【安倍首相暗殺犯裁判】山上徹也の殺害動機はそんなに単純なもの...の画像はこちら >>



 



 マスコミの山上裁判の報道の仕方がおかしいと批判していることは、既に多くの人が知っているだろう。最初にはっきりさせておきたい。

私は山上被告の母親の統一教会への多額の献金が社会通念的に適切と言える範囲を超えていないと言いたいわけでも、それが彼の人生にかなりのマイナスの影響を与えたであろうことを否定するつもりもない。



 私が否定したいのは、山上の安倍元首相殺害をめぐる以下の決めつけである。



①山上の母親が信者になった時点で、山上の人生にはいかなる展望もなくなった



②母親の献金のために山上は進学できなくなった



③高校卒業後の宇山上の人生も教団によって脅かされ続け、普通の生活を送ることは不可能だった



④安倍さんは統一教会の身内も同然で、山上のような人間が教団から逃れるには安倍さんを殺すというような過激な手段しか考えられなかった



⑤山上本人や彼の身内の発言は全て真実である



⑥山上裁判で最も重要なのは、統一教会が山上の家庭と彼の人生をいかに破壊したか明らかにすることである



⑦山上の安倍さん殺害によって、統一教会の悪行の全貌が明らかになったので、解散命令は当然である。



 逆に言えば、この七つのポイントについて、最初から先入観によって決めてかかっていない報道であれば、特に言うことはない。しかし残念ながら、そういう報道はごく一部だ。



 ②についてであるが、山上自身、裁判の被告人質問で、「進学するつもりはなかった」と答えている。これによって、母親の統一教会への高額献金によって進学が不可能になった、という鈴木エイト氏や山上の伯父の主張は否定されたことになる。そもそも、本当に進学したいのなら、たとえ献金で家計が苦しくても、奨学金や授業料免除などの制度を利用して進学できるはずである。統一教会の現役信者の家庭でも、東大や早稲田等の学生になっている子、大学院生になっている子も少なくない。少なくとも親が信者になったら、必然的に進学できなくなる、ということはない。



 無論、山上が母親の献金や教会に入りびたりのせいで勉学意欲を失ってしまったと見ることはできるが、それは別の次元の話であるし、因果関係の証明は難しい。まずは、従来の見方が過っていたと素直に認めるべきだろう。

最初の間違った前提による印象を引きずったまま、答えが出にくい抽象的な話にシフトするのはおかしい。



【安倍首相暗殺犯裁判】山上徹也の殺害動機はそんなに単純なものだったのか【仲正昌樹】
【山上徹也被告初公判】山上徹也被告を乗せ奈良地裁に入る車両(2025年10月28日)



 



 ③は明確に否定できる。一体、統一教会が高校卒業後の山上の人生にどうやって干渉したというのか。統一教会は闇の大組織で、全国に監視網を張り巡らし、自民党代議士や国家機構と連携して、元信者を連れ戻そうとしているかのように言う人たちがいるが、教団の信者は一体何人で、そんな危ないことまでして統一教会と共謀する政治家が本当にいると思うのか? まるでドラマの話だ。 



 因みに、十二月一日のフジテレビの『絶対零度』に出てくる悪徳宗教は明らかに統一教会とオウム真理教をミックスしたイメージだった。旧秘天教と聞くと、誰だって「統一」を思い浮かべる。教団の説明として、高額献金の強要、詐欺、家庭を崩壊させ、仕事を奪う、時の政権によって解散命令を受け恨んでいる、アジア諸国に拠点がある、総理は記者時代に人の心を食い物するこの宗教を調べていた…これで統一教会を連想するな、という方が無理だろう――信者の残党の服装はオウムっぽかったが。無論、番組の最後に「この番組に登場する…」というおなじみのテロップが流れたが、あれがこれほど白々しく見えたことはない。沢口靖子固定ファン層がこれで偏見を強めるのかと思うと嫌になった。



