早稲田大学在学中にAV女優「渡辺まお」としてデビューし、人気を博すも大学卒業とともに現役を引退。その後、文筆家・タレント「神野藍」として活動し、初著書『私をほどく~ AV女優「渡辺まお」回顧録~』を上梓した。
◾️真っ白な原稿から逃げ出した夜
カーテンの隙間から光が漏れ出してくる。車の走行音が耳に入ったとき、徐々に街が起き出すのを感じた。暫く放置していた携帯の画面に目をやると時刻は朝5:30と表示されていた。こんなにも人と話し込むことがあるのか、と少し笑ってしまった。そういえばこんな夜を超えたのは2度目。そして1度目も同じ相手だった。以前とは関係性も置かれている立場も随分遠いところにきたはずなのに、またこうして必要なときに目の前にひょいと現れてしまうらしい。
長い眠りについていた。言葉を紡ぎ出すことが私にとっての救済だと信じていたのに、気がついたら一面に広がる砂漠の中に立っていた。どこまでも広がっているけれど、そこには何もなく、歩いていく道も帰り道も示されていなかった。私の足跡でさえ、すぐに風がさらっていく。
初めは「どんなときでも書いていれば」と思っていたが、緩やかに速度が落ち何もできなくなっていた。欠片のような何かをぼろぼろと生み出すこともできず、真っ白な原稿から逃げ出した。ついに照らしていた光は私を見放してしまったらしい。暗い夜が私を侵食していった。
世界にたった一人、私が書けなくなってしまったことを教えたくない人間がいる。(仮に名前をKと置いておく。)忘れられないことも、覚えすぎることも、ときに呪いになる。ふとした瞬間ーー特に何も手が進まないときに名前が頭に過ぎるだけで、砂の上にかすかな影を落とした。憎もうとしても憎めない人。そして私のことも、神野藍という人間のことも知りすぎてしまっていた。
うだつのあがらない日々の中で、ぼんやりと画面を眺めているとKの投稿が目に留まった。どうやら何かの媒体で書いた記事らしい。
一文目で時が止まった感覚に陥った。先ほどまで部屋の中で流れていた音楽が自然と耳から排除された。全てに目を通した後、ようやく身体の中に溜まっていた二酸化炭素を一回で吐き出した。ぽっかりと空いた穴にひんやりとした痛みが広がっていく。それは癒しではなく、静かに滲みる消毒液のようだった。
◾️神さまのいたずら
私を突き放した神さまはいたずらに私とKを引き合わせた。些細な連絡事項がいつの間にか長い夜へと化けた。空白は溶け合って、いつの間にかどこかへ姿を消していた。
友達でも恋人でも、ましてや家族でもない。同志という言葉もしっくりこない。もはや名前をつける必要がないのかもしれない。
窓から差し込む光を浴びたとき、私の夜は終わった。いつの間にか砂漠から抜け出して、原稿の前に座っていた。何も意識せずとも身体の中から音が湧いてくる。「ああ、やっぱり好きだな」と思った。私にとって日常であり、そして救済であった。
ふと視線をもうひとつの画面に移すと、何かが届いているようだった。開くと数枚の朝日に照らされた海の写真が目に入った。先程までの張り詰めていた糸がぷつんと途切れ、思わず目尻を細めてしまった。光が混じりあった海が、少し遠くの誰かを思わせた。
届いた写真を保存したあと、私はもう一度キーボードを叩き始めた。
文:神野藍
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