子供の頃から雑誌が好きで、編集者・ライターとして数々の雑誌の現場を見てきた新保信長さんが、昭和~平成のさまざまな雑誌について、個人的体験と時代の変遷を絡めて綴る連載エッセイ。一世を風靡した名雑誌から、「こんな雑誌があったのか!?」というユニーク雑誌まで、雑誌というメディアの面白さをたっぷりお届け!「体験的雑誌クロニクル」【27冊目】「『東京人』ってどんな人?」をどうぞ。
【27冊目】『東京人』ってどんな人?
先頃発売された『東京人』(都市出版)2026年1月号は、500号記念として「アーカイブス・オブ・東京人」なる特集を組んでいる。「建築」「まち」「地形」「鉄道」「映画」「文学」といったジャンルごとに、過去の『東京人』の特集記事を振り返る趣向だ。その中の「マンガ」の項を、マンガ解説者・南信長の名義で執筆した。
2008年12月号「生誕80年 手塚治虫への冒険」を皮切りに、2014年7月号「ガロとCOMの時代 1964-1971」、2020年5月号「乾いた明るさで昭和の日常を描く 長谷川町子」、2021年11月号「描かれた風景を『歩く』愉しみ 谷口ジロー」、2024年6月号「画業70年 つげ義春と東京」といった特集を振り返りながら、マンガというメディアと『東京人』ならではの切り口について考察する。なかでも、谷口ジロー『歩くひと』に描かれた風景と実際の地形・景観を照らし合わせた本田創によるフィールドワーク、つげ義春特集の「長嶋親子が歩く『無能の人』の舞台。」は好企画だった。
『東京人』で初めて仕事をしたのは、2023年5月号「Tokyo百貨店物語」だ。明治末期、呉服店が百貨店へと業態を変えていくなか、時流に取り残された日本橋の老舗「三つ星呉服店」を再建すべく奮闘する人々の姿を描くマンガ『日に流れて橋に行く』の作者・日高ショーコへのインタビューを担当した。『東京人』はもともと好きな雑誌だったので、そこから依頼があったのはうれしかったし、いい記事になったと思う。
今回、手元にあるバックナンバーを数えてみたら、83冊あった。引っ越しや本棚の整理などで処分してしまった号もあるので、たぶん100冊ぐらいは買っているはず。500号コンプリートには遠く及ばないが、まあまあの愛読者と言っていいのではないか。
創刊は1986年春号。
最初に買ったのはどの号だろう……と、500号に掲載のバックナンバーリストを眺めてみる。明確な記憶はないが、おそらく1989年6月号「ウォーターフロント最前線」あたりか。80年代後半は、バブル景気に乗って湾岸エリアにインクスティック芝浦ファクトリー(86年)、MZA有明(88年)、芝浦GOLD(89年)などのオシャレスポットが続々誕生した時代である。個人的にはバブルとは無縁でカネもヒマもなく遊ぶ余裕はなかったが、一応編集者として情報は仕入れておこうと思ったのかもしれない。
現物が残っている分で一番古いのは、1991年3月号「東京くぼみ町コレクション」だ。「くぼみ町」といっても地形のことではないらしく、特集扉には〈くぼみに水が溜まるように、都市にも時間が佇み、ゆっくり流れる町がある。それぞれの筆者と写真家が記憶の光景を呼び集め、現在の時間と重ね合わせる。――さあ、なつかしい未来へ〉とのリード文が掲げられている。
いささか漠然としているが、この「筆者と写真家」がとりあえず豪華。筆者のほうは、村松友視(佃島)、緑魔子(町屋)、巖谷國士(五反田)、光瀬龍(赤羽)、池内紀(雑司が谷)、津島佑子(本郷)、市川準(中延)、赤瀬川原平(月島)など。
同年6月号「書を持って街へ出よう!」も当然“買い”だ。「『東京』解読ブックガイド」とのサブタイトルどおり、「定番」「建築・都市・町歩き」「ミステリ」「小説」「ノンフィクション」といったテーマ別に、その分野の識者が対談形式でおすすめ本を語る。特集とは別立ての企画だが、島森路子×向井敏×丸谷才一による「『マリ・クレール』と『スイッチ』は新型の文芸雑誌」と題した鼎談も雑誌好きには見逃せない。
その後も気になる特集の号は買ってきた。手元に残しているのは特にお気に入りの号ということになるが、ラインナップを見ていると自分の興味の傾向がわかってくるのも面白い。
まず、建築系の特集が目につく。「残したい建築大集合」(1998年4月号)、「現代建築ガイドブック」(1999年10月号)、「東京住宅 『都市の住まい』探訪記」(2001年3月号)、「たてもの東京昭和史」(2002年9月号)、「建築家と東京」(2003年4月号)、「建築を見に、美術館へ」(2005年6月号)など。建築の専門知識はないが、見るのは好きなのだ。
映画、演劇、音楽、本などカルチャー関連の特集も多い。「劇場へようこそ。」(1997年11月号)、「神保町の歩き方」(1998年6月号)、「古本道」(2001年5月号)、「映画の中の東京」(2009年11月号)、「歌謡曲の東京」(2015年7月号)、「特撮と東京 1960年代」(2016年8月号)、「シティ・ポップが生まれたまち」(2021年4月号)、「東京映画館クロニクル」(2022年12月号)、「僕らが愛したなつかしの子ども雑誌」(2023年7月号)、「劇場に行こう!」(2024年12月号)ほか。前述のマンガ特集も、この範疇に属する。