 『相棒』などでもシーズンに一回くらい秘密結社っぽい新興宗教が出て来る――既成宗教に似ているものが出てこないのは忖度か、新興の方が妄想を働かせやすいからか。諜報機関の下部(偽装)組織としての活動、政権と癒着したマネーロンダリングや麻薬取引などの闇工作、MC(マインド・コントロール)による殺人マシーン化とか、中高年層が統一教会に対して抱いている雑なイメージは、ワイドショー以上にこうしたドラマの影響が大きいのではないかという気がする。推理ドラマのこの種の印象的な設定と、ワイドショーのコメンテーターの意味ありげなコメントが相乗効果を発揮し、「やっぱり…」と思わせ、刷り込んでいく(MCする)のではないか。



  話をもとに戻すと、元信者でそういう監視網とか政治家の妨害を実際に体験したという元信者など皆無だ。「教団と議員が親しそうにしているのを見て、そういうネットワークがありそうに思えて、絶望した」と言っている元信者はいるが、それはただの妄想だ。周知のように私自身元信者であり、元信者であることを公言して、大学教員になったが、一度も教団に妨害されたことなどない――統一教会への偏見が強いサヨクに邪魔された覚えならあるが。



 「山上の母親が信者であり続けたので、山上は逃げられないと思ったのだ」、と言う人もいる。親子なのでそういう可能性は否定できないが、それは教団が直接関係することではなくて、親子関係の問題だ。山上は現に母親に反発し、二十数年離れて生活していたのだから、母親を通じて、教団が山上の人生を監視し、食い物にし続けたかのように言うのはおかしい。



 また、既に報道されているように、山上の一家は母親の献金の半額を返金され、それに山上自身も合意している。教団が山上の人生を支配し、全て奪い尽くすつもりだとしたら、どうして返金などするのか。



【安倍首相暗殺犯裁判】山上徹也の殺害動機はそんなに単純なものだったのか【仲正昌樹】
安倍晋三元首相銃撃事件で殺人罪などで起訴された山上徹也被告の初公判が開かれる奈良地裁(2025年10月28日)



 



 返金で山上の教団への恨みが消えたとは思わないが、返金を受けておいて、以前と同じ憎しみを抱き続けるのは不自然ではなかろうか。裁判で山上は、母親の勧めで韓国の教団施設を訪れたこともあると証言しており、一貫して恨みだけ抱いていたのではなく、教団に一定の関心を持っていた時期もあったようだ。



 言うまでもないことだが、ある人が自暴自棄になって重大な犯罪に走ることには、新旧の様々な要因が関わっているはずだ。自分だって、本当はどうしてそういう気持ちになったか、何が決定的な要因か分からないのが普通ではないか。



 山上は、教団の幹部を殺害するための銃の製造に拘り、闇サイトでトカレフの代金を騙しとられるなどして、二百万円も借金している。それだけ借金したのに、実行できないと、教団に負けたことになると思って焦っているうち、安倍さんの方が暗殺しやすいと思って、ターゲットを変えた。そう証言している。



 これが、教団に追い込まれて切羽詰まった人間の行動だろうか。銃への拘りによって、二重の本末転倒をしているように見える。目的よりも手段に拘る本末転倒と、手段に金と手間暇かけたので何か結果を出さないといけないと焦るというのは本末転倒だ。十二月四日の被告人質問で山上は、自殺した兄がガンマニア的な趣味を持っており、その影響を受けたとも証言している。そういう影響があったとすると、話は大分違ってくる。



 普通の刑事裁判の被告人が「私がこうなったのは、二十数年前に遡る、〇〇による心の傷…」と言っても、それをそのまま真に受ける人は少ないだろう。統一教会問題に限って、本人の証言以上に周りの人たちが話を盛って、完璧な悲劇のストーリーを作り上げ、反論を許さないというのは異常だ。



 アニメやドラマであるように、ある秘密結社教団に生涯監禁され、奴隷として働かされていて解放されるにはその教団を解体するしかない、というような話なら、そういうストーリーが近似的に成り立つかもしれないが、山上は物理的に拘束されたことなどなく、交渉して返金も受けているのだ。



