リンドバーグ、ライト兄弟……。大空を羽ばたいた人たちがいた。

われわれはなぜ空にあこがれるのか。時代を鋭く抉ってきた作家・適菜収氏が空と鳥に関する考察を行った。当サイト「BEST T!MES」の長期連載「だから何度も言ったのに」が大幅加筆修正され、単行本『日本崩壊  百の兆候』として書籍化された。連載「厭世的生き方のすすめ」では、狂気にまみれたこのご時世、ハッピーにネガティブな生活を送るためのヒントを紹介する。



大空へのあこがれ。それは地上の生きづらさの裏返しである!【適...の画像はこちら >>



■魔法をかけられた少年



 「この空を飛べたら」という中島みゆきの曲がある。「ああ人は昔々鳥だったのかもしれないね」という歌詞があるが、人の祖先は猿であり、鳥ではない。鳥の祖先は二足歩行の肉食恐竜である。



 「翼をください」や「ひこうき雲」のように、空を恋しがる曲は多い。それだけ地上は厳しいのだと思う。



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 たまに空を飛ぶ夢を見る。夢の中で体を浮かせようとすると、数メートルから大気圏ぎりぎりまで体が浮かび、さらに前方に進むこともできる。夢の中では、浮かぶ際、電線に引っ掛からないように注意したり、あまり高くまで上がると、気温が下がるし空気が薄くなるからよくないと考えたりもする。

荒唐無稽な夢なのに、変に論理的である。



 こんな物理法則に反することができるのだから、世界は大きく揺らぐことになる。だから、やはりおかしいと思う。そのうち「これは夢を見ている可能性が高い」と気づく。



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 やがて目が覚め「やっぱり夢か」と思い、ベッドから降りて、もう一度体が浮くか試してみると、なんと浮いた。夢ではなかった! 信じられないが目の前で発生している事実ほど確かな証拠はない。社会を汚染する「目覚めてしまった」系の人々も同じようなものだろう。「目が覚めた」と言いながら、一生夢の中で暮らすのである。



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 合理的・理性的に考えようが、前提が間違っていればすべて間違う。



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 私が幼稚園の頃、『ニルスのふしぎな旅』というアニメ番組があった。内容は覚えていないが、人が鳥に乗って旅をするのだから、強い印象が残った。本連載「厭世的生き方のすすめ!」のバナーのイラストも、ニルスからインスピレーションを受けて、私が描いたものである。



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 ネットで調べてみると、「動物たちをいじめてばかりのわんぱく少年ニルスは妖精を怒らせ、魔法でハムスターのキャロットとともに小さくされてしまった。と同時に動物たちの言葉がわかるようになる。飛べないガチョウのモルテンと一緒に、ガンの群れに同行して旅するなかで、彼らと友情を深め、わがままだったニルスは心優しい少年へと成長していく。スウェーデンの児童文学が原作」(NHKアーカイブス)とのこと。



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 私も妖精に魔法をかけられ小さくなりたい。



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 大江健三郎『個人的な体験』の主人公は鳥(バード)というあだ名を持つ予備校講師だが、あれはチャーリー・パーカーへのオマージュである(ような気がする)。



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 小林秀雄は福田恆存を「痩せた、鳥みたいな人」「良心を持った鳥のような感じだ」とほめた。大江も福田も鳥に似ている。渡辺喜美もインコみたいな顔をしている。鳥人間コンテストは顔で選ぶべきだ。



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 昔、昼のワイドショーを毎日観るおばあさんの言葉に痺れた。「小柳ルミ子ちゃんね、あの子、若いスズメを飼っているのよ」。

それを言うなら「若いツバメ」である。





■第三の道という選択肢



 かつて話題になったワイドショーのコメンテーターがいた。元刑事の田宮榮一氏が描く犯人像は範囲が広かった。「犯人は20代から30代。もしくは40代から50代」という有名なコメントが残っているし、2008年の元厚生事務次官宅連続襲撃事件については「複数犯か同一人物の犯行」、2009年の中央大学教授刺殺事件については「内部、もしくは外部の者の犯行」「犯人は男性といわれているが、女性である可能性も否定できない」と予測した。



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 「東のほんこん」の異名を持つ自称国際政治学者三浦瑠麗の予言もそれに近い。ロシアのウクライナ侵攻については「どこで悟って、どこで引き返すのか。引き返さないという選択肢もプーチンにはある」と発言。そりゃ、進むか引き返すかのどちらかしかないからね。新型コロナについては延々とピークアウトを予測し続けた。「来週ピークアウトする」と言っていれば、いつかは当たる。



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 某陰謀論者が言っていた。

「とりあえずたくさん予言しておいて、当たったものだけ的中したと宣伝すればいいんです」。



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 10年くらい前だったか、某政治学者の文章に大きな衝撃を受けた。だいたい次のような論旨である。



 「Aという現象に対して、Bという意見とCという意見がある」



 「BとCは対立しているが、その議論は不毛であり、私はBにもCにも賛同しない。なぜなら第三の道があると信じているからだ」



 文章はここで終わる。



 え?



 その「第三の道」については一行も触れられていないのである。よくもまあ、こんなアホな文章を公にできるなと思ったが、考えてみれば、同レベルの文章は日々世の中に垂れ流されている。ちなみに、そいつもインコみたいな顔をしている。



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 こうした地上的なくだらなさも、高い場所から見れば、やさしい目で眺めることができる。ミミズだってアメンボだって三浦瑠麗だって、みんな必死になって生きているのであり、大切な友達なのである。



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 たしかに地上は息苦しい。しかし嘆いてばかりでは仕方がない。

幻想の過去に安住するのか、それともこのまま地獄の未来へ突き進むのか。私は第三の道があると信じている。





文:適菜収

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