【ニューヨーク市長】急進左派のゾフラーン・マムダーニーが当選...の画像はこちら >>



 2025年11月5日、ニューヨーク市長選挙でゾフラーン・マムダーニーが当選したとの報が世界を駆け巡った。メディアの報道ではアメリカのリベラル派の歓喜と熱狂、MAGAトランプ支持者の困惑と憤怒が伝えられえている。



 しかしゾフラーンの勝利は、リベラル派の勝利、MAGAトランプ派の敗北を意味するわけではない。勝利演説で「私はムスリムであり、移民の子であり、ニューヨーカーである」と自己の宗教的出自、ヒトの流動性を強調していることからも、ゾフラーニーのニューヨーク市長選挙当選は宗教地政学的にも極めて重要な事件である。



 しかしその詳細な分析は近日中に行うとして、取り敢えずその分析の理解の為の予備的考察として以下に(1)ゾフラーンのニューヨーク市長選における当選確定とトランプ氏の反応、(2)ゾフラーン・マムダーニーとは何者なのか、(3)ゾフラーン当選がいかに誤解されうるのか、の3点に絞って読者と情報と主要な論点を共有しておきたい[1]





(1)マムダーニー、ニューヨーク市長当選



 投票終了はアメリカ東部時間2025年12月4日20時(日本時間11月5日午前10時)であったが、11月4日21時30分に CBS NEWSが[投票総数2,055,921票、 得票率ゾフラーン50.4%,クオモ 41.6%,スリワ 7.1%]でゾフラーンの当選確定の速報を流した。



 5日0時51分にはニューヨーク市選挙管理委員会が、ゾフラーンが得票率50.4%で当選確定と発表した。



 それを承けて5日午前2時53分Newsweekが勝利演説全文を掲載、午前5時13分にはYahoo News / CBSがBrooklyn Paramount Theaterにおけるゾフラーンの「The future is in our hands(未来は私たちの手にある)、This is a mandate for change(「これは変化を求める委任状だ)」との支持者に向けての勝利宣言を放映した。



 報じられるところでは、ゾフラーンは以下のように述べ、自己の勝利の歴史的意義を強調し、社会正義と包摂を訴えている。



 《未来は私たちの手中にある、皆さん、私たちは政治的王朝を打ち倒した。権力は富裕層だけのものではないと証明した。それは倉庫で働く人々、配達員、介護ヘルパーのものであり、この都市を動かしているのは、所有している者ではなく、働いている者たちだ。 ―中略― この勝利は私一人のものではない。立ち退きに直面したすべての借家人、借金に苦しむすべての学生、生活賃金を拒否されたすべての労働者のものだ。

これは住宅の正義、人種の正義、経済の正義のための変革への信任状だ。私たちは家賃規制、公共交通機関、包括的な育児支援のために闘う。私たちは沈黙せず、買収されることもない。 ―中略― 私はムスリム、私は移民の子、私は南アジア系、私はウガンダ系、私はニューヨーカーであり、私はここに属している。あまりにも長い間、私のような人々はこの国では“客人”だと言われてきた。今夜、私たちは言う――私たちは客ではなく、私たちはホストだ。私たちは構築者であり、私たちは指導者なのだ》[2]





【ニューヨーク市長】急進左派のゾフラーン・マムダーニーが当選。しかしそれはMAGAトランプ派の敗北を意味するわけではない!【中田考】
ドナルド・トランプ(1946〜)



 トランプは、選挙前にゾフラーンが当選すればニューヨーク市への連邦資金を停止する、彼を逮捕、国外追放する可能性がある、ニューヨークに国家警備隊(the National Guard)を派遣する、などと恫喝していたが[3]、当選後は自らのSNSであるTruth Socialで「AND SO IT BEGINS!(…そして始まる!)」という4語の投稿を行っただけであり、直接的な批判や法的介入は避けつつも、今後の対立を示唆したにとどまっている[4]




[1]アメリカの代表的な日刊紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』は、2025年11月5日付の「NY市長にマムダニ氏当選、知っておくべき5つのこと」と題する社説を掲げているが、その五項目の要点は以下の通りである。①4日に実施されたニューヨーク市長選で当選したゾフラン・マムダーニー氏(34)は、過去100年以上で最年少のニューヨーク市長となる。またイスラーム教徒がNY市長に就任するのも初めてのケースとなった。②ゾフラーンは生活費の高騰を巡って若い有権者の共感を呼ぶ一方で、経済界に不安をもたらした。③ゾフラーンの選挙戦は社会主義を掲げる地元の政党が支えた。

同氏は米国民主社会主義者(DSA)のメンバーだがDSAは当初、市長候補としてゾフラーンを支援することに消極的だった。だが最終的には2024年10月に開始された同氏の選挙運動を支援している。④ゾフラーンは学者と映画監督の息子としてウガンダのカンパラで生まれた。その後、父親のマフムード・マムダーニー氏がコロンビア大学の教員になった際、7歳でニューヨークのアッパーウエストサイドに移住した。⑤ゾフラーンはイスラエルに対する見解で大きな反発に直面した。また進歩的な政治に対するその他の批判も受けている。



[2] Cf., Jordan King, “Zohran Mamdani’s Victory Speech in Full”, News Week, 2025/11/05,
Zohran Mamdani, “Hope Is Alive”, The Nation, 2025/11/05, Renee Anderson, Jesse Zanger, “Zohran Mamdani claims victory in NYC mayor's race, promises "relentless improvement"” CBS NEWS, 2025/11/05.



