「ネオソウルの旗手」と呼ばれるディアンジェロが死去。享年51。

2000年のアルバム『ヴードゥー』でグラミー賞の「最優秀R&Bアルバム」を受賞するなど、生涯でグラミー賞4部門に輝いた。20世紀末の時点で、音楽はいずれタダになると予言していた音楽家近田春夫氏と、近代大衆社会の末期症状を描き出した『日本崩壊 百の兆候』(KKベストセラーズ)が絶賛発売中の作家適菜氏による異色LINE対談。連載「言葉とハサミは使いよう」第10回。



   



■スライ、プリンス、JBの継承者

 



適菜:ディアンジェロ、死んじゃいましたね。これからのファンクをつくる人だったのに残念です。



近田:51歳だってね。結構ショックだったよ。ホントこれからって思ってたから。死因は膵臓がんかあ。



適菜:酒の飲みすぎもあったと思います。私の友人も膵臓がんで死にましたが、膵臓がんは治りにくいようです。



近田:見つかった時は手遅れっていうケースが多いよね。



適菜:特に膵臓がんは自覚症状がないので、手遅れになりやすいそうです。



近田:最初は腰痛がひどくて、整体に行ったり、それでもよくならなくて検査したら、膵臓癌だったっていうパターン。



適菜:彼はほぼ私と同じ歳です。『ブラック・メサイア』を聴いたときは、ああスライやプリンス、JBの継承者だなと思いました。一度は生で見たかったです。



近田:俺はディアンジェロっていうと、音の密度の心地よさってことをまず思い出すかなぁ……。



適菜:2015年にサマーソニックに来ているし、その後、Zepp Tokyoでも演っている。2016年3月には神奈川と大阪。私はうっかりしていて行きそびれてしまいましたが。



近田:来日は知らなかったぁ。



適菜:私のFacebookの過去の投稿の検索をしたら出てきました。他にもこんなのもありました。

2019年の投稿です。「iPhoneにD'ANGELO、来日と入れたら、7月26日と27日のZepp Tokyo というのが出てきて、ベッドから飛び起きて、パソコンで急いでチケット取ろうとしたら、ANGELOというなんだかよくわからない日本のヴィジュアル系バンドだった。まぎらわしいわ」



近田:受ける~!



適菜:プリンスも若くして死んでしまいましたが、たくさん音楽を残してくれた。ディアンジェロは寡作すぎました。『ブードゥー』から『ブラック・メサイア』が出るまでに14年かかっている。



近田:そうなんだよね。



適菜:クオリティの高さも含めて、珍しい人でしたね。『ブラック・メサイア』は2014年。つい最近かと思っていましたが、10年以上前です。時間が経つのはあっという間です。



近田:ホント早い! 適菜さんがディアンジェロに注目したのはいつ?



適菜:『ブラウン・シュガー』の頃は、ほとんど興味なくて。いわゆるブラックコンテンポラリーみたいなものはほとんど聴かなかったのですが、少し大人になってからディアンジェロは別格だなと気づきました。

『ブラウン・シュガー』は1995年か。



近田:もう30年!



適菜:アルバムは3枚しか残していませんが、『ライヴ・アット・ザ・ジャズ・カフェ・ロンドン』というライブ盤があって、オハイオプレイヤーズの曲とかを演ったり、ブラックミュージック愛にあふれていて、あれもすごくいいですね。



 



■35年前に大ヒットしたラブソング

 



近田:時間が経つのはあっという間。「光陰矢の如し」という言葉もあるけど。



適菜:以前、「ジャネの法則」の話をしたじゃないですか。たかだか80年前の敗戦を昔のことのように感じるのは、白黒映像も関係しているような気がします。現在と同じくらい鮮明な映像が残っていれば、それほど昔のことだとは感じないのかと。学生のころ、昔の世界は白黒だったと本気で思っているやつがいて、驚いたことがあります。よく、大学に受かったなと。でも、そういうやつは結構いるみたいです。



近田:最近、「35年前に大ヒットしたラブソング」みたいな記事がYahooとかに出てるけど、例えば1975年の35年前って1940年ですよ。2025年の35年前は1990年っていうのと意味違わなくないすか?