 従って、①のような大雑把な議論はおかしいし、安倍さんは教団とそれほど親しいわけではないので、安倍さんを殺すことによって解放される、という④も成り立たない。

安倍さんの派閥の選挙に弱い議員の支援を受ける代わりに、(教団そのものではなく)関連団体であるUPF(天宙平和連合)の反共・保守色の強い活動のいくつかに賛同したり、記念写真を取ったりするといった程度で、反対派の人たちが想像するような贈収賄とか闇工作のようなものがあったわけではない。



【安倍首相暗殺犯裁判】山上徹也の殺害動機はそんなに単純なものだったのか【仲正昌樹】
【安倍元首相銃撃初公判】報道陣の取材に応じる、山上徹也被告の弁護団(2025年10月28日)



 エイト氏は、安倍さんが教団の関連団体のイベントにビデオ・メッセージを送ったことがトリガーになったと言っているが、自分が嫌いな団体と親しくしているだけで、殺したくなるというのは不自然ではないか。



 山上が実際そう思ったのかもしれないが、それをごく普通のことのように語るのはおかしい。憎い相手と親しくしている有力者を殺したくなるのが普通なら、世の中の著名人ほぼ全てが殺されて当然ということになるだろう。



 山上は、『やや日刊カルト新聞』のエイト氏の記事を見て、教団と安倍さんは深い関係にあるのではないか、と考えるようになった、と述べている。だとすると、むしろ教団と安倍さんの関係を誇張して、山上の意識を安倍さんに向けさせたエイト氏の責任が問われるべきではないか――エイト氏自身、安倍さんと教団がさほど強い関係ではなかったと認めるかのような発言もしている。



 なお、山上の妹の発言をきっかけに、UPFの傘下団体の一つ『世界思想』の表紙に安倍さんが“登場”していることが、ズブズブの関係の根拠として、瞬間的に取りざたされているが、あれは、このBEST T!MESで使われている写真同様、通信社から提供された報道写真である。安倍さんが首相だったから、特集の表紙に配信の写真を使ったというだけの話だ。赤旗に高市首相の写真が載ったら、高市さんは実は共産党員かと騒ぐようなもので、あまりにバカげてる。



 ⑤は、裁判の常識に関する問題だ。被告人や弁護側の証人は、弁護士と念入りに打ち合わせて、被告人に有利になるように発言する。打ち合わせなしに呼ぶことなどありえない。

特に情状証人として呼ばれた身内が、被告人に有利な証言をするのは当然だ。なのに、報道ではまるで、統一教会に特に厳しい山上の妹の発言が核心をついているかのように描写され、それを真に受けた人が多い。法廷ドラマくらいちゃんと見ろ、と言いたい。



 



 ⑥について。山上の安倍さん殺害を裁くための刑事裁判だ。エイト氏や全国弁連等が言うように、統一教会との関係が背景にあるとしても、それはあくまで情状の材料に過ぎず、直接の動機ではない。



 山上の母親が証言したように、信者でない安倍さんは勧誘や献金に関わったことなどないし、それらに広告塔として利用されたという事実もない。山上本人もその点は認めている。安倍さんの写真を見て入信を決意したとか、献金する気になった信者などいない。そのような証言をしている元信者もいない



 山上が安倍さんと教会を結び付けて考えるようになったとしても、殺害の少し前、カルト新聞の記事を読むようになってからである。直接恨みを持っている相手ではなく、恨みを抱いている相手に親しいという“理由”だけで殺害したのだから、二十数年前の山上の事情を、犯行と動機と結び付けるのは無理がある。



 ⑦について。

裁判で明らかになるものがあるとしたら、山上や妹が現時点で教団をどう思っているかだけである。山上の母親の献金や信仰の在り方はある程度明らかになるかもしれないが、それは全ての信者の家庭に当てはまるわけではない。どれくらい献金するかについて明確な基準はなく、山上の母親は、現役信者から見ても無理しすぎだろう。



 人間の心は複雑である。何がきっかけで自分の人生は終わった、もはや逃げ道はないと思い込んでしまうか分からない。山上自身さえ気付いていない要因があったかもしれない。



 身内が統一教会の信者になったら、それで人生の進路がほぼ決まってしまう、というのはあまりにも、人間というものを軽くみた粗雑な決め付けだ。



 



文:仲正昌樹

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