行き場を失った老人が集まる商店街。それを食い物にする悪徳商人たち。

世の中には、本当の意味で純情な商店街は存在するのだろうか? 長年、商店街で暮らしてきた作家・適菜収氏が、「純情商店街」とは一線を画す「厭世的商店街」についての考察を行った。当サイト「BEST T!MES」の長期連載「だから何度も言ったのに」が大幅加筆修正され、単行本『日本崩壊  百の兆候』として書籍化された。連載「厭世的生き方のすすめ」では、狂気にまみれたこのご時世、ハッピーにネガティブな生活を送るためのヒントを紹介する。



資本の罠に騙されるな! 「純情商店街」が隠しているもの【適菜...の画像はこちら >>



■地獄への一本道



 ねじめ正一に『高円寺純情商店街』という小説がある。読んだことはないが、きっと高円寺にある純情な商店街についての話なのだろう。しかし、世の中に純情な商店街は存在するのか? 私の知る商店街の多くは、「不純」であり、魑魅魍魎がしのぎを削る水滸伝のような世界である。



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 テレビ番組は「人情のぬくもりがこの商店街にはある」みたいな紹介の仕方をする。以前私は「おばあちゃんの原宿」と呼ばれる商店街に住んでいた。そこでは毎日のようにどこかのテレビ番組のスタッフがカメラマンを連れ、歩いている老人にインタビューしていた。特に4がつく日(4日、14日、24日)は屋台が出て混雑する。自宅に居場所がない老人が流れてくるのだろう。特になにをするわけでもなく、商店街を埋め尽くしている。

当然それを狙った悪党は増えていく。



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 定番の手口だが、トラックの荷台に大きな桃を並べる。3個で500円と段ボールに書いてあるので、客が買おうとすると、別の場所から固くて小さい桃を出す。客が「この大きな桃をください」と言うと、「こちらは3000円になります」と押し付ける。



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 短期で貸し出されるイベントスペースでは、健康器具などを売りつける催眠商法が行われている。「私はこれでガンが治った」という女性が写った看板を出している漢方薬屋もあった。私は薬事法違反で捕まるのではないかと思っていたが、案の定、逮捕された。



 朝から閉店まで「1時間限定のタイムセール」をやっているバッタ屋もある。スーパーマーケットで売っているベタベタの鰻よりまずい鰻屋も、こうした場所ではつぶれることはない。不道徳な果物屋もある。夏には店頭でキュウリ1本に味噌をつけて200円で売っている。腐っているように見える果物は「見切り品」と称して店頭に並べる。

こうした連中は、悪徳であるがゆえに栄えていく。



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 商店街のはずれに客の入っていない小さなラーメン屋がある。醤油ラーメンを注文したが20分経っても出てこない。ガタンと大きな音がしたので、やっと出てくるのかと思ったら、全自動でラーメンを茹でる巨大な機械が作動をはじめただけだった。なぜ、そんな機械が必要なのか? カウンターにはCDが積まれており、「ご自由に待ち帰りください」とある。おそらくどこかの会社の社長が趣味で演歌のCDをつくり、節税対策で愛人にラーメン屋をやらせているのだろう。そう考えないとつじつまが合わない。やっとラーメンが出てきたが、くそまずかった。



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 原宿竹下通りから「おばあちゃんの原宿」までは人生という一本道でつながっている。メディアに誘導され、悪人に騙され、搾取され、干からびて死んでいく。





■適度に陰気な商店街



 悪徳商人が幅を利かせる商店街ではなく、もう少し落ち着いた、適度に陰気で、適度にやさしく、適度に反時代的な、厭世的な商店街はないものかと思っていたら、昨年暮れ、偶然見つけることができた。山手線のターミナル駅から1駅なのに、駅前には交番とハンバーガーのチェーン店と蕎麦屋と不動産屋しかない。

3分ほど歩けばアーケードがあるが、薄暗く、皆、俯きながら歩いている。



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 私はこうした商店街には陰気な店が多いのではないかと予測したが、それは的中。街を歩いてみると、ほとんどの店が陰気だった。魚料理の店に入ると、荒井注みたいな顔の主人が血走った目でこちらを睨みつけてきた。明らかに招かれざる客である。私は初めて行く店でも緊張することはないが、このときは身構えた。ホワイトボードに書いてある刺身を注文したが返事はない。しばらくして刺身が出てきたが醤油がない。隣に座っていたおばあさんがカウンターの端にある醤油をとってくれた。常連だけで成り立っている店なのだろう。排他的なところがいい。



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 その近くにある寿司屋の主人はオスヴァルト・シュペングラーに似ている。

それだけで十分陰気で、かつ不気味だ。その寿司屋で教えてもらったビストロも輪をかけて陰気だった。店に入ると女性店員は黙って黒板メニューを持ってくる。注文すると黙って黒板を下げる。かわいらしい顔なのに、世界の不幸を一身に背負ったような表情で、客商売としては失格だが、厭世的という点では合格である。





資本の罠に騙されるな! 「純情商店街」が隠しているもの【適菜収】 連載「厭世的生き方のすすめ」第18回
オスヴァルト・アルノルト・ゴットフリート・シュペングラー(Oswald Arnold Gottfried Spengler、1880年5月29日 - 1936年5月8日)。ドイツの文化哲学者、歴史学者。主著に『西洋の没落』がある



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 別の寿司屋に入ったとき、なにか変だとすぐに感じた。床が大きく傾いている。注文した寿司も最低で、魂の平衡感覚を失った。



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 まだ行っていないが気になる寿司屋がある。ネット情報によると、店主は俗語でいう「コミュ障」とのこと。だから、注文するのが難しい。そのうえ、値段は高く、常連にはいい魚を出し、一見の客にはまずい魚を出すという。

心の余裕があるときに訪れてみたい。



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 本当に人情にあふれているのは、こうした商店街ではないか。そこにはきわめて人間的な不穏で薄暗い情念が渦巻いている。シュペングラーは、近代的思考では、人間の生、魂にたどり着くことができないと言った。谷崎潤一郎は『陰翳礼讃』を書いた。



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 表面だけ明るく見せかけた「純情商店街」より、魂の深淵をのぞき込むファウスト的、ディオニソス的、厭世的商店街で、私はショッピングをしたい。





文:適菜収

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