適菜:単に「歳をとったからそう思うようになった」というだけでは片付かない問題のような気がします。



近田:これは本当に難しい問題だよね。



適菜:「35年前に大ヒットしたラブソング」の10倍が350年前。350年前は1675年。そう考えると江戸時代もつい最近です。



近田:楽しいとあっという間に時間が過ぎるっていうじゃないさ。じゃ歳取るのって楽しいってことになるよね。



適菜:まあ、若い頃より、今の方が楽しいような気がします。勝手なことが言えるし。



近田:うん。



適菜:過去がそれほど身近なら、「昔のことだ」で片づけてしまうのは危ないですね。参政党なんて、歴史を捏造するどころか、つい2、3年前の悪事でも、「そんな昔のことを蒸し返すな」と言ってきますから。



近田:時間は存在するのかという話もあるけど、ひとついえるのは、今のところ過去にも未来も行けない。

この今の一瞬しかないってことだね。



適菜:保守主義の文脈だと「今」を強調しますね。



近田:時間について考えるのは今のところ一番面白い。



適菜:時間についておすすめの本はありますか?



近田:素直にプルーストとガルシア・マルケスってことになるのかなぁ? 月並みで申し訳ないけど。



適菜:時間は均一に流れないと。



近田:そこ! 主観的にしか語りようがないってことよ。



適菜:脳内現象ですからね。



近田:だけど一方で単位というか、物理的時間は存在してるじゃん。時計とかあるんだから。5分の長さって、5センチみたくは表せないから困る。



適菜:資本主義が均質的な時間を要請したという話は、ベネディクト・アンダーソンを始め、ナショナリズム論ではよく語られていますね。



 



■結果がどうなるかは神のみぞ知る

 



適菜:350年くらい一瞬ですぎるのだから、「待つ」とか「一度引く」というのも、大事かなと最近は思っています。



近田:場所は移動できるけど、「今」から、次の瞬間に行くことを拒否することはできない。この時間の流れから外れることはできないっていうのは全宇宙で共通なの? 例えば100万光年の彼方の土地でも、地球上と同じように、「今」は「今」なのかな?



適菜:難しい問題ですね。言語学や哲学の問題も絡んできますし。そもそも、時間は前方に進むものなのかもわからないし。



近田:うん。



適菜:「時間」で思い出したのですが、昔、「虚業家」の康芳夫に「適菜君、君はなんでハイデガーをやらないんだ?」と言われた。私はハイデガーなんて読んでもいないのに。康さんは、ほとんどすべての人を「君」付けで呼んでいましたが、「ハイデガー君」とはいわなかった。さすがに、ハイデガーは先輩だと思っていたみたいです。近田さんは、康さんとはご面識がありますか?



近田:昔、ユーヤさん(内田裕也)のバンドにいた頃、志賀高原のホテルのクリスマスパーティーの営業に行った時、普通に客で女と来ていて、どう考えてもドラッグ目一杯決めて女と踊ってたシーンが忘れられないね。



適菜:いつ頃の話ですか?



近田:70年代の初頭~75年の間ぐらいかなぁ?



適菜:トルーマン・カポーティ・ロックンロール・バンドですか?



近田:いや、その頃は1815ロックンロールバンドだね。



適菜:どんなパーティーだったんですか?



近田:竹田和夫のクリエィションに俺がキーボードで参加っていう。



適菜:普通のクリスマスパーティーですか?



近田:普通のもので、パーティーバンドとして呼ばれたって感じ。



適菜:私は20代の後半頃、新宿で飲むことが多かったのですが、風花とかburaとかで康芳夫を見かけることが多かったです。ピンクのスーツを着ていてどう見てもカタギではない。「適菜君、この世は虚実皮膜だよ」とよく言っていました。昨年の暮れ、亡くなったみたいですが。



近田:すごい人と知り合いだったんだね!



適菜:最初、福田和也が康芳夫について書いているのをどこかで読んで、そのあと、ピンク色の人が新宿を歩いていたので、「あっ、康芳夫だ」と思ったのをなんとなく覚えています。正確にはいつだったか忘れましたが。



近田:あ、書いてたね!



適菜:康さんは長生きでしたが、私の知り合いは、50代後半で次々と死にました。時間も死も結局よくわかりません。



近田:結果がどうなるかは神のみぞ知るなんだったら、とりあえず自分の信じるようにやるだよね。



 



文:近田春夫×適菜収 

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