路地、酒場、街、鉄道などにスポットを当てた特集は、雑誌のコンセプトからしても王道と言えよう。「モダン東京盛り場案内」(1992年11月号)、「私鉄沿線カルチャーマップ」(1997年10月号)、「東京23区大事典」(2000年11月号)、「東京酒場めぐり」(2005年1月号)、「東京の路地大事典」(2005年2月号)、「東京アンダーグラウンド」(2013年10月号)、「東京アジアンタウン」(2018年6月号)といった特集が印象に残っている。
近年増えてきた“変わり種”特集にも注目したい。最初に「そうきたか!」と思ったのは「江戸東京 犬猫狂騒曲」(2019年4月号)だ。タイトルに「江戸東京」と付けることで一応『東京人』らしさをアピールしてはいるが、要するにかわいいワンニャンで客を呼ぼうという寸法。かくいう私もまんまと買っているのだから、作戦成功ということだろう。
町田康、ロバート・キャンベル、曽我部恵一らが、愛猫・愛犬との暮らしを語る。浅草演芸ホールの看板猫、猫本専門書店「キャッツ ミャウ ブックス」の猫店員らの仕事ぶりを紹介するほか、犬猫保護団体代表や犬猫専門誌編集長も登場。さらには「犬バカ」を自任する当時の『東京人』編集長自らが誌面を飾る。
「偏愛文具 手書きを味わう」(2019年12月号)も東京とはあんまり関係ない。今年(2025年)は特にその手の特集が多くて、「辞書と遊ぶ!」(2月号)、「老楽(おいらく)でいこう!」(9月号)、「日記の愉しみ」(11月号)と、これまでの『東京人』ではあまり見たことのないテーマが並ぶ。が、それぞれに味があったし、「日記の愉しみ」は表紙の壇蜜だけで“買い”である。
意表を突かれたのは「進化する『物流』」(3月号)だ。一見唐突だが、労働時間規制による「2024年問題」もあり、東京という大都市において物流は生活に密着した重要課題である。その着眼の妙に、まず唸る。平安時代から現代までの物流の歴史を解説する記事は勉強になるが、個人的にはクロネコヤマトの拠点である「羽田クロノゲート」の写真ルポにグッときた。ヤマトの荷物追跡情報でよく見かけて「なんじゃそら」と思っていた羽田クロノゲートの正体を初めて知った。見学もできるらしいので、同じ誌面で紹介されていた「クロネコヤマトミュージアム」と合わせて、いつか行ってみたい。
職業柄、「出版流通の現在地。」も気になるし、「『物流』映画は社会を映す。」という記事には「物流映画」という切り口にひざを打った。
1986年の創刊から39年で500号。前回紹介した『太陽』は38年、482号で休刊したので、それを超えている。創刊編集長は、東京生まれ東京育ちで元『中央公論』編集長の粕谷一希氏だ。1991年のインタビュー(『SPY』5月号)で『東京人』という誌名について、粕谷氏は次のように語っている。
「僕個人はかなり以前から東京をテーマとした雑誌をやりたいと思ってたんですよ。その頃はまだ東京論とかがブームになる前だったから、実現しなかっただけで。ただ、『東京』っていうんじゃちょっと雑誌のタイトルとしては馴染まないし、だからって『江戸っ子』じゃねえ(笑)。それでニューヨークに『ニューヨーカー』って雑誌があるって聞いて、だったら東京は『東京人』だろうと思ったんです。ニューヨークはやっぱり文化的に非常に洗練されている。東京も、そんなふうに魅力のある都市になれないだろうか、と思ったことがひとつの動機です」
果たして、1992年10月号(創刊6周年記念特別号)にて「東京人とニューヨーカーが出会うとき」と題した特集が組まれ、『ニューヨーカー』編集長ロバート・ゴッドリーブ氏のインタビューが掲載される。
一方、東京とニューヨークの違いについて述べた「現在の東京は、まさに『繁栄の市』とでも呼ぶべき状態にあり、そんな己の姿を自覚して、高い目的意識をもって皆が生きているように感じます。他方ニューヨークは、自分でももてあましぎみの手におえないような混沌のなかにあって、エネルギーだけは渦巻いているという感じがします」という言葉には隔世の感ありだ。バブルはすでに崩壊していたが、まだまだ日本が元気だった時代である。
前述のインタビューで粕谷氏は、こんなことも語っている。
「雑誌のスローガンとしては『都市を味わい、都市を批評し、都市をつくる』ということ。都市というのはある意味では国を越えるわけだよね。たとえば『東京人』っていう中には外国人だって入る。だけど『日本人』っていう場合、日本っていう国籍がなきゃいけない。都市がオープンソサエティであるのに対し、国家は閉じてるわけ。結局文化や文明は都市にある」
なるほど、「東京人」は人種や国籍を問わないのだ。オープンソサエティというのは都市の大きな魅力でもある。三十数年前のインタビューで、粕谷氏もすでに鬼籍に入られたが、排外主義がはびこる今だからこそ、この言葉をあらためて嚙み締めたい。
ちなみに、2023年に行われた第9回人口移動調査によれば、東京在住者のうち東京生まれは63.6%。つまり、36.4%は東京以外の出身者ということになるが、その人たちもまた「東京人」にほかならない。大阪出身の筆者も、大学進学で東京に来て40年以上が経つ。根っこは「大阪人」(実はそういうタイトルの雑誌もあったが2012年に休刊)のつもりではあるが、現実的にはもはや「東京人」の部分のほうが大きい。
にしても、東京も大阪も首長がアレなのは恥ずかしい限り。支持している人たちには申し訳ないが、次の選挙では違う結果になりますように……と、心から願っている。
文:新保信長
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