[3] Cf., “Trump backs Cuomo, threatens to cut funds as New Yorkers expected to pick leftist Mamdani as mayor”, The STRAITS TIMES, 2025/11/04, “Mamdani tells Trump that New York is ready to fight after president’s threats fail to thwart voters” PBS NEWS, 2025/11/05,David Brennan, “Mayor-elect Zohran Mamdani says New York will resist Trump 'intimidation'”, ABC NEWS, 2025/11/05



[4] Cf., Bryony Gooch, “Trump issues four-word response after NYC mayor-elect Zohran Mamdani declares ‘mandate for change’”, INDEPENDENT, 2025/11/05.





(2)ゾフラーン・マムダーニーとは何者なのか



 「ゾフラーン・マムダーニーとは何者なのか」は、“帝国日本”がこれから問い続けなければならない課題であるが、筆者は、ゾフラーン・マムダーニーが何者なのかを理解するカギは、ゾフラーンの父マフムード・マムダーニーの学問的業績にあると考える。



 そこでゾフラーンの人物像の概略の紹介はウィキペディアの日本語版に譲り[5]、以下では主として最も詳しいペルシャ語版『ウィキペディア』に基づき、彼の父である人類学者マフムード・マムダーニーについての客観的情報を整理したい。





【ニューヨーク市長】急進左派のゾフラーン・マムダーニーが当選。しかしそれはMAGAトランプ派の敗北を意味するわけではない!【中田考】
マフムード・マムダーニー(Mahmood Mamdani)(1946〜)。アフリカ政治と国際政治、植民地主義とポスト植民地主義、そして知識生産の政治学の研究を専門とする文化人類学者・政治学者



 マフムード・マムダーニー(Mahmood Mamdani)は1946年4月23日、イギリス植民地時代のインドのボンベイでタンザニア生まれのメモン・スンナ派のグジャラート商人の両親の間に生まれ1952年頃にウガンダに移住したインド系ウガンダ人である。



 初等教育はまずイスラーム神学校(madrasah) に通った後、その後インド系の公立小学校に進学しグジャラート語、ウルドゥー語、スワヒリ語を話して育ち、6年生から英語の学習を始め、カンパラ旧中学校に進学し、東アフリカの学生をアメリカやカナダの大学に進学させるアメリカの奨学金制度「ケネディ・エアリフト」計画に参加し1963年にピッツバーグ大学に入学し、1967年に政治学の学士号を取得して卒業しタフツ大学フレッチャー法律外交大学院で学び1968年に政治学修士1969年に法律外交修士号を取得し1974年にはハーバード大学で「ウガンダにおける政治と階級形成」をテーマに博士号を獲得した。



 1972年初頭にウガンダに帰国しカンパラのマケレレ大学で教育助手に任用されたが同年末にイディ・アミン大統領により民族的理由で追放され、イギリスの難民キャンプに移り、1973年半ばタンザニアのダールッサラーム大学に採用され博士論文を完成させ、反イディ・アミン運動にも参加し、1979年ウガンダ・タンザニア戦争後にアミンが失脚すると、世界教会協議会の国境評議会の一員としてウガンダに戻った。



 1984年、セネガルのダカールでの会議出席中にミルトン・オボテ政権を批判したことによりウガンダ国籍を剥奪され、無国籍者となり、ダールッサラームに戻り、1986年春学期にはミシガン大学アナーバー校で客員教授として教鞭をとったがオボテの失脚に伴い1986年6月に再びウガンダに帰国した。



 その後ウガンダの非政府研究機関「ベーシック・リサーチ・センター」の創設所長に就任し、1987年から2006年までその職にあったが、その間プリンストン大学(1995~1996年)、ケープタウン大学でアフリカ研究講座教授を歴任し、1998年から2002年にかけてはアフリカ社会科学研究開発評議会(CODESRIA)の会長を務めた。



 マフムード・マムダーニーの生涯の概観は、彼が一貫して社会運動家、研究者としてのキャリアを歩んできたことを示している。中でも彼が何度も国外追放になり、国籍剥奪され、難民キャンプに送られ、無国籍者になりながらも、その体験を研究に組み込み思索の幅を広めていった事実は知行合一の彼の学問に深みと信頼性を与えている。



 ゾフラーンもウガンダとアメリカの二重国籍であり、宗教的にはイスラーム教徒であるが、ゾフラーンの多様で複雑な属性の中ではその宗教帰属は決して中核ではないことは父のマフムード・マムダーニーと同様である。



 それにもかかわらず、彼がアメリカに敵対するイランに支援されており、アメリカをシーア派に洗脳しようとしている、という情報操作が、MAGAトランプ支持者やシオニストのメディアの間で行われたのは厳然たる事実である。[6]



