巨人・桑田真澄二軍監督が今季限りで退団することが28日、分かった。
前日の27日までは「みやざきフェニックス・リーグ」で指揮を執っていて、電撃の退団となった。
就任2年目の今季はイースタン・リーグで2年ぶり29回目となる優勝を果たした。
しかし、球団からは来季、二軍監督を外れてユニホームを脱ぐ旨を通達され、フロント入りを打診されたが、一軍がリーグ優勝を逃した責任を取って退団を決断したようだ。
都内で取材に応じた桑田二軍監督は、「今回、一軍が優勝できなくて、若手選手の育成ができていないという評価だったので、これは責任を取らなきゃいけないということを伝えました。自分の中でケジメをつけたということです」と説明。球団に対して伝えたこととして、「まずは5年間、お世話になっていろんな勉強をさせてもらって、野球人として成長できたことに感謝していますということ。もう一つは、選手たちの成長を見届けられなくて非常に残念です、と」と説明した。
この日の午前に都内の球団事務所を訪れ、退団の意思を伝えた。二軍監督として2年間、愛情を込めて携わってきたチームに対しては「彼らの成長のひとかけら、ワンポイントでもいいから、成長の糧に少しでもなってくれたらありがたいと思う。あしたから一緒に汗を流すこともできないんだと思うとさびしい。でも、常にベストを尽くしてやってきたから悔いはなしです。コーチ陣、スタッフ、いつも支えてくれたことに心から感謝したい」と率直な心境を吐露した。
大阪・PL学園高時代は5季連続で甲子園に出場し、春夏合わせて2度の優勝、2度の準優勝に輝いた甲子園の申し子。
08年3月、パイレーツで現役を引退後はさまざまな方法で野球を学んだ。評論家を務める傍ら、09年から早大大学院スポーツ科学研究科の修士課程トップスポーツマネジメントコース(1年制)で学び首席で卒業。14年4月からは東大大学院総合文化研究科に在籍し、投球フォーム、打撃フォームの研究、動作解析などにいそしみ、東大大学院特任研究員も務めた。
21年、06年に退団して以来15年ぶりに巨人復帰。同年は投手チーフコーチ補佐、22年は投手チーフコーチに昇格して自身の経験に基づく技術指導や練習法を導入し、野球理論を還元した。23年はファーム総監督に配置転換され、同年10月からは二軍監督としてチーム強化に携わってきた。
二軍監督としては「供給、調整、育成」を使命とし、スポーツ医科学を活用して選手の状態を管理。降格した選手と面談を行い、心技体の課題を整理し一軍復帰への方向性を定めた。一軍で求められる「仮説と検証」「目標から逆算する思考」や、「この練習が正しい」という無意識の思い込みを取り除く大切さも伝え続けた。
練習では選手の個別性・独自性を重視。
文:BEST T!MES編集部
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