音楽家近田春夫氏の新刊『未体験白書』(シンコーミュージック)が刊行された。未発表コラム70本と、共に音楽を作ってきた仲間たちとの対話、音楽誌に残されたインタビュアー仕事まで一挙掲載。
■バート・バカラックと「Bond Street」
適菜:近田さんの新刊『未体験白書』が届きました。ありがとうございます。面白かったので、一気に全部読みました。私は日本のロック史やポップス史のことはよく知らないので新鮮でした。
近田:ありがとうございます。
適菜:上品とは何かとか、金は二の次とか、このLINE対談ともつながる話がたくさんありますね。「近田春夫を作った洋楽100曲」は、私が影響を受けた曲と3分の1ほど重なりました。アイズレ―・ブラザーズの「Fight the Power(Part 1 & 2)」、曲のテンポがどんどん速くなっていくのは、私はあれはわざとやっているのだと思っていたのですが、ドンカマ(リズムマシーン)がなかったからだと指摘されていてなるほどと。
近田:言われてみると、わざとというのはあり得るなぁ。俺には思いつかなかった。
適菜:アイズレ―は真面目な感じで変なことをやりますよね。そもそもあのボーカルにあのギターという。アイズレ―にはジミヘンがいたので、アーニー・アイズレーも影響を受けて、ああいう変な形になっていったのでしょうね。そこがカッコいいのですが。
近田:うん。
適菜:ボズ・スキャッグスの項目も気になりました。以前かまやつひろしの「ゴロワーズを吸ったことがあるかい」をYouTubeで見て、演奏はティン・パン・アレーでなかなかカッコいいのですが、ボズ・スキャッグスに似た曲があって、「なんだパクリか」と。でも、改めて調べてみたら、ボズ・スキャッグスを意識して書いた曲みたいで、謎が解けました。それでも少し微妙なところはありますが。他にも気になった項目があるので、いくつか質問があります。
近田:はい!
適菜:83番のアレサ・フランクリンの「I Say a Little Prayer」を作曲したバート・バカラックはドイツ系ユダヤ人の血をひくアメリカ人ですが、不思議な人ですね。
近田:当初そんなに興味はなくて。特にディオンヌ・ワーウィックの「I Say a Little Prayer」の歌い方は面白くないって気がしてたのよ。最初に惹かれたバカラックの曲は「Bond Street」だけど、これがバカラックの曲と知ったのは後になってからです。バカラックっぽくないでしょ? この曲調。
適菜:私は大学生の頃、先輩からバカラックの曲が大量に入ったCDを渡され、それを聞いているうちに、頭がおかしくなりそうな気分に襲われました。
近田:和声が人工的な作りなのが多いんだよね。あと、変拍子ね。理屈で作るっていうか。(筒美)京平さんとか、鈴木邦彦さんとかバカラックをよく聴いてるよね。
適菜:「Bond Street」も、頭がおかしくなりそうな感じがあります。
近田:うん。
適菜:お笑い番組のコントに使われそうな感じもありますね。
近田:俺が風見律子に書いた「恋に溺れて」も「Bond Street」っぽいかも。
適菜:不思議な気分になるといえば、64番のコモドアーズもそうです。近田さんのおっしゃるようにすごくポップで。「Nightshift」の動画を見たら、みんなニコニコして演奏しているんですよ。
近田:あの時代の、シンセがリードを取るインストものってなんか商売っ気があって好きだったけど、すぐに廃れちゃったね。
■早く忘れたいのに頭に残ってしまう曲
適菜:そういえば先日、ジミー・クリフが死にました。大学生のときに何曲か聴きましたが、レゲエというよりポップスで、夢中にはなれませんでした。
近田:ジミー・クリフねぇ。
適菜:椎名町にずっとラガマフィンをBGMで流している蕎麦屋があるのですが、蕎麦とレゲエは合わないと思います。
近田:合わないでしょそりゃ! 想像しただけでも無理あるわ!
適菜:59番のJBの曲の分析も面白かったです。偶然ではなくて、すべて計算でああなったと。メイシオ・パーカーやJ.B'sの曲も、聴いている人間の体を強制的に動かす高度な計算があると思います。あらためてJBは偉大だなと。
近田:JB、ロジカルだよ。それとあの人、シンコペーションを使わないでトリッキーなリズムパターンを作るんだよね。JBは偉大だけど、そんなJBに曲を書いてヒットさせるんだからダン・ハートマンもマジすごいよ。
適菜:そういう意味では、ジョージ・クリントンも偉大です。よく、ジョージは天才的なオルガナイザーではあるが、ミュージシャンとしてはいまいちみたいなことを言う人がいますが、映像を見ると、偉大なミュージシャンであることがわかります。
近田:俺ねぇ、ジョージ ・クリントンってなんかピンとこないのよ。あの宇宙船がどうのこうのっていうのが苦手なのかも。
適菜:私はあれで宇宙に興味を持つようになりました。パーラメントの「Mothership Connection」は、名盤中の名盤かと。それとあの人たちは気まぐれですから、宇宙に飽きたら、海がテーマになったりする。
近田:そういうテーマみたいなのがダメなのかも。JBってそういうのないじゃん。あっち系の人たちはなんかちょっとアピアランスが趣味じゃないっていう。ロジャー(ザップ)の音作りは気になっていたときはあったけど。とにかくファンクはJBとスライなのよね、俺は。
適菜:57番のバリー・ホワイトも気になる。あの謎の大物感。
近田:バリー・ホワイトがフルオーケストラで「Love's Theme」の棒振ってる動画YouTubeにあるけど、ちゃんとクラシックの人みたいに指揮していて、あの感じって他の黒人のヒット曲出した人にないのよね。どういう生い立ちなんだろうっていつも思う。
適菜:5番のカーティス・メイフィールドの「Move On Up」ですが、私も近田さんの指摘と同じで曲の構成が変なような気がしました。
近田:カーティスってこの曲だと普通の4/4なのに変拍子っぽく聞こえさせたり「Superfly」だとホーンのリフがちょっと聞くと裏表がわかりにくかったりとか、少しだけ聞き手の生理を逆撫でしながら一方でやたら官能的にオーケストラの音を配置してるんだよね。そこが何かくすぐったい感じがするのかなぁ。適菜さん、そういう意味では頭に残る曲に一貫する共通性ってある?
適菜:頭に残る曲は、早く忘れたい曲が多いですね。思い出したくないと、逆に思い出してしまう。先日、スーパーマーケットに行ったら、井上陽水と奥田民生の「ありがとう」がかかっていた。その後、頭の中で「あーりがとー、あーりがとー、あーりがとー、あーりがとー」って、リピートで再生されて、嫌な気分になりました。あの人たちも、そういう目的で作ったのかもしれませんが。
近田:早く忘れたいのにずーっと残ってしまう曲の極致は、TUBEの「シーズン・イン・ザ・サン」だったなぁ。ひとシーズン中、歩いていて横断歩道のところで信号が赤になるたびに脳内にあれが鳴り響くのよ。今でもふとしたきっかけでそのモードに戻ってしまうことがあって。つらいっす!
適菜:人間は変なものを見ると、気になってしまう。こうして影響を受けたミュージシャンや曲を見てくると、一筋縄ではいかないというか、どこか変なミュージシャンが多いですね。
文:近田春夫×適菜収
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