 そしてそのことの意味を理解するためには、「マムダーニー当選がいかに誤解されうるのか」を考える必要がある。





[5] 日本語版では彼の宗教帰属はイスラーム教徒としか記されていないが、英語版、アラビア語版、ペルシャ語版、ウルドゥー語版などでは12イマーム派と明記されている。



[6] MAGAトランプ支持者やシオニストのメディアの間で行われている。  たとえば2025年11月6日付『Fox News オンライン』が「マムダーニーはホージャ・シーア派ムスリムとして自身を位置づけており、イランの十二イマーム派につながる宗派に属する(Mamdani identifies as a Khoja Shia Muslim, part of a sect linked to Iran’s Twelver tradition)」と報じており、また11月5日付のイスラエルの日刊紙『Israel Hayom』が、「ニューヨーク市がシーア派ムスリムの市長を選出――アメリカのリベラル・エリートにとっての政治的地震(NYC elects Shiite Muslim mayor — a political earthquake for America’s liberal elites)」とのデマを流し、その翻訳転載が Fox、Gateway Pundit、Truth Social によって拡散されている。





(3)マムダーニー当選がいかに誤解されうるのか



 ゾフラーンは「民主社会主義者(Democratic Socialist)」を自称し、いわゆる左派進歩派とみなされる。ニューヨーク市長選では民主党中道派の支持を得ることが勝利の鍵とされてきた。しかし中道派の重鎮たちがゾフラーンの支持表明を渋ったという報道がある。



 彼の勝利は、「コスト高・住居・交通」の問題を前面に打ち出して若者、有色人種、移民バックグラウンド、低中所得層を中心とした草の根的支持を得たことを背景にしている。それは民主党内における「世代交代」「価値観の更新」「主流派 vs 新興勢力」という構図を浮き彫りにしている。



 これが「ニューヨーク市がシーア派ムスリムの市長を選出――アメリカのリベラル・エリートにとっての政治的地震」といった報道記事を生み出すことになった。言うまでもないが、従来の国際政治学の枠組みにおいては、リベラル・エリートとはリベラル国際秩序の維持を正当化する体制的知識階層の民主党支持の高学歴・都市部中上層階級を指す。つまりゾフラーンがニューヨーク市長になったことは、リベラル国際秩序の破壊、再編を目指すMAGAトランプ とその支持者たちにとってではなく、むしろその政敵であるリベラル・エリートにとっての脅威であるということである。



 本稿の冒頭で指摘した通り、メディアの報道ではゾフラーンの勝利は、アメリカのリベラル派には熱狂的に歓迎され、MAGAトランプ支持者が対決姿勢を示している。しかし実際にはゾフラーンの目指す改革は一義的には民主党のリベラル・エリートの重鎮たちの旧態依然たる政策に対するものであり、目指す方向は違っても、現在のアメリカの誤ったグローバリズムの方向性は糺さなければならない、との認識はむしろMAGAトランプと共通しているとも言うことが出来る。





結語



 それゆえマムダーニーの当選の意義を正しく理解するためには、ゾフラーンの思想と行動を「リベラルvs反リベラル」、「グローバリズムvs反グローバリズム」などといった従来のアメリカ研究、国際関係論の枠組みに安易に落とし込むことを厳に慎む必要がある。



 そのためには先ず、表層的なゾフラーンの政治的発言に惑わされることなく、「ゾフラーン当選現象」を解釈する理論的枠組みを提供する父のマフムード・マムダーニーの研究業績に向かい合い、その真の新しさを明らかにする必要があると筆者は考える[7]。しかしそれについては次稿以降の時評の連載の中で取り組んでいくことにしたい。




[7] マフムード・マムダーニーはアフリカおよび国際政治、植民地主義とポスト植民地主義、知の生産の政治に研究の焦点を当てており、ポスト植民地国家を理解するには植民地国家の制度的構造の分析が必要であると論じている。ペルシャ語版のウィキペディアに即して彼の立論を整理すると、アフリカの植民国家の本質は①都市部で実施され市民社会の権利から「土着民」を排除する中央集権的な文民的権力に基づく直接統治と、②農村部で国家が「部族的権威」を媒介として慣習的秩序を強制する間接統治の二重構造からなる「分権的専制」となる。

彼によると、この植民地国家は「ヤヌス的(二面性)国家」と呼ぶべきもので、単一の覇権的枠組みの下に二重の権力を併せ持ち、脱植民地化後も、都市部はある程度人種差別から解放されたが、農村部は依然として植民地的権力の支配下に置かれたままであり、保守的な支配者も権威主義的な急進派もその権力基盤をこの構造の上に築いており、保守・革命のいずれの形であれ、ポスト植民地国家は植民地国家の二重構造の遺産を部分的に再生産しつづけている。私見によると、ゾフラーンのニューヨーク市長としての政策も、このアメリカもその一種に分類されるポスト植民地国家に残存する二重構造の負の遺産の払拭、という観点から読み解くべきものである。



文:中田考

編集部おすすめ