」とIさんが聞く。「ベンジャミンでもいい?」という言い方もないだろうと思ったが、初刷20000部という数字に心が揺れた。



 昨今、ハードカバーで初刷20000部というのはほとんどない。そのときは金欠だったので、飲み代を稼ぐため、のこのこ対談に出かけて行った。騒動後、私まで陰謀論者だと間違えられたりした。バチが当たったのだろう。一方、陰謀論を批判したことで、太田竜という陰謀論者に絡まれたりもした。



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 その後、某所で西尾幹二と話したとき、「そう言えば、あなたはベンジャミンとの対談で徳間書店に迷惑をかけたね」と言うから、「とんでもない。まったく逆で、徳間書店は適菜さんに迷惑をかけたと謝ってきたんですよ」と答えた。その後、話は変な方向に進み、西尾は「そうか、だったら本の広告を載せた朝日新聞が悪いんだな」と一人で納得して去っていった。



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 犬も歩けば陰謀にあたる。陰謀論的思考回路の人間には近づかないほうがいい。





文:適菜収

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